第4話 登校中、ある日。
「最近学校が楽しそうでゲスねぇ」
「楽しくなんかねぇよ……」
むしろ、気疲れが増えた。
どれだけの奇跡の上に小野ヶ峰千桜は“完璧才女”としてあり続けられているのか。
砂上の楼閣、とはまさに小野ヶ峰にこそふさわしい。
「嘆くばかりの西村氏に早速神様からの思し召しですぞ? あっちに完璧才女様がいるみたいですねぇ」
学校の最寄りの駅で俺は柚木崎と合流して登校している。
というのも、駅から学校までは1.5キロほどあり、普通に歩いて通うと二十分ほどかかってしまう。
音楽を聴きながら通学する生徒、真面目に不真面目・英単語帳を眺めながら歩く生徒などなど、多様性に富んでいる。
そんな生徒が大勢いる中――俺はいたってノーマルに、知り合いを集って一緒に会話しながら登校することを選んでいた。
知り合いと言いつつも柚木崎ただ一人だが。
そして、視線の先には千桜が一人歩いている。
千桜は普段は単語帳勢だ。しかも古文単語。
帰国子女とだけあって英語はばっちりなんだろう。
いつもは他人を寄せ付けない雰囲気で単語帳とにらめっこをしながら歩いている。
だが、今日はいつもと違うようで――厳格なオーラが彼女から出ていない。
「なんだか……今日という今日こそは話しかけられそうっすよ! 拙者、完璧才女様に自分のいきり立つ情熱をぶつける日がついに来たみたいですぞ」
「やめとけ、お前が突撃したところで勉強の邪魔だろーが」
「いやいやよく見てくださいよ西村氏。今日はいつもと趣が違ってスマホにご執心なようですぞ」
「ん……ああ、そうみたいだな。いつもは単語帳の三章以降を読んでるはずなのに……」
「拙が言うこともないですが、西村氏もちゃんとキモい感じのウォッチャーですぞ」
これが俺の仕事なんだよ、と柚木崎に説明するわけにもいかない。
俺は甘んじて不名誉な称号を受け入れる。
「なんだか――ずっとスマホを確認しながら歩いているみたいですねぇ。ふらふらしててちょっと危なっかしいので、拙が才女様と歩いて話すことでこの暇な時間のエスコートを」
どん、と柚木崎に肩パンを入れてひとまず宥めさせる。
痛いですぞとは柚木崎の談。
柚木崎みたいな変質者と一緒に学校に通うなんてどんな罰ゲームだ。
俺じゃなきゃ受け入れられないぜ、こんなの。
隣に立った瞬間にセクハラの嵐を行うに決まってる。
ただでさえ男子高校生の欲求は無限大だ。
「拙者はそこまで酷い人間じゃないですぞ!」
「まともなエスコートできるほどできた人間でもないだろ」
「うぐぅ、それは否定できませぬが……それは西村氏も同じですぞ!」
「だから俺は見守ってるだけに留めるんだ」
柚木崎はなるほど、と言わんばかりに手を打った。
これでしばらく大人しくなるか。
「なるほど――見守る、つまり『親衛隊』ということですな!」
違った。妙な曲解をしているだけだった。
とはいえ、しばらく隣のバカは動かないだろう。
俺はこっそり小野ヶ峰に連絡を取ろうとスマホを出すと――そこには、一件の通知が入っていた。
『おはよう! 今日からこれで気兼ねなく話せるね!』
通知が来た時刻が午前七時ちょうど。
そして今が午前七時四十二分。
ああ――そういや、スマホの画面見てなかったな、と。
今更ながら気が付いた。
いや、朝は飯食って髪の毛直して科目ごとの準備してトイレ行って制服に着替えてそのまま駅まで全力ダッシュして――めちゃめちゃやることがあるからスマホ見るとかそういう雑事は後回しになるだけで……とか。
だらりと制服の下、ヒートテックに冷や汗が染み込んでいく感覚がある。
まさか、まさか……な。
初めてできた男友達からのラインが返ってくるのを楽しみにしてスマホをかじりついて確認してる――なんて。
人の想像力は、まぁ男子高校生の欲求くらいには無限大だ。
俺は深呼吸をして目の前でふらつく小野ヶ峰を見て――。
それから既読をつけた。
ビクッ、と目の前の小野ヶ峰の足が一瞬止まり、緩やかに動き出した。
俺の想像は、もしかして、もしかすると当たっている可能性がある。
じゃあどうするか――俺の行動は決まっている。
『おはよう。ちゃんと前見て事故らないように歩けよ』
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんか今日の小野ヶ峰さんは変でやしたねぇ。急に拙者を見てびっくりしたと思えばおろおろして走り出すなんて……」
「ま、急に後ろに柚木崎が現れたら誰だって驚くだろ。妖怪河童が出てきたみてーなもんだ」
「それについていくように走り出した西村氏にはもっと驚きましたが、まさか慌てたばかりに信号を見ていなかった小野ヶ峰さんを捕まえて危険を回避するという西村氏の漢気もファインプレーでしたぞ」
「今朝の振り返りをどーも」
妖怪河童、もとい柚木崎がダイジェスト気味にその後の俺の活躍譚を語ってくれた。
俺の口の悪さには突っ込んでくれないようだ。
スルーされるとそれはそれで俺がただ口が悪いだけの奴になるんだが。間違ってはない。
「ええと……さっきはありがとう、西村君」
「どういたしまして。大したことはしてないよ」
大したことはしてないよ、給料分だけ。
別に車が迫ってきていたわけでもない。ピンチかどうかで言ったら、ただの赤信号横断を止めただけだ。
だから、感謝されるかどうかで言ったら微妙なところでもある。
「でも、あのときわたし、ちょっと回り見えてなかったから。いろいろびっくりして」
「全然大丈夫だから、気にすんなって」
はは、と受け流すも教室の視線はすべてここに集まっている。
何をしたんだと訝しむ奴に、俺に敵愾心を燃やす奴、そんでもってうらやましいですぞと涙を流す奴。こいつはよく知ってるやつだ。
「えっと……あの……そうだ!」
何かを思いついたかのように、小野ヶ峰の声のボリュームが急に大きくなる。
なんだなんだと、視線だけでなく周囲の鼓膜までくぎ付けだ。
「お礼ってわけじゃないんだけど――今日、一緒にご飯食べない?」
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