第20話 安堵とこの先

 私は出来る限り話せることは話した。ゴブリンが発生したことで魔物討伐の依頼を受けた冒険者達と次の日には組合が確認しに行った後は魔導を使う魔物が発見されすぐさまに避難が行われ、街に残った兵士と何人かの冒険者が最後まで足止めを行ったこと。


 そして私がなんとか生き残って東へ進んで何者も出会わずにここまでたどり着いたこと。


「リアラちゃんの話が本当だとして。リアラちゃんは魔物が東へ向かうところは見てないんだろ?それじゃあ北か西に流れていった可能性もあるわけだ」


 それは確かにそうだ。私はただ隠され生かされたに過ぎない。


「あ、いやでも西は無いと思います。西からも魔物が攻めてきたので、南と西から魔物が来たってことになると思います」

「だとしたら北か、北はなぁ…」


 なんか含みのある言い方をしてるが、もし東に来てないならそれくらいなのでは?と思うが、どうせならもっと詳しく見ておくべきだったかと思う。


「ちなみに聞いてみるんですが、魔物がこういう街を攻めることってよくあるんですか?」

「まぁ、あるにはあるな。そのための外壁だし、今回が異例の魔導を扱う魔物ってことだけが異常なくらいで」

「私はあまり詳しくないんですが。なんで魔物は街を襲うんでしょう?人間を食べるわけではないんですよね?」

「んーまぁ、そうさな」


 兵士さんは端切れ悪く悩んだ風を装う。

 話せることは話したし、私としては聞けることは今のうちにできれば聞きたい。木のコップに注がれた水を飲みつつ相手の返事を待つ。

 しかしこの町、外壁無いけど大丈夫なのか?とか詰め所と言う名の民家みたいなところでとても兵士が駐屯するには向いてないだろうとか色々突っ込みどころがあるが、ぐっと質問攻めするのを押さえていると


「俺も魔物には詳しくないから断定した情報じゃないことを先に言っておくが、魔獣は人を食べる。魔人は人を食わないみたいなもんかな、そもそも魔物なんて言っても体内に魔核結石が出来たら大人しかった家畜も魔獣になって手に負えないなんてこともある。なんで?なんて思ってもよく分からないのさ」


 新手のウイルスみたいなものだろうか。家畜が手に負えなくなるくらい暴れるってことは元々の性格とはかけ離れた性格になるみたいな?

 いやそもそもたしか魔力を上手く放出できない生き物が魔物になってたはずだ。


 というか魔力ってなんだ?それに関して詳しそうだったクリフさんはいないし。次に詳しそうなのはゲンボウさんだが、ゲンボウさんに限っても恐らく避難したと思いたいがどこまで行ってるのか分からない。


「リアラちゃんが考えても仕方ないさ、この国は魔物そのものを忌避してるからな。多分詳しいやつなんて貴族か学者くらいだろう」

「忌避ですか?たしかに危険だとは思いますけど知性を持った魔物もいるって聞いたんですけど」

「そもそも存在を認めてないのさ。人間様が一番てなもんで他の亜人種とも交流は少ないし、だからこそ詳しいのは貴族や、国の言うことなんか聞かない学者くらいだ」


 魔物じゃないのに亜人も嫌ってるとなったらこの国、敵をいっぱい作ってそうだな。


「ちなみに聞くんですが、ドワーフとかエルフっているんですか?」

「ここより遥か東に行けば亜人達の国があるな、リアラちゃんも中央まで避難する予定か?他の連中は王都近辺まで大移動するそうだが」


 ここからどれくらい離れてるのか分からないが、私としてはそこまで離れたくはない…もちろん避難者の中にも知り合いがいるからその人達に私が知りうる情報を渡して最後まで残った英雄達を知ってほしいのだが、それはここにいる人にお願いすればなんとかなるだろう。


 とはいってもこれは私の我儘だ、生きて欲しいと願ったウィーネさんの気持ちを踏みにじるわけにもいかない。


「この町に残ってる人とかはいないんですか?」

「俺たちは知らねぇが、相当酷かったんだろ?この町じゃまだ距離はそんなに開いてないし怖くて誰も残ってないよ、それどころか何人かは一緒に東へ向かって行ったな」


 それゆえに食料も少ないし、かといって町の機能を無くすわけにはいかないので、今では兵隊含めて農業をとりあえずしているらしい。


「大丈夫なんですか?」

「リアラちゃんじゃなくて、魔物が押し寄せたら大丈夫じゃなかったろうな。俺たちとしては魔物が迫ってきてると身構えて怯えて暮らすより安全と分かってむしろ余裕ができたくらいさ」


 そういうものなのか。まぁ、この人たちも避難より足止めをする覚悟を持って残ってた人達なのだろうから本音だろう。


「一泊でも二泊でもしてくれて構わないよ、食料も少ないがスライムラディッシュくらいなら分けれるし住人が避難した空き家まで案内しようか?」

「それは嬉しいですが、勝手に使っていいんですか?」

「いいだろ、非常事態に細かいこと気にしてられないしな」


 嬉しい提案を受け入れて、ひとまずは一睡もしてないことも懸念していたので言葉に甘える。


 案内された所は一軒家で、家族がいたのだろう生活感を残して放置されてるところだった。


「じゃあ、またどっかで見かけたらよろしくな」

「あ、待ってください!名前聞いてないです」

「ゲイジーだよ、律儀だな!」


 そう笑って、また西の警備をするのか戻っていった。

 この世界の人達は基本的に挨拶は雑っぽいのと名前をそんなに名乗らないのが普通なのかもしれない。


 理由は、まぁ長生きするかも分からないだろうからと思う。一緒の町村に住んでるならまだしも旅人や行商人など名前より顔を覚えるくらいだろうしそれこそ名前が広く知られてたゲンボウさんがすごい人だったのだろう。


 家の中で、どの部屋の寝床で寝ようか迷ってると、一室だけベッドがあったからこの部屋を拝借して荷物を降ろして今後のことを考える。


 ひとまず避難した人達はこの町が無事だったこともあるし平気だろう。だが、知り合いに会いに行くとなるとまた東へ急いで向かわなければならない。


 もう一つとしては魔物がどこへ行ったのかについて。恐らく北に向かったのではないかとゲイジーさんと話して思い至ったが、そうなると逆走して、食べるものや水が尽きて補給が出来ない。

 あるいは、この町から北西に向かって進み先回りするようにして移動するか、その場合は村があるか町があれば補給もできるだろうし、魔物を追いかけるという面ではできる。


 そしてもう一つ…ここに残ること、ゲイジーさんの話では人手不足っぽかったし、農業などを手伝いつつ、自己鍛錬に勤しむのも悪くはないだろう。むしろゲイジーさんの装備は正規兵らしい鎧を着てるので、一緒に戦った兵士たちのことを思い返すと彼らは非常に強かった。


 お願いすれば稽古してもらえるかもなんてのも思う。


 そんなことを考えてベッドで寝転ぶ。もちろんだがクッション性なんてなくて布が詰められてもそんなに床と変わんないなぁという感想だ。


「私がしたいこと…」


 真っ先に思うのは復讐ではあるが、元々はクリフさんを探しに行きたかったのに。どんどん方向転換していってる。


 目を瞑るが、目を瞑れば私の記憶に新しい彼女の冷たい身体に抱きしめられている感覚がまだ残ってるような気がして起き上がる。


 何かしてないと、落ち着かない…


 何度か寝ようとはするけど、どうにも寝れずに結局眠れないのなら何かしておきたいなと思い、外へ出る。


 周りを見ればまだ町の人達はほとんど眠ってるんだろう、静けさだけがあってもしかしたら誰もいないんじゃないかと思い西の方へ向かえば、まだ夜警中のゲイジーさんや、もう一人兵士がいる。


「どうした?何か言い忘れてたことでもあったのか?」


 私に気づいてゲイジーさんが近寄ってくるが、ただ眠れなかったといっても仕方ない気がして、それならさっきまで考えていた稽古の件について聞いてみようかなと。


「唐突だとは思いますけどゲイジーさん!私強くなりたいんです、稽古つけてもらうことってできますか?」

「本当に唐突だな。悪いが俺は槍しか使えんぞ」


 そういえば槍持ってたなぁと思って、ただディズさん式の稽古ならできるかな?


「私に向かって攻撃してもらうだけでもいいんですけど駄目ですか?」

「可愛い顔してすごいこと言うな…まぁ暇だしいっか、ダズ!ちょっと遊んでくるわ」


 もう一人の名前はダズと言うのか、眠そうにあくびしながら手を振ってる。


「場所はどこですっかな、目立たないところがいいんだが」

「別にここで良くないですか?」

「俺が一般人いじめてるようにしか見えなくなるじゃねえか」


 ごもっともで、私は籠手は着けていてもそれ以外防具もなければ武器もない。正確にいえば籠手が武器なのだけど周りから見たら腕だけ防具してるようなものだろう。


「んー、でも見張りの仕事もここでならできると思いますよ?」

「まぁ…なー…変に二人でいるよりダズがいる方が誤解も解けるか」


 ダズさんも私たちのやり取りを聞いていたのか、暇だからなのか見ている。


 一応、なんちゃってではあるが私の数少ない攻撃手段は殴ること、ゲイジーさんを見れば槍というのもあって圧倒的にリーチが足りない私はどうやって近づこうかなと考えて見ていると。


 右手に持っていた槍をすぐさま両手に切り替え一回転させると槍尻で私の腹目掛け突いてくる。


「ぬわ!?」


 驚いて変な声が出てしまったが、いきなり構えて不意打ちされるとは思わなかったから後ろに飛んで避けた。ゲイジーさんは少し意外そうな眼をしたがそれも一瞬で、追い打ちのように私の足目掛け横薙ぎが入り、後ろに飛んでも仕方ないので真上に飛んで避けたのち攻めようと思ったら、ゲイジーさんの槍は地面を削ずるようにして勢いを止まらせた後にそのまま振り上げられ私の足に当てられる。


「痛っ」

「目はいいな、本当に最後まで戦ってたんだろうなー」


 間延びした声でそう呟きながら、私が痛みに転がってる間にゲイジーさんが手を差し出してくれたので起き上がる。


「というか…いきなり攻撃されるなんてびっくりするじゃないですか…」

「そういうこともあるさ、それにいきなり来たからリアラちゃんはここにいるんだろ?」


 いきなり来た。それは襲撃のことだろう。たしかにいきなり襲撃に合い結果的に私は街を出てここにいるのは事実で、軽い気持ちで稽古をつけてくださいと言ったわけではないとゲイジーさんも思ったからの行動なのかもしれないと思うと納得…できるけどいきなりはびっくりした…


「もっと心構えみたいなものとかから教えられるのかと思ってました」

「ははは。そりゃ俺には無理だわな、いつでも戦えるようにしか考えてないからな」


 外壁がないからなのか、魔物がもしかしたら結構な頻度で来るからなのか。その言葉は真実だと言うくらいには重みを感じる。


 距離を一定離れると。またゲイジーさんは両手で構え槍尻を私に向けて放つ、今度は来ると身構えてはいたのだ。籠手で槍尻を金属部分に当てるように防いで、私の一歩を当てれると思い近づこうとしたところで視界がブレる。


 ころころーっと擬音が流れそうなくらいに私は地面に転がった。


「かってぇな!んだその籠手!」


 ゲイジーさんの方を見ると私を蹴った仕草をしていて、私の右籠手だろう箇所そこを狙って?蹴ったんだと思う。


「え?今のどうやったんですか?」

「槍だけで戦うと思ったのか?」

「いや、それもありますけど、ゲイジーさんてもしかしてすごく強かったりします?」

「あー、俺は弱い方だろうなー」


 これで弱いのか。そう思って槍以外にも意識しつつ起き上がり。右手を握り蹴られたところを確認すると特に痛みはなく、どれくらい本気で蹴ったのかは分からないが、相当籠手の質が良かったからダメージが無いのだと思い雑念は捨てて目の前に集中する。


 先ほどとは違って、先手を譲ってくれるつもりなのか槍をやや下に構えたその姿はどうにも隙らしい隙が無いように見える。よくよく考えたら私は先に攻めるやりかたを知らない。


 攻める。槍ならリーチを活かして攻撃したところにさっきみたいに体術も混ぜれば隙がない攻撃ができるのかもしれないが、私は籠手のみ。魔物相手ならともかく人間相手に無鉄砲に突っ込んでいいのかという疑問もあるが私に出来ることなんてそれこそ突っ込むだけだ。


「行きます!」

「おう」


 両手を構えたのちに。地面を強く蹴り、ただ前進するだけの右殴り、それでも私は速いんだということだけを信じて振りかぶる。


「あー…」


 ゲイジーさんは下に潜り込むように避けてお互いに位置がすれ違い私は、空振りしたことに焦って練習したとおりに左半身と下半身で転げないようにしつつ後ろを振り返れば。ゲイジーさんは頭を掻きながらこちらを見てくる。


 正直避けられたことがとてもショックだ。


「お前、俺を殺す気なの?」

「いえ…ゲイジーさんなら耐えれるかなと」

「手加減知らずか、困ったな。とりあえずその籠手外してくれ、死ぬ」


 さすがに金属が当たれば、というかたしかによくよく考えれば自転車以上の速度が出てる金属が当たれば大怪我か…兵士の人達は強すぎるくらいに思っていたからすっかり意識してなかった。


 籠手は隅の方に外しておいて、もう一度と思ってゲイジーさんのところに戻り、先ほどと同じようにしてくれてる。

 ただ、私の本気の攻撃は避けられたわけだし、ほかに出来ることも無いのでもう一度私も同じように全力で前に飛び右腕を――


「がふっ…」


 私が飛んでくると分かっていたであろうその位置に槍尻を向けられ私の腹に当たり肺の空気が零れ落ちる。


「んー?」


 めっちゃ痛い!いっそ胃の中ぶちまけそうになったが、我慢しつつ起き上がってゲイジーさんを見るとなんというか呆れていた。


「そんだけ動けそうなのになんで真っすぐ来るんだ?」


 実際そうなのだろう。私が出来ることはそれくらいしかないのだが、ゲイジーさんとしては来ると分かってるものは避けるでも反撃でもできる。


「私…けほっ…それくらいしか出来ないんです」

「なんというか、もったいないな、稽古なんだろ?どうせなら色んな事試せよ」

「いろんなこと…?」

「別にリアラちゃんが弱いとは思わねぇよ?ただなんだろうな。俺から見たらむしろ強い。事実最初の攻撃はまじでびびったぜ、あんな速いだなんて思ってなかったからな。けど実戦と気負いすぎるのも…いや気負わせたのは俺が原因か?まぁとにかく色々やってみようぜ?できれば手加減もしてくれな?」


 そう言って再度身構えるその姿は、私に対して真摯な目を向けている。色んなことか…

「なんか、格好悪い所見せるかもしれませんが…いきます!笑わないでくださいね!」

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