第4話 間違いの僕
小さいとき、礼拝堂で大人たちが言っていた。僕らの場所では間違っているけど、あちらの大陸ではそれが許されていて、みんな知っているし、みんなそれを話すのだと。たくさんそういう人がいて、みんなそれを隠さないし、その人たちが集まる場所もあるし、その人たちだけで幸せに暮らすこともできるのだとか。
大人たちはそれを「世界の終わり」と呼んでいたし、「世界の終わり」がこの地にまで到達しないように、ラジオやテレビでしきりに話していた。
僕にとってはかれらが指を立てて怒り、攻撃し続けるその事実が、皮肉にも唯一の希望のように心の奥底に沈んだまま、僕の幼少期を救ってくれた。
それから十数年後も沈んだままの希望を抱えながら、「世界の終わり」の地を自分の足がはじめて踏んだ。どんなものかと思っていたが、実のところよく覚えていない。
ブローカーに言われるがままに、同じ船に乗った人たちとともに、よくわからない建物に連れていかれた。港には行く当てがなく困っている人たちもたくさんいた。かれらにはあれだけ高い値段を払ったのだから、すべてが順調に進んでくれないと困る。
ここで今日から寝泊まりするらしい。何泊するのかはわからない。簡易的な部屋だった。すぐに共有のシャワー室に向かい、ぬるいお湯で僕の大陸の汚れをすべて流しきった。何かを期待していた僕にとって憎らしいほどただの透明な水が流れていく床に不満を覚えた。
次の日、役所に行ってここでの滞在証を発行するための手続きを行った。
父親に刃物で追いかけられる瞬間まで、まさか、その数か月後に自分がここでこうしているなんて当然考えたこともなかった。ちょっとだけの家出だと思ってたから、身分証明書を用意することはできなかった。
この国の人たちは人種主義者ばかりだ。生まれて初めて僕の肌の色がこんなに意味を持つことを知った。僕の肌の色は人に憎悪を生む。
それでもいい。少なくともかれらはこの色を見て僕に襲い掛かってなどこない。大丈夫。演じ続けるんだ。何を言われようが我慢する。どう扱われようが我慢する。
少なくとも僕はここで何も「間違ったこと」をしていない。
それにこの人たちに好かれなければ、僕のことを殺したくてうずうずしている人たちの下へ送り返されてしまう。世界の終わりについてから初めて僕は笑顔を作った。
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