給湯室の静

僕はエビちゃんを置いていったりせんよ

 水を飲もうと給湯室へ向かうと、誰かがすすり泣く声がした。

 そっと覗いてみると、エビちゃんが流し台の前に立っとった。

 どしたんやろ、わからんけど、ほっとくわけにはいかんよな。

 開け放しになっとうドアをノックすると、エビちゃんは少しびっくりしたように僕の方を向いた。

「どしたん、いけるん」

 エビちゃんは泣き腫らした目をしとった。

 ほんな目をしながら僕の言葉に小さくうなずいて、胸ポケットから銀色のシートを取り出した。

 薬を出そうとしようけど、うまくできんみたいやった。

「貸してみ」

 僕はエビちゃんの手から薬のシートを引きはがして、一錠取り出して手のひらに置いた。

 僕が触れたエビちゃんの手は、小刻みに震えとった。

「一つでええんか?」

 エビちゃんがうなずくのを見て、僕は給水機で水を汲んだコップを差し出した。

 エビちゃんの手の震えが伝わって、コップの水が激しく波打っとった。

 僕が手を添えてやっと、エビちゃんは薬と水を飲むことができた。

「いけるか?」

 僕が訊ねると、エビちゃんはうん、とうなずいた。

 ほなけどエビちゃんはまだ震えとったし、どう見ても大丈夫そうには見えんかった。

「何があったん?」

 僕はほう訊いたけど、エビちゃんは首を横に振るばかりやった。

 事務所にも、ドライバーにもいろんな奴がおるけん、中にはエビちゃんにいやらしいにする奴もおるわな。

 きれいな顔しとって仕事ができても、逆にほれが気に入らんちゅう奴もおるけん。

「なんかあったら遠慮せんと言いよ、東雲さんでも、僕でもええし」

 ほう言うて事務所へ向かおうとする僕の上着の裾を、エビちゃんがぎゅっとつかんだ。

「あと一分」

 エビちゃんの口から、震える声が漏れた。

「あと一分でええけん、一緒におって」

 エビちゃんは懇願するようなまなざしで僕を見つめとった。

 ほんな目で見られたら、置いていけんよ。

「ええよ、何分でも、エビちゃんが落ち着くまでおるわ」

 僕はほれ以上は何も言わんかったし、エビちゃんも何も言おうとせんかった。

 何があったんかはわからん。意地悪されたんかもしれんし、単にちょっと疲れとっただけなんかもしれん。仕事がうまいこといかんで、つらかったんかもしれん。

 エビちゃんが話したあないんやったら、詮索はせん。

 ただ、僕に一緒におってほしいって言うんやったら、ほんで僕が一緒におることでちょっとでも気分が良くなるんやったら、僕はエビちゃんを置いていったりせんよ。

 ほなけん、安心しなよ?

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