第18話 英雄たちの背中

 今の戦闘で周りを見れば立ち上がってる者は数名。

 グルブさん。ウィーネさん。ダライダさん。フィンさん。ビジーさん。エンさん。ヤンガさん。

 私を合わせて8人で目に見えるゴブリンは数え切れず、その中にオークであろう存在が3匹程。


 しかも私が知ってる限りでダライダさんは左腕は使い物にならないくらい強く噛みつかれていたはずだ。他の人も怪我をしてるだろうし、私も左肩がアドレナリンでも出てるのか痛みはないにしても痺れたように動かしづらい。


 これで私たちの最後だろうと思うとむしろ開き直れる気がする。


 こんなに迫って来るってことは、南側にいた人達は全滅してるってことだろうし、ふとディズさんのことを思い出しながら、今目の前にいるのが仇敵と見据えて私は――


「リアラさん。逃げますよ」


 突如、手を掴まれてウィーネさんに引っ張られる。


「え、それって退却して陣形を――」

「違います。逃げるんです」


 私たちのやり取りなんて聞こえてるはずなのに、他の人達は私とウィーネさんを置いて前に進む。あんなものに飲み込まれたら蹂躙されるだけだろうにと引っ張られながら思い。


「まって、意味が分かんないです。私たちはここで戦うんじゃ!」

「もうグルブさんとは話しちゃいました。私の我儘です…」


 それならみんなで一緒に逃げればいいじゃないかと言葉にでかかったところでグルブさんが剣を一振り空振りさせ、その剣は風を斬る音を奏で。


「俺たちに名前を聞いたよな。思えば、俺たちが死んだらここで覚えてくれるやつが一人もいないなって話をしてな」

「そうか、確かに西の…守護者の名前が残らないのは悲しいな」

「いつの間にそんな話になってたのかは知らないけど、時間もないしね。フィン!ちゃんと覚えておいてね」


 覚えてるに決まってる。短い間でも彼らとさっきまで戦ってたんだ。


「ビジー…しぶとかった方のビジーって覚えてくれれば…」

「これから語られることになるのか、エンです」

「ヤンガ…できれば格好よく語ってくださいね」


 私はまだ戦う、戦えるのに。


「リアラさん!」


 私はウィーネさんに引かれるように走る。

 なんて声をかけていいのか分からないまま後ろを振り返ると、誰もこれから死ぬだなんて思えないくらいに、吠えていた。


「魔物の侵攻で、隠れて生きれるなんて思えません。けど、このまま走っても恐らく追いつかれるでしょうね」


 さっきの英雄たちを背にウィーネさんは話し始める。


「私、実は妹がいたんですよ。もう亡くなっちゃいましたけど…あ、先に言っておきますがリアラさんとは全然似てませんよ?」


 まるでウィーネさんと言う人を、自分を知ってほしいように話し始めるそれを止めることはできない。

 ウィーネさんがここで本当は戦って死ぬつもりだったのに、私のせいでその覚悟を踏みにじってしまったのかと苦しくなる心を抑え聞く。


「あとリアラさんは知ってるかわからないですけど、私が作るリットーゲッカっていう料理なんですけど、甘く作るんです。あまり出回らない甘味なんですよ」


 私の知ってるそれとは違う味なのだろう。どうやって作るのか、ゆっくり教えてほしい。


「リアラさんがこの街に残ってた時、私本当は喜んじゃってました。知ってる人が、それも私のために命を張ってくれるなんて言ってくれた人初めてだったんです」


 冒険者は死にやすい。それと同時に何かを言い残して死ぬ人なんて少ないのだろう。誰かのために戦うとしても仲間や、故郷、人それぞれだとしても。


 組合は街の中心から西側にある。ウィーネさんは朝、組合に来るときは街の中心から来ていた。

 それをどこから来てくれたのか答え合わせしてくれるように、ウィーネさんは途中で家の前に立ち扉を開けて中に入る。


「ふふ。私お友達を家に招待するなんて初めてです。というかいつか付き合う人と暮らすつもりで初めて家に招待するときはその人にって思ってました」

「ウィーネさん…」


 奥の部屋に一緒に行き涙溢れながらも笑顔なウィーネさんはとても綺麗で、その顔は抱きしめられたことで見えなくなる。


「もしかしたら運よく、この家だけ無事になるかもしれません。もしかしたら、見逃してくれるかもしれません。もしかしたら助かるかもしれません」


 そのもしかしたらという希望的観測で、何の根拠もなくて、自分に言い聞かせるように言い、私を安心させるための嘘でしかなく。


「戦って、休息が入るたびにリアラさんが生きてるか気になって気になって集中できなかったんです」


 責めてるわけじゃない、優しい言葉は私を慈しむようにただただ心配していたことを告げ。


「リアラさんの生きたいにきっと反論しちゃうことしちゃってごめんなさい」


 謝罪してるとは思えないくらいに悪びれることはなく、私たちに終わりを告げる魔物の足音が聞こえはじめ。


「リアラさんが言ってた後悔しない生きることが、私にとって私のために命を張ってくれたあなたに生きて欲しいと思うことを…どうか、許してください」


 ゴブリンが家の中に入ってきたのかドアを蹴り破られるような音が聞こえてきて、そのゴブリンがこの部屋に入るまでもう時間もないだろう。

 ウィーネさんは部屋の隅で私を抱きしめ覆いかぶさるように、私を隠すように抱きしめる。


「これから先リアラさんは声を絶対に出さないでください、目も瞑ってください」


 まだなにも返答できてない。許すもなにも、ウィーネさんが私に対してそう思ってくれていたことに今も涙が溢れて、嬉しいのだから。


 ドアが壊される音が響き。1匹か2匹、足音は少ない。これなら戦えばまだ抗えると思うが私が動くことをウィーネさんは許さない。


 私たちの、ウィーネさんの姿を見つけただろうゴブリンは近づいてきて。


「あなたの生きるにどうか私を混ぜてください」


 生暖かい何かを私の体に滲ませていく。叩きつけられる音が鈍く聞こえてくるたびに嗚咽のような悲鳴を堪えるウィーネさんが決して私のことを離さないように。


 髪の毛にこそばゆい液体が垂れてきているのを感じながら歯を食いしばる。



 散々潰したであろう、ゴブリンたちは家の中から立ち去っていく。


 まだ、外は騒がしく、何かが壊れる音。もしかしたら誰かが同じように隠れていたのか悲鳴のような何か、いやもしかしたらゴブリンかオークの叫ぶ声なのかな?


 そんなことをぼんやりと思えるほどに虚無感だけが私を包み込む。



 私はきっとウィーネさんの邪魔をしてしまったのだろう。組合の受付をしていたとしても、実際戦闘になったらウィーネさんは戦闘において私とは違って貢献していた。

 そんな彼女の冒険者としての気持ちの邪魔をしてしまった。


 それでも最後まで話してくれた言葉が後悔なんて微塵も感じない声色だったから私はその言葉を噛みしめる。


 誰も忘れられない。英雄たちを、ウィーネさんもそう。その中で彼らは言ったのだ。語り継いでほしいという私に託された想いを。


 誰が忘れるものか。悔しい。憎らしい。悲しい。あの人たちと肩を並べられなかったことも魔物に蹂躙されてしまった私の…皆の日常が壊されたこと全て。


 その想いを胸に抱き、燻らせるのは平和な時を過ごして薄れてしまった強さの渇望。





 どれほどの時間が過ぎただろう。外の喧騒はまだ終わらず。ウィーネさんの体は冷え切っていた。

 痛かったろう。苦しかったろう。それでも私を抱えて耐えてくれたからこそ今私は生きている。


 生きているんだ。血に濡れてそれでも彼女の想いを背負って。


 家の中だからとまだ安全とは言えず、たまにだがゴブリンが入ってきて、血まみれのそれを見て何かで叩いてくる振動を感じ、ゴブリンは死んでるのを確認するとどこかへ行く。


 いつまでこの時間を耐えればいいのかなんて分からない。ただウィーネさんの『もしかしたら』を現実にするため耐える。


 体内時計なんてあてにならないとおもっていたけど、私は空腹を訴え始める。

 この世界に来て、あまり飢えとか感じたことはなかったのだが、身体的には子供っぽいから育ち盛りにしてはあまりに省エネな便利な体だなぁと思ってたくらいで気にしてなかったが。


 しかし空腹は困る。このまま餓死なんて嫌だし、意識したら喉も少し乾いた気がする。


 身をよじり、ウィーネさんの体からドアを見ると太陽なのか、明るい陽射しがこの部屋に差し込んでる。


 まだだ、まだ耐えよう。いざとなったら動けないというのも困るが、危険を冒して無に帰すなんて絶対にあってはならないんだ。


 目を瞑り時間を過ごす。眠ることはできないが、何かを考えて意識するよりは空腹をごまかせる気がする。


 一日?二日?なにもしなければ時間がどれほど経ってるかなんて分からない。

 ただ、数時間は経ってるはずだと思えるほどの時間を過ぎてもこの家に侵入者が入ってくることが無かったため私はもうそろそろ動いた方がいいだろうと思った。


 ウィーネさんをゆっくりと動かし、黒くなった姿は人と思えるくらいの形なのが奇跡だと思えるくらいには原型を保ってると言えるだろう。


 思ってたより体を動かすことに億劫に感じてしまう。ずっと同じ姿勢で固まっていたからなのか…


 部屋を出ようとしたところでもう一度ウィーネさんの方を見て、もし街に魔物がいなくなってたら必ず戻ってこようと思い、外の光景を目にする。



 人の気配も、魔物の気配も特に感じなくて、街の通りで魔物がまだうろついてる…なんてこともなく、ただ血だまりや壊された物で溢れてる。


 歩いてみると、誰かが生きてるかもしれない。そんなことを期待もせずに進む。街の中心に向かって。


 途中に折れた剣があった。英雄の剣だ。

 潰れた肉塊にはかつての背中を思わせる面影は何も残ってはないし、誰の肉なのかもわからない。


 ただそこらに転がっている魔物の残骸を見ると、間違いなく奮闘したであろうという痕跡は見て分かる。


 それよりも進むと、かつての英雄達がどれだけ頑張ってきたか、そこに居たはずの私も尊敬してしまうくらいに頑張ったなって思える。


 それよりも進むと昔見た光景とは違って、賑わっていたはずの中心地には何も残ってない。


「あぁ…」


 何も、残ってくれない。


 ウィーネさんのせいじゃない、私が弱かったせいで、何も守れなんてできはしなくて、この光景が私に告げることは己の無力さで…


「あぁぁぁぁぁぁ」


 乾いた喉が、枯れた声を上げ。私に向けたあの人たちの背中を思い出し、拳を握り誓う。強くならなくてはいけないのだと。





 そこからは、申し訳ないと思いながら、家の中に何か食べ物が無いか探させてもらったりした。店などにあった新鮮だったであろう野菜などは萎れて食べれるか分からないが、干し肉などをかき集め食べる。


 水は宿以外にも井戸があって、そこから水を汲み補給する。


 使えそうなものは何かないかな、なんて思いながら、いつ失ったのか分からないナップサックの代わりを探していると、あまり質は良くなさそうではあるが代わりになるものを見つけたそれに、干し肉を詰め込み。水筒などがあればよかったが、ゲンボウさんとの旅では水樽から摂取してたこともあってこの世界の水筒の形が分からない。


 防水してそうな袋を見つけたが、それも口を縛るものが無いので零れてしまうだろう。

 無いよりはマシかと思い、それも持っていくことにした。


 体力的に余裕が出てきたので、みんなの肉を集めながら、ウィーネさんの所に戻るころには暗くなりかけていた。


「今、連れて行くからね」


 このまま放置するのは許せなくて、ただ、私に今のウィーネさんを運んで連れて行くには出来ない、中途半端な弔いの仕方。


 ウィーネさんに触れるとぐちゅりという感触が嫌なんて思うことはなく、いっそ心地よくさえ思えてしまう愛しい気持ちになれる。


 肉をちぎり、袋に詰めると、それを街の中心まで持っていき、そこに置く。



「みんな、私は生きてるよ、だから安心して」


 語り継ごう、私の英雄達を、私と一緒に生きて進み続けよう。


「必ず、全部終わらせて見せるから」


 涙はもう流れはしない、ただ、強さと引き換えに私は何を捨ててでもいい。


 また何もできないかもしれないなんて不安はありはしない、必ず殺すのだ。

 魔物なんてものに蹂躙された英雄を弔うために、東へと。





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