第6話 その夜、それぞれの夜

 なんか――やばいやばいやばいっ!

 最近どうしたんだろう――わたしの周りだけ、急に時間が進みだした!?


 届いたお弁当を1200ワットのレンジでチンした。普通なら四分くらいかかるのを、一分かからないくらいですぐに温まる。

 わたしが料理が好きだからって、お父さんは新しい家にたくさんの調理設備をつけてくれた。

 コンロは五口。

 ここは飲食店の厨房でもないんだからそんなにいらないんだけど、お父さんが「あればあるほどいい」って言うから、結局その通りになった。

 建築士の人も困ってたように見えた。


 でも――料理は好きだし、わたしのためにしてくれてる優しさだから、受け取っておくことにした。

 そもそも、料理が好きになったのも――海外で一人で出歩くと危ないから、っていう理由で家でできる趣味にたどり着いただけなんだけど。


 そんなお父さんの配慮には、ありがためいわくの時も結構ある。

 例えば――由宇くんからわたしの話を聞いてた時とか。


 お父さんを問い詰めて、しばらく口も聞かないつもりだった。

 悪い子ってわけじゃないけど、外でご飯も食べて帰ってこようかと思ってた。


 ちなみに、うちの料理はお父さんが契約している料理センターのようなところからご飯が届く仕組みになっている。

 料理栄養士さんが考えた健康的なメニューのお弁当が毎日届く。

 月にだいたい3週間くらいはお父さんが家に居ないから、わたしはテレビをつけながらもしゃもしゃと野菜を食む日々を暮らしている。

 そして、今もそう。


 どのチャンネルに切り替えても理解がしやすい言葉が流れているのは、幸せなことだ。

 日本語を聞きたければ、衛星放送を流すくらいしか方法はなかった。

 それに比べて今は、チャンネル一つ切り替えればニュース、バラエティ、ドラマ、アニメ、映画――いろいろなものが選び放題だ。


 そして――結果として、わたしはいまでも家でご飯を食べてる。

 お父さんとの仲は良好だし、由宇くんにわたしのことを報告させていたことも追及しなかった。


 たしかに。

 たしかに――由宇くんとわたしは幼馴染だし。

 由宇くんのことは、むこうに渡ってからもずっと覚えてた。


 ――から、ずっと由宇くんもそうだとばかり思ってた。

 けど、そうじゃなかった。

 由宇くんの中で、わたしが占めていた部分は、きっとほかの何かですっぽり埋められていた。


 でも、わたしはそれを認めたくなくて。

 お父さんはお父さんで、由宇くんの家と仲良くしてて。


 だから、ウソをついてしまった。


 「うん、由宇くんとは学校でも仲良しだよ」――と。


 仲良し?

 仲がいいって、どこからどこまでを指すんだろう。


 そんな哲学的な問いかけをしなくとも、わたしと由宇くんの仲がいいって言えないのを、わたしは知ってる。


 でも、うそはほんとうのまま、わたしとお父さんの中で共有されていた。


 だから――お父さんは由宇くんにわたしを見ているように頼んだ。



 そして、由宇くんは変わらなかった。


 わたしがついていたうそを、うそとしてわかっていたけど。

 決して友達でも何でもない、ただのうそつきなわたしを――傷つけないために。

 優しい由宇くんは、受け入れてくれた。


 三か月の間、受け入れてくれていた。


 そして、由宇くんがわたしの見守り係として任命された、その日。

 わたしはすべての真実を知った。


 お父さんのありがためいわくの延長線上にあったこと、だけど。

 それでも――由宇くんは、その日。


 私と、友達になってくれた。


 あの瞬間、わたしの中にあった時計が、進み始めた。

 あの日止めてしまった時間を、ふたたび。



 ご飯を食べ終えて、わたしは、お弁当を洗う。

 ピンク色のお弁当が、わたしのぶん。

 水に浸して、ふぅと息を吐く。


 そして、もう一つ取り出したのが――水色のお弁当箱。

 ピンクと水色で夫婦茶碗ならぬ夫婦お弁当箱みたいだな、なんて思うのは――ちょっと考えすぎかも。


 お弁当箱はずっと家にあったものだ。

 誰もお弁当を持って行ったりしないから、箱に入ったまま戸棚の奥で眠っていた。


 昨日の夜遅く、わたしは箱を開けた。


 自分の家にずっとあったもののはずなのに、どうしてか――今になっては触るだけでもどきどきする。

 ……どうしてだろう?


 ただのお弁当箱、しかも食べ終わったもの、なのに。

 残された体液に興奮している、とか――そういう変態的なことじゃないのはわかってる。


 ただ、由宇くんの残り香が、彼が近くにいたっていうが、まだここにある。


 今は一人。

 今日はお父さんは仙台へ出張中だ。

 わたしひとりじゃ持て余すくらいには広いリビングで、大画面のテレビのさらに向こうで、一人洗い物をしている。


 だけど――このお弁当箱が一つあるだけで、わたしは。

 なんだか――一人じゃない、気がする。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんだか浮かれてるわね、とは母の談。


「うるさい」

「あら、反抗期の子供を持つと大変だわ~」


 そう言って、そそくさと母親はキッチンへと去っていった。

 俺と両親、三人で食卓を囲み終わり、冷蔵庫に常備されている麦茶を飲んで一服する。

 隣では親父がテレビを見てがははと笑う。


 自分の部屋に戻ってもいいけど、なんだかんだ俺はこの空間が嫌いじゃない。

 部屋には勉強机があるけど、軽い宿題だったり、あんまり集中しなくていいタイプの勉強はリビングでやってたりする。


 だから成績が上がらないんだ、と詰められてしまえばそうなんだけど。

 幸いにも、うちにそんなことを言う人間はいない。


 なんなら、成績なんてどうでもいいとすら思ってる節まであるくらいだ。

 母親に至っては「大学なんかより手に職つけたほうがいいんじゃないの? 専門学校とかいっぱいあるわよ~」という始末。

 一応勉強だけはしているが――こんな環境にいると、どうしてもぬるま湯につかりたくなる。


 さて、そんな折に勉強会の話が舞い降りてきた。

 日時は明日、金曜日。

 今日はどうやら掃除とかしたいらしい。


 なんだか、すごい手を焼いてもらっているというか。

 むしろ、俺が彼女のサポートをしなきゃいけないにも関わらず、世話になってちゃいけないんじゃないかという気持ちすらある。


 ただ、小野ヶ峰はこと勉強に至っては完璧だ。

 日常生活にちょっとした不安はあるかもしれないけど――頭の良さだけはピカ一。


 ここはフェアなトレードということで、ありがたく受け入れよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る