第5話 二人で昼食を
目の前には、お弁当が二つ。
どうやら小野ヶ峰手作りのお弁当のようだ。
そして、話を聞く限り俺と二人で食べようとして作ってきたらしい。
――なんで?
「ほら、昨日お父さんが変なこと押し付けちゃったでしょ? だったらせめて一緒にいて、西村君の負担を減らそうと思って!」
――だから、お弁当を二つも作って?
「うん、朝早起きして作ってきたんだ……迷惑だった?」
――そんなことない。でも、どうやって一緒に食べる予定だったんだ?
「ほら、そこはこれ――ラインで連絡すれば!」
――小野ヶ峰さんが一人の男を誘って一緒にお弁当を食べる?
「あっ……なんか、マズいね。確かに」
――俺はともかくとして、変な噂なんか流されたら困るだろ小野ヶ峰さんは……。今まで男っ気一つなくて、クラスの誰からでも好かれる完璧才女。誰からも好感度MAXで先生からの受けもいい。そんな小野ヶ峰さんが教室で若干浮いてる俺となんて……(早口)
「わっぁつ」
いけない。
インタビュー風のダイアログが流れてしまった。
後半は俺がネガって早口で語ってしまったので、目の前で小野ヶ峰さんが困ってしまった。
大変申し訳ない。
「えとえと! でも、結局どうにかなったから! クラスの皆もこれがお礼だってわかってくれてるしね?」
これ――“小野ヶ峰さんと昼食を食べる権利”のことだろうか。
でも、小野ヶ峰さんは“作ってきたお弁当”のことを話している気もする。
というか、小野ヶ峰さんはクラスの皆には“お弁当を二つ作ってきた”ことを言わなかった。
これにはナイス采配と言わざるを得ない。
小野ヶ峰さんがお弁当を二つ作ってきたということがばれたら――勘繰られることこの上ない。
火のないところに煙は立たず。
そういうことは周囲に言い触らさないのが基本だ。
……とはいえ、ラインでどうにかこうにか俺と連絡をつけて、俺と二人きりで作ってきたお弁当を囲もうとする小野ヶ峰さんは――どこか絶対に“普通”が欠けている。
普通、というよりは――状況判断の力か。
普段通りなら――小野ヶ峰さんは普段吉田をはじめとした女子グループと昼食を摂っているし、俺だって柚木崎とご飯を食べている。
それに、行きがけのコンビニでおにぎりを買う日もある。
何もかも煮え切らない中でお弁当を二つ作って持ってくるなんて――とてもじゃないけど常識的じゃない。
それでも完璧才女こと小野ヶ峰千桜は豪運の力でそれを成し遂げた。
恐るべき才女ぶり……なのか?
「はい、これが西村君のぶん。中身は私と同じだけど――男の子だから、ちょっと大きめのお弁当!」
はい、と笑顔で渡してくれる。
一応幼馴染とはいえ、ほとんどであったばかりの男子にこんなことまでしてくれるなんて……こりゃ惚れる男子が大勢いるわけだ。
「ありがとう……中、見ていい?」
「プレゼントじゃないんだから、そんな確認しなくても大丈夫だよ」
実質プレゼントみたいなもんだろ、と思っているのは俺が拗らせているからなのか?
当たり前のように接してくる小野ヶ峰さんの態度を見て、俺は心にもやっとしたものを感じる。
「そんなに上手に作れてなくてごめんね、お弁当、初めて作ったから」
そんな靄は小野ヶ峰さんの言葉ですべて解消された。
お弁当は二層になっており、一層目は白米、二層目はおかずという構成だ。
おかずは焦げ目があるハンバーグ、卵焼き、肉じゃがを軽く詰めたものによくわからない葉っぱ、ミニトマトと――随分と手の込んだものが並べられていた。
「すっご……」
「肉じゃが、まだ味が染み込んでないかもしれないから……そこはごめんね! 思いついたのが昨日の深夜だったから」
「夜から仕込んでたの……?」
「……うん、なんだか昨日は眠れなくてね、えへへ」
可愛く笑う小野ヶ峰さんは可愛い。
重複表現を恐れない俺の頭の中のコンピューターがそんな計算結果をはじき出す。
「これを……俺のために?」
そう尋ねると、小野ヶ峰さんはこくりと頷こうとして――それから、はっと何かに気付いた。
すぐに顔を赤くして、ふるふると首を振る。
「……あ、もちろん私のお弁当もそうだよ! 私のためでもあるから!」
今更恥ずかしいと思ったのか、西村君のためだけに作ったわけじゃないという旨のことを小声で連呼する。
そんな態度をみて、俺まで顔が赤くなってしまう。
「何はともあれ……嬉しいよ」
「そう、これはあくまで友達になった記念ってことだから! 友達と一緒にご飯を食べるのって、普通のことだもんね」
お父さんが迷惑をかけてごめんなさいのお弁当だったはずだが、今となっては言っていることが変わっていた。
理由をつけて友達とご飯が食べたかった……とか?
だとしたらほほえましい限りだ。
今度巌さんに報告しておこう。
だとしても、友達のためにお弁当を作ってくることは普通はないけど……。
一緒に手を合わせて、二人でもぐもぐとお弁当をつまむ。
初めて作った、って言っていたけど、そんな言葉が嘘のようにおいしい。
「おいしいよ、とっても!」
「……そう言ってくれて嬉しい。あ、そのハンバーグ、形崩れてるね……私のやつと交換する?」
確かに、見てみると一部が欠けた楕円のような歪な形をしていた。
ただ、味が変わるわけでもないからいいよと断るも――。
「せっかくなら、わたしのハンバーグ食べてよ。こっちのほうが形もいいし、うん、完璧にできてる」
「そんなところまでこだわらなくても……」
「でも……なるべくなら、完璧にできてるほうが良くないかな?」
『完璧才女』。
これが――彼女がそう言われるようになる所以だ。
軽い気持ちで言ってるのかもしれないが――実際、小野ヶ峰はほとんどのことを完璧にこなしてしまう。
だからこそそういうあだ名がついている。
小野ヶ峰自身はそのあだ名はあまり好きじゃないみたいだが――『完璧』であること自体は嫌いじゃないらしい。
「というわけで、このハンバーグは没収です」
「ああ――……」
俺の弁当箱から無慈悲にも形の崩れたハンバーグが小野ヶ峰の箸で持っていかれる。
「取るわけじゃないから……そんな悲しそうな顔しないで、ほら」
そのままの箸で、小野ヶ峰は自身のお弁当箱に入っているハンバーグを掴み、そのまま。
――俺の口の前まで、運ぶ。
「これ、一回してみたかったんだ」
あ~ん、と。
軽く笑いながら、小野ヶ峰はハンバーグを俺の口元に押し付けた。
清楚な見た目からは想像できない、小悪魔のような挙動に俺は少しびっくりした。
「そんなの……見られたらマズいって」
「大丈夫、誰も見てないから」
そう言ってはいるが、小野ヶ峰はただ俺の目だけをじっと見ていた。
慌てて俺が小野ヶ峰の代わりに周囲をきょろきょろ見渡す。
幸いなことに、周囲には誰もいない。
小野ヶ峰と妙な男が二人でお昼ご飯を食べている――そんな噂が立ってしまえば、小野ヶ峰はこの先完璧才女ではいられなくなってしまうだろう。
学校の中でも、とびきり可愛くて人気のある小野ヶ峰だ。
小野ヶ峰のファンも少なくはない。
俺の軽率な行動で小野ヶ峰のイメージを崩すわけにはいかない。
こんなところで小野ヶ峰の株を落とそうものなら、俺は小野ヶ峰に合わせる顔がない。
だからこそ、なおのこと慎重に周囲を見渡し――。
誰もいないことを確認して、俺はハンバーグを口で受け取った。
もぐっ。
妥協していない、手作りハンバーグの味がする。
冷たくしているために、噛むたびに肉汁が出てくる――ということはない。
だけど、引き締まった肉本来のうまみが肉の内側から溢れ出てくる。
周囲を強火で焦がしたことで内側にうまみを閉じ込めている、のかもしれない。
なれない食レポを頭の中でしながら、口から出た言葉は。
「ひゅっごい、ふゅまい」
すっごいうまい。
しかも、一口ですべてを食べきってしまったがために口が閉まらなかった。
でも、目の前で感想を楽しそうに待つ小野ヶ峰を前にして俺は黙っていることはできなかった。
さすがに口から出るレパートリーは少なすぎるのは反省だ。
「すっごい、うれしいよ」
言葉を自分の中で反芻するように、小野ヶ峰は感想の感想を返す。
ただ、彼女は言葉よりも雄弁に、表情で語っていた。
うれしさを隠すつもりもないかのように、口角が持ち上がり、目は自然と細くなる。
そんな小野ヶ峰を見て――俺もどうしてか、うれしくなった。
もぐもぐ、ごくん――と。
しっかり飲み込んで、精いっぱいの感謝と、味の感想を伝えると、小野ヶ峰は子犬のように尻尾を振った。(尻尾があれば、の話だ)
「でも……男子にあんなことするのは……小野ヶ峰的にはよくない、んじゃないかって思う」
「見られたら、ダメ、だよね」
「俺は小野ヶ峰の『見守り係』として、たぶんああいうことを普通の男子にやったら……たぶん、止めると思う」
巌さんも、そういうつもりで俺を『見守り係』に任命したんだと思う。
ここ日本ではそういうスキンシップは“交際”していると取られてもおかしくない。
「何考えてるかわかんないけど、こういうことは西村君にしかしてないよ?」
「初めての男友達が俺でよかった……?」
ちゃんと注意しなきゃいけない『見守り係』なのにもかかわらず、流されるままに受け入れてしまった自分を厳しく律する。
巌さんが今の様子を見たら卒倒するかもしれない。
たぶん小野ヶ峰は“わきまえる”ことを知らない。
「Special! そう、特別だから! 西村君はわたしの『見守り係』だから……別に誰にでもするってわけじゃ……」
「急な帰国子女要素だ……いや、スキンシップが過激なのも帰国子女要素なのか……?」
流暢な発声だった。
伊達に十年以上海外にいたわけじゃなさそうだ。
「そういえば、帰国子女って……なんかカッコいいよな。英語も話せるし、羨ましいよ」
これ以上この話を掘り下げてもドツボにはまるだけな気がする。
怒られてばかりじゃ小野ヶ峰も楽しくないだろう。
しゅんとした小野ヶ峰を見たいわけじゃない。
耳が垂れ下がる前に、俺は会話を切り替えた。
「うん……複雑だけどね。確かに英語は話せるけど、それだけだからさ。親の都合で海外に行ってたってだけだし、わたし自身は何もしてないもん」
「英語が話せるだけで充分じゃないか? 俺は英語はからっきしだし、現代文だって赤点ギリギリだ」
ついでに言えば数Ⅰも数Aにも置いて行かれそうで、化学基礎もいよいよ牙を向いてきた。日本史世界史はとっくにドロップアウトしている。
「一教科が完璧にできてれば楽できるのになー、なんて思うことも……」
「じゃあ……わたしと一緒に勉強会、する? この学校、図書館の自習室もかなり広いし、分かんないところあったら教えてあげるよ!」
「勉強会、か……そりゃ願ったり叶ったりだけど」
「西村君はわたしの『見守り係』だから、わたしのことを見てなきゃいけないんでしょ? だったら、わたしと一緒に勉強するのは、ちょうど良くない?」
「ちょうどいい……かもしれないけど、小野ヶ峰さんが男子と一緒に勉強してるってのは噂が立つんじゃ……?」
う~ん、と小野ヶ峰さんは悩む。
少なくともそういう素振りを見せた。
「確かに、あんまり大きな噂になってもイヤ、かも……」
「あんまり小野ヶ峰さんの耳には入ってないかもしれないけど、小野ヶ峰さんがどこで何をしてるかとか、みんなに見られてるからね?」
「ええ……っ!? わたしって、そんなに有名人になってるの?」
本人にはどうやらそういう自覚がないらしい。
せっかくなので、小野ヶ峰さんがおかれている状況を彼女に伝えておく。
「『完璧才女』って呼ばれてるのは知ってる?」
「知ってるよ、あんまり好きじゃないけど」
「じゃあ、学校一の美少女って学校中で話題になってることは?」
「そんなウソで褒めても何にもないよ?」
「学年三位の秀才って言うのは?」
「本当かもしれないけど、それが噂になるなら二位の人も四位の人も秀才って噂になるんじゃないかな?」
「運動も完璧にできて、なんかのスポーツ大会では全国大会で優勝したって」
「それは本当にウソだよ!?」
「中学校の頃に作文コンクールで文部科学大臣賞を受賞したって言うのは?」
「それは本当かな……昔の話だけどね」
虚実入り混じる様々な尾ひれを、俺は小野ヶ峰さんに伝える。
ちなみに上記の会話はあくまで一部分だ。
実際は誇張抜きに七倍くらいの分量を話した。
それくらいには尾ひれ背びれがくっついて『完璧才女様』は成り立っている。
「ねぇ――私ってとってもすごい人ってことになってない!?」
「うん、そうじゃなきゃ――『完璧才女』とは呼ばれないからな」
嘘が四割、事実が六割――噂の中身はそんな感じだった。
それでも十分すごいことには変わりないけど。
そんな人が急に学校に転校してきた――そりゃ回りも沸き立つだろうし、一挙手一投足にも注目がいく。
「だから、みんな嫌でも小野ヶ峰さんのことを知ってるし、つい見ちゃう」
「そうなんだ……でも、わたし……そんなにすごい人じゃないよ? 普通の女の子だよ?」
「普通の女の子、の中ではすごい人だと思うよ。少なくとも皆そうなれるわけじゃないし」
「すごくもないんだよ。意外とわたしドジっていうか、ぽんこつだし……。今日だって、本当は髪留め持ってこようとしたけど忘れちゃったし」
「ポンコツだって言うのは……俺は、なんとなく知ってる。それに、お弁当を作ってきたのにどうやって一緒に食べようかは考えてきてないってことからもなんとなく分かった」
小野ヶ峰さんは痛いところを突かれたのか、少し顔を赤らめた。
本日二回目だ。
「なんか……恥ずかしいね。ちゃんと分析されたりするのは」
「これでも『見守り係』だからね。ちゃんと見てる」
言っててストーカーなんじゃないか、と思ったけど。
もっとよく考えたら小野ヶ峰の父親公認のストーカーだった。
小野ヶ峰が嫌がってない以上、まぁいいんだろうと自分に言い聞かせる。
……いいのか?
「ただ、ドジるのって当たり前じゃないか? 別に『完璧才女』だろうが、普通の人だろうが」
「そういうものかなぁ……なるべくならそういうミスがないほうがいいと思うけど」
「うん、それはそう思う。でも……どうしようもないことだってある」
「――けど、そういう時に頼れるようにって、お父さんが気を利かせて――俺が今ここにいるんだろ」
『見守り係』。
見守るって、元をただせばたぶん、そういう意味だ。
ずっと手を貸すんじゃなくて、困ったときに手を差し伸べる。
そういう人であってくれと、小野ヶ峰千桜を助けてくれと――そんなニュアンスで巌さんは言っていた。
……気がする。
「ま、お代は巌さんからもらってるからわざわざ小野ヶ峰さんが気を回す必要はないんだけどね」
「お弁当は完食したのに?」
「それはそれ、これはこれ」
おなかいっぱい、ごちそうさまでした。
「――で、話を戻すと、勉強会だけど……やっぱり、やめたほうがいいと思うよ。小野ヶ峰さんは目立つし、変な噂がたったら恥ずかしいでしょ」
「もう十分恥ずかしいんだけど……変な噂、流れすぎじゃないかなぁ。見守り係って、そういう噂を止めたりは――」
「いや、無理だよ……。人のうわさに戸は立てられぬ、ってね。諺があるらしい」
最近覚えた諺だ。
噂にはどうあってもあらがえない、みたいな意味らしい。
「そういう噂をなくしたいなら協力はするけどね。どっちかっていうと、『妙な噂』が立たないようにするほうがいいと思う。それこそ、今日みたいなことをしない、とか」
牽制するようにそう言うと――小野ヶ峰さんは。
「でもっ――せっかくできた友達だからっ!」
ばっ、と距離を詰めて俺に近づく。
「じゃ、じゃあ――そうだ! 私の家で勉強会をする、とかなら――どう?」
「小野ヶ峰さんの家で?」
「そう。お隣さんだし、幼馴染だし、友達だし――変なことはないよね、うん」
変なことはない、けども。
「それに、お父さんもきっと承諾してくれるはずだよ。だって、お父さんも西村君に会いたがってたし!」
「それは確かにそうなんだろうなって気がする」
親バカな巌さんはすぐ俺から小野ヶ峰さんのことを聞きたがる。
小野ヶ峰さんも小野ヶ峰さんでそれを嫌がる素振りはない。
全く、よくできた才女様だ。
「異論はない、ならそういうことで――って、早くお弁当食べちゃおっか。人のいないうちに、ね!」
予定を決めた後の小野ヶ峰さんは誰よりも素早かった。
そそくさとお弁当に手を付け、俺よりも速いスピードで箸を進める。
それでも口の小ささからか、俺より早く食べ終わることはできなかった。
だけど――予定を立ててからは、どうしてかずっと笑顔のままご飯にありついていた、気がする。
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