桜の下には阿呆が生える
鈴音
さくらの話
春。暖かな風に運ばれて、もしくは陽気な太陽に温めれた地面から、馬鹿や阿呆がにょきにょき生えてくる楽しい季節。
かく言う私も、その馬鹿の一人で、失恋の悲しみを何とかしようとナンパ目的で、花見の会場に突撃していた。
屋台で売っていたいくつかの料理と、ビール瓶を片手にふらふら散歩していると、どこかからか、泣き声のような、うめき声のようなものが聞こえてくる。
なにやら、トラブルの物種かと思い、その方向に向かってみることにした。
何本かの桜の木の陰。きょろきょろ辺りを見回しても、見つからない。足元に目を向けると、ストローが刺さった大量の酒の缶と、地面から生えながら、酒を呑む
「あぁー……そこの人ぉ、たすけてぁー」
何時間呑み、泣いていたのだろうか。鼻水と涙でぐじゃぐじゃの顔は真っ赤になり、呂律が回っていないどころか意識すらはっきりしていなさそうだ。
そして、それでもなお呑み続けるその姿を見て、とりあえず私も飲むことにした。
よいしょと首の前に座り、ビールを呑む。つまみにと買ったフランクフルトを一口かじると、埋まっている阿呆は目をかっと開いて、
「一口ちょうだい!」
と、元気よく叫んだ。あーんと餌を待つ鳥のように口を開く姿が可愛らしかったので、火傷しないように少し冷ましてから、そっと目の前に差し出した。
「おいひぁー」
それでも中は熱かったのか、ほふほふと口の中で冷ましながら、咀嚼する。しばらくもぐもぐして、飲み込む。
「ありがとぉー」
にぱっと咲いた笑顔に、胸を貫かれる。なんだか、親鳥になったような気分だ。
美味しい美味しいと酒を呑む首の前に、もう一度フランクフルトを差し出すと、きょとんとした顔になった。
「食べていいの?」
少し、酔いが醒めたのだろうか。先程よりはっきりした口調で、たずねてくる。もちろん、全部食べてもいいと、自分は別のつまみを食べながら、二人で酒を呑みかわす。
そのついでに、どうしてこうなったのか、こちらから質問してみた。帰ってきた答えは、
「彼女に振られたのー。それでね、すっごく悲しくって、お酒いっぱい呑んで……そうだっ! て、思いついたの! 人がいっぱいのところで、目立つことをすれば、きっと誰かは見てくれるかな! って。それで、新しい出会いを求めたんだけど、朝起きたらこうなってて、仕方ないから呑んでたんだけどー……その、ね? 抜け出せないし、お腹空いたし、おトイレにもいけなくて、泣いてたの!」
だんだん萎れていく声を聞いて、私は笑ってしまった。まさか、自分と同じような理由でここに来る人がいたとは。
「ちなみにね、穴掘って体畳んで入れて、自分で土かけて埋めたみたい! でも、なんでこんながっちり固まってるのかはよくわかんない!」
じたばたと首だけで暴れる阿呆の前に、私は荷物を全て置いて、シャベルかその代わりになりそうなものを探しに行った。
しばらく歩いていると、土のついたシャベルを見つけたので、それを持ってさっきの場所へ戻る。
たこ焼きに必死に食いつこうとしては諦めて酒を呑む首の周りの土を、そっと掘り起こし、桜の樹の根を傷つけないよう手で柔らかい部分を払って、首だけ人間を引っこ抜く。
収穫出来たのは、土でどろどろになり、主に下半身から異臭を漂わせる、酒臭い人間だった。
その姿を見ながら、お互い笑い合い、ひとしきり笑い終わって、一緒に近くの銭湯に行くことになった。
そこで、互いに失恋した身であること。意外にも趣味が合い、酒好きであることから意気投合し、そのまま付き合うことにした。
何度目かもわからない恋愛。そして、何度目かになるかもわからない失恋が、この先待っているかもしれないが、それでも、今は幸せだから、良しとしよう。
桜の下には阿呆が生える 鈴音 @mesolem
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