第8話 特訓ダイジェスト1 変化の術
八代との訓練が始まってわずか二週間。
たったそれだけの期間で彼女は変化の術を身に着けた彼女に僕は劣等感を覚える――ようなことはなかった。
何しろ、そんなことを考えている心の余裕がなかった。
うん、だから決して劣等感から意識をそらしていたとか、彼女はすごいから仕方がないんだ、とあきらめていたわけではないんだよ?
初めて変化に成功した際、彼女はその美しい曲線美を僕の目に焼き付けさせた。細く伸びる真っ白な手足、くびれた腰、男心をくすぐるふくらみに、柔らかなピンクの――
そこで僕は脳がゆだり、それでも心は紳士だったらしく、慌てて近くに置いてあった毛皮の衣服を咥えて彼女へと押し付けた。
うん、僕は紳士だからね!
彼女は、それを受け取って不思議そうに身に着けた。
彼女には、羞恥心というものがなかった。
考えてみれば当然のことだった。狐として生きいくうえで、衣服なんてものは必要ない。だって僕たちには、誇るべき毛皮があるのだから。このふわふわな毛皮がね!けれど今後人間に変化して人の社会に紛れて活動することがきっとあるのだから、むやみに人間たちを欲情させないように、服で体を隠すということを彼女に覚えてもらわなければならない。だって、彼女はとってもきれいで、美しくて、かわいくて美人だから!
ああ、彼女を表現する語彙が貧弱な自分が恨めしい……。
そんなことを考えているうちに、僕の頭にぼんやりと白い影が浮かび上がってきた。そのもやは、見る見るうちに彼女の裸体へと変貌を遂げていき――
頭を振って脳裏によぎる艶姿を追い払い、僕は紳士であるようにと自分を諫めたのだ。
着替え中、紳士な僕の背後から聞こえてくる衣擦れの音で僕が毛皮の下で顔を真っ赤にしていると、師匠がにやにやとこちらを見ているのに気付いた。僕は慌てて師匠のもとへと駆け寄り、彼に体当たりして顔を背けさせた。いくら師匠だからって、やっていいことと悪いことがあると思うんだ。無垢な彼女につけこむなんて、そんなことあっていいはずがないんだよ!
そんな風にわちゃわちゃと押し合いへし合いしていた僕の師匠へと、彼女は着替えが終わったと呼びかけた。振り向いたそこには、天使が――女神がいた。うん、我ながらおかしなことを考えている自覚はあるけれど、決して誇張じゃないんだよ。白い肌、美しい長身、あでやかな黒髪、整った顔つき。何より、彼女が身に着ける衣服はひどく小さく、のぞく太ももがひどく僕の心を揺さぶった。
彼女は変化の術の成功に歓喜してか、わずかに頬を赤らめながら僕に微笑んだ。
くっ、落ち着け、僕の心臓!
――あなたも、がんばってね。
あなた、という響きに、僕の心臓は貫かれた。
僕はもう、だめかもしれない。
うん、わかってる。ちゃんとわかっているさ。僕と彼女は、ただの旅の連れだ。偶然出会って、偶然互いが化け狐だと判明して、それだけ。別に、恋人関係でも、夫婦というわけでもないのだ。
それだけなのだけれど、その響きはただでさえ精神のすり減っていた僕に直撃した。
――僕は、彼女とそんな関係になりたいと思っているのだろうか?
僕の思考は、そこでオーバーヒートした。
きゅう、と僕はそう鳴いて地面に倒れこんだ。
高性能な狐イヤーは、げらげら笑う師匠の声と、心配そうに僕に呼びかけてくる彼女の声を正確に拾っていた。
ああ、なんというか、本当に心臓に悪い。
彼女の羞恥心獲得訓練は、遅々として進まなかった。
考えてみればそれも当然のこと。これまでの生をずっと狐で生きてきた彼女に羞恥心を抱かせるということは、狐として全裸でいる際に羞恥させるということなのだから。
それってどんなプレイ?と思ったが――師匠がそんなことを言っていたから思い至ったのであって、決して僕はそのような意図があって彼女に羞恥を教え込もうとしていたわけでもないし僕一人であればそんな認識を抱くことはなかった――そもそも、別に彼女が羞恥の感情を理解する必要はないのかもしれなかった。
だって、重要なのは人間社会に溶け込むことができて、そしてむやみやたらと人を扇情しないことだから。
だから、僕は彼女に、衣服とは僕たちにとっての毛皮なのだと教え込んだ。僕たちが毛皮によって怪我から身を守り、毛皮によって寒さをしのぐように、人間たちも怪我や病を避けるために衣服を身にまとうのだと。そう、人間にとって衣服とは、自分をよく見せるための鎧であり、衣服について考えるとは、僕たちが毛並みを維持するための努力にひとしいことなのだ!――多分、だけどね。何しろ、僕は前世でまともに服を選んだ経験なんてこれっぽっちも持ってはいないのだ。
僕の説明は正しいはずだ。果たして、彼女は僕の言葉に納得し、少し窮屈そうにしながらも衣服を身に着けるようになったのだ!
――家の外では、という条件付きではあるのだけれど。
その日、僕はとうとう彼女を説得できたことに開放感を覚えて師匠の陋屋――祠の裏の方にひっそりと建っている木造の一軒家だ――の扉を開けると、そこに真っ白な裸体をさらした人物がいた。
ぴしゃりと、慌てて戸を閉める。
見間違いだろうか?
そう考えたのも、その扉の先に見えた人影が、僕の記憶に薄れることなく残っている彼女の姿に見えたからだ。
これで衣服をはだけさせているだけだったら、僕は師匠が変化の術で彼女に化けて僕をからかっている可能性を考えたことだろう。
けれど、なまじ長く生きていて人の価値観に慣れ親しんでいる師匠だから、裸をさらすことはないだろう。何より、他者の姿になったうえでその裸をさらしてその相手を辱めるようなことを、曲りなりにでも神である師匠は決して行わない。
まあ、もしそんな愚行をしているようであれば、僕は師匠の大切なところに嚙みついてやるのだ。
それくらいの信頼関係は僕と師匠の間にできていて――信頼はしているんだよ――、だとするともう、答えは明確だった。
僕が扉の先の人物に声をかければ、彼女は「どうしたの?」とまるで問題を感じていないような声で僕に呼びかけてきた。
どうして入ってこないのと、そう繰り返す彼女に、僕は悲鳴のように服を着るよう叫んだ。
不思議そうに「なぜ」と聞いてくる彼女に、いいから服を着てと命令のように告げれば、しぶしぶ室内に衣擦れの音が響いた。
そうして、扉の先で頭を悩ませる僕のもとへ、彼女は戸の隙間からにゅっと顔を出して、それでどうしたの、とやや不機嫌そうな顔で告げた。
むしろ、僕が「どうしたの」と問いたかった。
せっかく彼女に服を着せる意義を理解してもらえたと思ってすぐにこれだから。
僕は彼女に、家の中でも衣服は着るものだと告げた。
彼女は首をかしげて、言った。
「だって、あなたが言うには、衣服は身を守るものなのでしょう?ならば、安全な家の中で衣服を身に着ける必要はないでしょう?それに、夏は暑いのだから服なんて邪魔でしかないわ」
僕は言葉選びを間違ったのを感じた。
僕の言葉をかみ砕けば、室内では服を着なくてもいい、というように認識もできる。
僕は慌てて彼女に訂正を入れた。家の中でも衣服は身に着けるものなのだと。例えば食事で体を汚してしまうかもしれないし、家具にぶつかって傷を負ってしまうかもしれない。それから守るためには衣服は必要だし、何より体の大事な部分を他のひとにさらさないのが人間の習慣なのだと。
人間ってひどく大変な生き物なのね、と彼女はしぶしぶうなずき、家の中でも衣服を着るようになった。
けれど僕は知っていた。彼女は、室内での衣服に対して懐疑的なことに。体が汚れれば水浴びすればいい、それにそもそもこの家には体をぶつけるほどの家具なんてないだろうにと、そう考えていることを。
彼女が衣服に正しく価値を見出すのは、けれどそう遠くないことだった。
変化の術においてその術が解けてしまう最大の要因は、動揺にある。術の発動には多大な集中力が必要となる変化の術だが、その維持は比較的容易い。それこそ、妖気を機械作業のように消費するだけなので、本当に半ば無意識程度の集中力が必要となるが、慣れれば寝ながら術を維持するのも容易である。最も、これは変化の術に大いなる適性を持つ化け狐だけの特性であり、通常の妖はせいぜい自分以外の何かの一つの姿にしかなることができず、その術も外見に粗があるか、長時間の維持が困難なのだという。だから大抵の妖は、最も使用率の高い人間の姿になる努力をし、変化の中でも特に人間の姿に化けることを人化と呼ぶらしい。
化け狐の適正ゆえ、尻尾だけ化けそこなって妖であることがばれてしまう、なんていう展開にはならないのだ。
その代わり、ひどく動揺すると術は解けてしまうわけで。
「彼女とデートなんてどうかな?」
「で、ででっ⁉」
ぼそりと耳元でささやかれた八代師匠の言葉に、僕は盛大に動揺し、そして視線が低くなった。まだまだだなと笑う師匠を睨みながら、けれど僕は彼の言う「デート」という言葉で頭がいっぱいだった。
「今後人間社会に顔を出す機会もあるだろうし、そこで動揺して術が解けて、人間社会に妖の存在が広まりました、なんて自体は避けたいからな。だから特訓だ」
訓練、という響きで冷静さを取り戻した僕は再び変化の術を行使して人化する。そんな僕の手を水を掬うようにさせ、師匠は腰に提げていた巾着の中身をそこへぶちまけた。
「……ええと、これは?」
師匠の顔を見ながらぽかんと口を開いて尋ねる。
僕の手元には、師匠に渡されたお賽銭。ジャラジャラという硬質な音が響いた。
「あん?金だよ、金。人間社会で使われているやつだ。ひょっとしなくても、金を見るのは初めて……だよな。まあ狐にそんな価値観はないわな」
納得の頷きをうって、師匠は僕に金とは何か、という講義を始めた。講義、などと言っても金は物々交換に仕える価値のあるものだ、なんて大雑把なことしか分からない説明下手だったけれど。
正直、師匠は説明が上手くない。なんというか、こう、物事の外観を捕えることはできるけれど細部まで手が行き届かないというか、肝心のところに手が伸びないというか、とにかくもどかしい説明が多いのだ。例外は妖術のことくらいで、後は酒気を帯びると饒舌になって話の話題がころころ移る代わりに描写が緻密になるのだ。
「それで、これで何かを買って来いということですか?」
「いんや?あくまで訓練だ。特にお前にとっては、な」
にやり、と悪役っぽい笑みを浮かべた師匠は「あいつを誘えるといいなぁ?」と告げ、笑いながら去っていった。
僕と彼女の、デートが始まろうとしていた。
「あら、そんなところに立ってどうしたの?また師匠が何か無茶を言ったのね?」
困ったように、けれど楽しそうに笑う彼女が、僕の顔を下から覗き込む。長い睫毛が一瞬伏せ、その奥に美しい黒瑠璃の瞳が覗く。水気を帯びた唇がゆっくりと形を変え、甘露な声が僕の耳朶を震わせる。
女神のささやきに、僕は心囚われそうになり、けれど必死に首を振って邪念を追い払った。
訓練だ。そう、訓練のためなのだ。
僕はそう己に言い聞かせ、不思議そうに僕に向かって手を振る彼女の顔を見て、口を開いた。
「師匠に、人間社会になじむ訓練のために、買い物に行って来いって言われたんだ」
「買い物……?」
「あ、うん。このお金、というのを対価に物々交換することだよ」
「交換……これが、ご飯になるの?」
理知的な外見をした彼女の不思議そうな声音を聞いて、僕は得も言われぬ感覚が背筋を走るのを感じた。それはきっと、嗜虐心。
けれど僕は、ニヤニヤと笑う師匠の顔を思い浮かべて、そんな思いを振り払った。
無垢な彼女が自分の色に染まっていくのが楽しいなんて、そんなのおかしいんだ。そう、これはただ、人間社会のことを知らない彼女のための授業だ。
だから、良く知っているのね、という彼女の尊敬のまなざしに心揺さぶられていてはいけないのだ。
「ええと、確か三日後、だったかな。その日に定期市があるみたいなんだ。そこは比較的人が集まるから、行くならその日にしとけって」
「じゃあその日ね。何か、準備しておかなければいけないことはあるかしら」
「うーん、精神統一?」
僕は心の底からそう思っていたのだが、彼女は何それ、と可笑しそうに笑って、楽しみねと一言残して去っていった。
――これから、二日。僕は夜に眠れる気がしなかった。
ああ、遠足が待ち遠しくて眠れない子どもみたいだな、と思ったし、師匠にもそう言われた。
最も、予想に反して僕は自分でも驚くべき寝入りの良さを発揮したのだけれど。
三日後、僕と彼女は朝早くから八代師匠の陋屋を出発して、森の中を走っていた。
今の僕と彼女は狐の姿をしている。
僕はともかく、彼女はまだ人間の姿での行動に慣れていなかった。特に遮蔽物の覆い森の中を走るようなことは、彼女にはまだ早かった。そういう僕も、前世で森の中を駆けずり回った経験などあるはずもなく、走るくらいは容易だが、枝葉に体のあちこちをぶつけて擦り傷を作るような状態だった。
そんなわけで、僕たちは慣れた狐本来の姿で森の中を走って、人里まで下りて行った。
バクバクと、心臓が早鐘を打った。
これまでの旅で、人間を見たことがないわけではなかった。けれど人化できず、人語を話せるわけでもなかった僕が人間と接することができるはずもなく、僕にとって、そして彼女にとっても、初めての人間とのかかわりだった。――八代は、人間ではない。ひどく人間臭く、世俗に浸りきってはいるが、彼は神様なのだ。僕をからかって遊ぶひどい奴だけれど、彼の訓練にも一理あると、僕は納得せざるを得なかった。
まだ人の姿が見えているわけでも近くにいるわけでもないのに、僕は恐怖で押しつぶされてしまいそうだったから。
彼女には言っていないけれど、僕はお母さんを人間に殺されたのだ。
今の僕は狐で、そして人間にとっては場合によっては害獣として殺される対象なのだ。それをわかってしまうからこそ、僕は怖かった。
僕たちが向かっている先の人たちも、そんな者ばかりなのではないかと――
けれどまあ、その思いは杞憂に終わった。
里に下りた先には、限界集落一歩手前の、寂れた、けれど人数だけは多い村があって。そこには、多数の壮年あるいは老年の男女が野菜や肉、生活必需品、あるいは民芸品などを持ち寄っていた。そこは市場というよりは、バザーと言った方が近い感じだった。
師匠の社がある場所から元も近い人里は、近くを大きな道路が通っており、住民こそあまり多くはないけれど、それなりに来客のある場所だった。特産品の果物や工芸品でも有名で、隠れ村みたいな形でひそかな旅行スポットになっているという。
大事なのは、それなりにこの場に足を運ぶ村の外の人間がいるということで。実際バザーには意外と若い客の姿も多かった。その多くは子連れ家族や若い夫婦などが多く、よく言って若い妻と子どもと言った様子の僕たちは少々浮いているような気もしたが、それなりに不審がられずに受け入れられた。
彼女は目を輝かせて、並ぶ品々を見て回っていた。星がまたたいているように輝く視線を送る彼女を見て、商品を並べていた男性も楽しそうに解説していた。
誰もが、温かい目で僕たちのことを見ていた。一部の人が「いいお母さんね」といっていたのは気に食わなかったが、まあそれなりに楽しく過ごすことができたと思う。
僕たちはいくつかの野菜と、木製の守り神人形、それからお酒を買って師匠の元へと帰還し――
「ん?」
「あら?」
陋屋から響く軽快な笑い声と、見知らぬ者の声に、僕と彼女は顔を見合わせて視線を交わす。
恐る恐る、僕たちは家へと近づき、そして――
「美少女の気配!そこだ!」
そんな威勢のいい声と共に勢いよく扉が開かれ、その先から影が飛び出してきた。
それは、僕のすぐわきを走り抜け、一瞬にして彼女へと抱き着いた。
「んぅ⁉」
びくん、と彼女の肩が跳ねる。艶やかな声が口からもれ、その顔は上気していた。それもそのはず、彼女に抱き着いた着物姿の小柄な女性が、彼女の衣服の中にその手を入れて――
「って何やってるんですか⁉」
僕は慌ててその不審人物を捕まえ、彼女から引っぺがそうとするも、恐ろしい力で小柄な人物は彼女に抱き着き、そしてぺろりと彼女の頬をなめる。
毛づくろいをされたことくらいはある彼女も、肌を舐められる感覚は初めて経験した者で、ひゃうんとかわいらしい声を上げた。
「ん?なんだワレ。ガキは昼寝でもしてな」
自分の体を引っ張る僕の存在に気付いた不審者は、驚くべきことに自分より大きな僕を、彼女に両脚片手でしがみついた状態で、片手のみでつまみ上げた。
「ほうれ!」
そのまま僕は、怪我をしない程度に軽く山なりに投げられ。
上下反転した世界の中で、涙目の彼女が少女に引きずられて陋屋の中に姿を消していった。
「ッ!」
反転、地面に足をつけると同時に脚に力を籠め、僕は全力で扉へと突っ込んだ。
「わははははは!」
「いいぞ、もっと飲め!」
床に座らされた彼女の膝を枕にして寝そべった少女が、彼女の服の中、太ももに片手をねじ込みながら、反対の手で盃を突き出し、師匠に酌をしてもらっていた。
僕は扉を蹴り破るように勢いよく入った先の光景を見て、首を傾げる。
む、と少女が眉間にしわを寄せて僕を見る。
何してんだと、蝶番が駄目になった扉を見ながら師匠が顔をしかめる。
ビクン、と少女に体を撫でまわされる彼女が肩を跳ねさせた。
「……で、師匠。彼女はどなたですか?」
ひとまずはやけに強そうな少女から彼女を開放するべく、僕は師匠に対して情報収集を開始した。
「…朱雀?って、何ですか?」
「おぬし、わしを知らぬとはいい度胸だな。いいか、耳をかっぽじってよく聞け。わしは四神の一柱。南の赤き鳥、朱雀とはわしのことよ!」
わはは、と酒気を帯びた息を吐きながら、少女は僕にそう告げた。
「鳥、ですか。相当な人化の腕ですね」
「うむ。すでにどれだけ生きているかもわからんからな。これで本来の姿がばれる幼稚な姿にしか変化できなかったら笑うしかないな」
「それは昔の俺のことか?この若作り野郎が」
「……野郎?」
「ふむ。安心せい。わしは男も女もいけるクチだ。操を立てる必要があるならば、同姓と楽しむのも一興だぞ?」
じゅるりと真っ赤な舌で唇を舐めた黒髪金眼の異国風の外見の少女は、その視界に映る彼女の顎へと手を伸ばしながら、横目で僕のことをちらりと見た。
その間にも、朱雀の腕は彼女の体を撫で、ついにはその衣服をはぎ取ろうとして――
「~~~~~離れてください!」
限界に達したらしい彼女が恐怖と困惑で涙目になる中、僕は慌てて朱雀から彼女を引きはがした。
ごつん、と朱雀の後頭部が置き場を失って床に勢いよく打ち付けられた。
わずかに涙目になった彼女は、けれど楽しそうに呵々と笑った。
「ふむ、お前の言うとおりだな。実にからかいがいがある」
「ちっこいほうはともかく、そっちにも手を出そうとするとは思わなかったけれどな。とはいえまあ、これだけされて変化の術が解けなかった当たり精神力は十分か」
そのまま二人は、いえーい、と楽しそうに杯を重ねる。
僕は酒豪な二人から視線を外して、腕の中の彼女へと顔を向けた。
彼女は、その衣服を抱え込むように腕で抱き、赤らんだ顔を上げる。その目は、熱を帯び、けれど同時に恐怖も宿していた。そして、消え入りそうな顔でぽつりとつぶやく。
「……衣服の大切さが身に染みたわ」
「それは……うん、何よりだよ」
このタイミングでそれを学んだのかと、そう思う僕はきっと遠い目をしていたことだろう。
結局その晩は、終始僕と彼女をからかおうとする朱雀と、それに便乗して悪乗りを始めた駄目神八代の対処をしているうちに時間が過ぎて行った。
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