第7話 幸せな生活

この街に着いて僕は幸せになったか?そんなわけがない。安心したか?まさか。毎日他の難民たちと惨めに暮らしている。


地下から噴き上がる生暖かい風を地下鉄の通気口から感じ、暖をとる。


確実に食べれるとわかるのは朝だけだ。食事を配っている人たちはどういう人なのだろう。毎日笑顔で皿をくれるが、会話がはじまることはない。


昼は適当に過ごす。なんとか夕方まで凌いだら、無料で泊まれる宿に向かい、受付の始まる19時まで列のポジションを死守して、後は寝るだけだ。


何度か満室ではじかれたことがある。最初の頃だ。そういう時は、また地下鉄の通気口を探す。


僕は道でお金を乞うことはない。それを誇りにしている反面、それは僕が運が良かっただけだということも熟知している。僕が若くて健康な男だったからできていたけど、そうじゃなかったらもっと違う生活をしていただろう。


もうすぐで春が来るけど、夜は凍えるように寒い。体のあちこちが痛い。硬いコンクリートに座るのにはうんざりだ。痛みが強くなると憂鬱になるし、不必要にイライラする。そんな自分に気が付くとさらに気分が落ち込む。この繰り返しだ。


たまに窓ガラスに映る自分の姿が目に入って驚く。


イライラする。何もできないことにイライラする。誰も自分を評価してくれないことにイライラする。


数ヶ月前まで、僕はおじさんの店を手伝って、自分のお金を稼いでいた。車の整備士の資格も持っていた。20代に入ったばかりだ。勉強もたくさんした。お父さんは僕の将来を楽しみにしてくれていた。僕も自分の将来が楽しみで仕方がなかった。


それでも今が一番「幸せ」なのだ。「幸せ」でなければここにはいられない。ここにいる人たちは、僕が難民だから食糧をくれる。僕が難民だからあの顔をしてくれる。僕が難民だから、この国はやっぱりいい国なんだと毎日安堵できるのだ。


抑圧された人々を解放する地、そう謳うこの国の人たちの自信の源は、道で徘徊する僕たちなのだ。


難民として受け入れてもらうためには、権力を持った人たちの前でどれだけ自分の国が酷いのかを演説しなければいけない。


面接の後は涙が出てくる。お母さん、ごめんね。僕を育ててくれた大地、ごめんなさい。今日も自分は自分の出自を蔑んだ。


この国は僕らの家族だと教えてくれたお父さん。街の至る所には平等という言葉が並んでいる。けどあの刻み込まれた文字は僕らのためなんかじゃない。ガラス越しのあの職員たちのためだ。


気がついたら僕は自分の国を誰にも教えなくなっていた。嫌なんだ、笑われるのが。今もみんながいる国をこれ以上傷つけたくなかった。矛盾してる。僕は追い出されたのに。

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