第5話 決断

僕はこの国の言葉はわからない。言いなりの日々が続く。役所からの連絡を待ち続けるしかない。廊下には何をすることもできない僕のような人たちであふれていた。ただぼーっとして、誰かが通ると好奇心の目を向けてくる。話し相手が欲しいのだ。


暗い廊下、僕の街の人のような格好をする人もいれば、この国でよく見る格好をしている人もいる。僕は怖くて、僕の街にいそうな人たちを避けるように生活した。


誰も出身地を聞いてくるな、と願っていた。なるべく話さないようにして、態度と表情だけで廊下のコミュニケーションを乗り切ろうとした。あの時のおばさんのように、僕は平和な国から来た変な不幸人だ。これ以上詮索されることは避けたかった。




申請をはじめると、国から毎月、少額の給付金が「生活費」として与えられる。当然、そんな金で何ができるわけでもない。役所で働くこの人たちは1か月にいくらかけて生活しているのだろう。そうは思いつつ、ありがたかった。僕は浪費家ではないし、お金の使い方は知っている。つらいだろうが、生きてはいける。


ただ僕は少し焦っていた。数日前から、せめて言葉のわかる国に行きたいと考えるようになっていたからだ。役所で手続きを開始している僕は、この手続きが終了して身分証明書をもらったらこの国で生きていかなければならなくなる。


僕の国は昔、ここからさらにもう一本国境を超えた先の国に支配されていた。お父さんが家でやっていた小さな学校で、そこに行けばみんな僕と同じ言葉を話すと習ったことがある。お父さんはこの人たちを僕らの家族だと教えてくれた。だから隣国に頑張っていけば、ついに僕は落ち着くことができるだろう。


だから目的地をさらに隣国にのばすことにした。このまちの駅の場所はすでに教えてもらった。そこから何本か電車に乗れば、数日で着く。3ヶ月、、あと3ヶ月もあれば電車賃くらいは貯まるだろう。


着るものは支援団体から何着かもらった。ボロボロのリュックも、誰かのお下がりをもらった。これがあれば十分だ。少ない「生活費」を生活に充てることなく、とにかく貯金に回した。





今日、4回目の給付金を受け取った。役所からはまだ連絡をもらっていない。計画は順調だ。これで隣の国へ行こう。

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