第2話 逃げる道

熱く照った太陽の下、何日も僕は歩いた。何回か国境も超えた。長距離バスに乗って超える国境は、腐敗した職員たちの小銭稼ぎに格好の場所だ。


高校を中退してからずっと働いていたおじさんの小さなお店で積み上げた貯金が彼らのタバコ代に溶けようと、何とも思わなかった。僕には今、海の向こうの大陸しか見えていなかった。



船酔いが世界で一番嫌いだ。僕の街は国で2番目に大きな街だった。一番大きな街には大きな港がある。そこから続く長い川は僕の街にも通っていた。川なんて波もないと思うだろう。それでも酔ってしまうのだから、僕はいつも笑われるのだ。


そんな思い出が頭によぎりながら、長距離バスを降りた。この街が最後の街だ。ここですべきことはこの旅の間になんどもいろんな人から聞いた。


海に向かえ。港に向かうんだ。


大陸中からこの街にやってくる人の多くは僕と同じ理由なんじゃないか。そうでもなければこんな街に誰が来るのか。


特に迷うことはなかった。バスから降りた乗客の多くが同じ方向へ進み、その波に押されて僕も港についた。知らない人に話しかけることなら僕の得意分野。人は良く僕の愛嬌をほめた。




すみません、あなたも船に乗りますか?一緒に船に乗る人を探しているんだけど、どうすればいいんでしょう?


明日船が出るそうよ。私たちは昨日からここにいるんだけど。今夜ここで休んだら、一緒に乗れると思うわ。


ここで寝るっていっても、、、すごい人ですね。みんなあの大陸に行きたいんですか。


仕方ないわ。あなたにだってそれなりの事情があるのでしょう。誰もお互いの事情に探りを入れることはなくてもね、大体出身地とか話し方の訛りとかで、何に困ってここまでたどり着いたのかが分かるものよ。あなたの国はだいぶ平和だと思うけどね。それでもこんな大変な道を選んだのね。


船のこと、ありがとうございます。また明日会いましょう。おやすみなさい。




こんな大変な道、、、誰かからあんなにやさしい声で言われたことで、ここ数週間が急に重く体にのしかかってきた。大変だった、なあ。






突然、恐怖が出てきた。疲労困憊の心で恐怖を感じることの大変さがどれほどのものか、わかってくれる人はいるだろうか。


父親の怒号を背に、ただただ、ここまで必死に走り抜けてきた。僕は生まれて初めて死の輪郭を見た。


その恐怖に勝るものはないとここまでやってこれたが、突然かけられた名前もしらないおばさんの一言でその恐怖から離れることができた。その一瞬を悪魔は見逃さなかった。


いやだ。いやだ、いやだ、GPSもついていない船で数日間、波に揺られ続けるなんて。


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