第2話 山下 南

 朝、綾乃と一緒に登校する。だが、下駄箱に私の上靴がない。どうせあの人達だろう。何回も私の上靴を隠してよく飽きないものだ。3年生の5月頃だろうか、あの人、飯島 凛に目をつけられてしまったのは。

「南、上靴は?」

綾乃が心配そうな顔で言ってくる。綾乃は1年生の頃同じクラスで一番最初に仲良くなった大好きな友達だ。そんな綾乃に心配をかけさせてしまって心が痛む。

「あー!そうだ、私昨日持って帰って忘れちゃったんだ!」

心配させないためと言っても、1番の友達に平然と嘘をついてしまう自分が憎い。どんどん自分を嫌いになっていく。

「ふふ、南ったらドジなんだから。ははは!」

綾乃が笑った。それだけでどれだけ心が温まったか。私は綾乃がいるだけでいい。それだけでいいはずなのに。

「ちょっとー、笑わないでよ!ほら、行くよ!」

私は早くここから離れたくてそう声をかける。階段を上がる。どんどん教室が近づく。嫌だ。行きたくない。しかし、綾乃の教室の前まで来てしまった。

「じゃ、また帰りね!ちゃんと待っててよー!」

私は毎朝綾乃と帰る約束をする。そうでもしないと、綾乃にも捨てられそうで、心のざわめきが止まらないから。

「うん。分かってるって。」

いつも通り綾乃は返事をしてくれる。私はそれだけで幸せだった。

 恐る恐る教室に入る。

「あれれ?南ちゃん、上靴履いてないね。どうしたの?忘れちゃった?」

笑いながら私に絡んできたのは、やはり凛だった。

「あなた達でしょ?私の上靴隠したの。」

「人聞き悪いなぁ、隠してなんかないよ。ね?」

そう言って凛は雪や後藤ごとう すみれ細川ほそかわ 莉奈りなの方に目を向ける。この4人はずっと一緒にいる。

「ただ、掃除してて、南ちゃんの下駄箱に汚いゴミが入ってたら処理してあげただけだよ。」

と菫が言う。ゴミと上靴ぐらい区別着くでしょ。後ゴミが入ってても捨てるなんて余計なお世話だよ。教室の隅に置いてあるゴミ箱を覗くと私の上靴があった。

「やっぱり。」

私は4人の隣を通り過ぎ、自分の席に着いた。

「私たちの相手してくれないとかノリ悪いなぁ。」

凛はずっと私に付き纏ってくる。今日は機嫌が悪いのだろうか。

「ちょっと、莉奈。こいつの鞄から何か遊び道具になるものないか探してよ。」

「おっけー。」

「ちょっと、やめて!」

私は必死に鞄を守ろうとしたが、他3人に押さえつけられ、抵抗出来なかった。周りのクラスメイトに助けを求めるのは無駄だ。皆俯いて、見て見ぬふりをするだけだから。あぁ、人って所詮こんなものなんだよ。全員死んでしまえばいい。

「なさそうだよー。凛。あるのは弁当ぐらい?」

「そう?じゃあその弁当、雪、捨ててきて。」

「え、あ、うん。」

その弁当は、お母さんが作ってくれた、愛情の籠った弁当だ。止めないと。

「だめ。やめて!」

雪は一瞬動きを止めた気もするが目の前で私の弁当を捨ててしまった。

「あぁ…」

何も言えなくなり、ただ嘆くことしか出来なかった。ずっと。ずっとそうだ。私は反抗もできない、助けも求められない、弱い人間なんだ。この状況に慣れ、泣くことも出来なくなった機械のような人間なのだ。

 HRが始まる時間になった。やっと、解放される。授業中もただゴミを投げられるだけでこんなの痛くも痒くもなかった。そして弁当の時間。4人に絡まれる前に廊下へと出た。弁当を捨てられてしまったため、弁当箱を持っていっても意味が無い。綾乃に心配されるだろうか。どう言い訳しようか考える。そして、しっかり笑顔を作れるように練習しながら旧校舎の保健室へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る