第12話 旅人のリットーゲッカ

 しゅぱっと起き上がり。木製の窓を開けるとまだ暗い、良し!

 私の体内時計は信じられないけど光る月の傾き具合からももう少しで朝がやってくると分かる。


 この世界に来てから空を見る回数が増えたなぁ、前世では下ばかり見ていた気がする。


 どんな依頼があるか分からないし、大袋も持ってっと。あれだねリュックが欲しい…ただ雑貨屋とかで見かけなかったんだよねそういうの、防具屋とかになら売ってるのかな?


 少ない身支度を終えて鍵を閉めて、宿の受付に行くとさすがに睡眠してるのか居なかったので、カウンターの返却用の器に入れておく。


「行ってきます」


 この街で朝を迎えるのは初めてだったので物静かな空気。もう何か準備を始めてる屋台。路上で寝てる恐らく私と同じ文無し予備軍だろう人ら。

 壁沿いとかに行けばもしかしたらスラム街みたいになってる光景とかあるかもしれない。異世界的に言えば行ってみたさはあるけど病気になったら医学力が信用できないから出来る限りは健康でいたい。


 そうして組合の近くに行くと話声が聞こえて、見てみればカビアーマーの人達が10人くらいたむろっていた。

 なんというかゲームとかの発売日に夜から並んでいたのかなって空気がどことなく懐かしく感じる。


「おぉ、嬢ちゃんも朝組になったのか」

「朝組って…私も人のこと言えないですけど、こんなに集まっていいんですか?うるさいとか言われたり」

「なんていったって組合付近だからな。組合は深夜も大体うるさいから日常すぎてもう周りに住んでる連中は慣れたんだろ!」


 タフな精神の持ち主が住むのか、はたまた飲み屋街の雰囲気を家で味わいながら楽しんで眠ってるのか気になるところではある。

 私は周りが騒いでる空気は実は結構好きだったりするのだが、異世界って思うと治安的に不安が勝ってしまうからどうにも馴染めない。


「おーいお前ら!新入りが仲間に入りたいってよ。今日は最初の依頼譲ってやろうぜ」

「いいけどよ、その代わりガスダお前が最後になれよー」

「俺が最初に来てたから実質俺と入れ替わりだな。ほかのやつは心が狭くて仕方ねぇぜ」


 そう言ってカビの臭いをふわふわさせながら私の頭を撫でてくる。

 このお人好しの人は世話好きなのだろうか、申し訳ないながらこのままいくと銅貨だけじゃなく1枚の銀貨も失ってしまうかもしれないからお言葉に甘えよう。


「えっとガスダさん?ありがとうございます。けどいいんですか?」

「俺からの初依頼達成祝いだよ、ホーンラビット一匹上品質で仕留めたって聞いたぜ?弓使いでもないのによくやったな」


 私のプライベート情報が洩れてるのか、昨日も組合に入り浸っていていたのかは置いといて。素直に嬉しい。


「運が良かっただけなんですけどね。実は武器が飛んでったのがたまたま当たったんですよ」

「運も実力だろう?ホーンラビットで死ぬことはないだろうがそれで成功を収めたんなら祝いだよ」


 ほかの連中も頷いてるし、そうなのだろう。冒険者とはそういうものか。

 思わずほかの人らに祝いはないの?って催促したくなる気持ちを抑えて、私はまだ新入りでそんなに仲良くないから、もっと馴染んだらそのときは頼んでみようかな。


 軽い談笑をしてると、いつもの受付嬢さんが歩いてきた。この人何時間労働してるんだろう、というかこの人くらいしか受付嬢あまり見ないけどそんなに組合ってブラックなのか。


「はーい、並んでくださいねー。リアラさんいらっしゃい、朝組の人達と仲良くしてそうで安心しましたよ」


 組合公認で朝組とかいう連中だったのか。


「はい!ガスダさんに譲ってもらって一番手行かせていただきます」

「女の子の冒険者が珍しくてちょっかいかけてるだけだからリアラさん嫌になったら嫌って言っていいですからね」


 わりと辛辣である。ちらりとガスダさんの方を見ると悪態つかれたわりにデレデレ鼻の下伸ばしてるあたり本当に女の人に対して誰にでも優しいのかもしれない。

 これ私がこの体じゃなかったら有名な新人いびりみたいなこと起きてたのかな。喜べないふぁんたじぃみたいな。


 受付嬢さんが中に入ると手招きしてくれたので中に入って、なんと!カビ臭くない!いやちょっとほんのりと香るけど、それでもむわっとした湿気た空気ではなくちゃんと換気された組合だった。


 新鮮だなぁと思ってると私の様子を見てにやにやしてる周りの連中の視線に気づいて妙に気恥ずかしい、人の視線が突き刺さるのは居心地が悪いというかこそばゆいというか


「それじゃあリアラさん、どれかやりたいものはありますか?」


 掲示板近くにいたけど、呼ばれたのでカウンターに近づくとカウンターにこれから貼り出すであろうものが並べられていた


「えと、その前に質問いいですか?」

「いいですよ」


 昨日聞いた見張りとかの話も混ざってるからいいのだけど一つ妙な依頼があった。


『呪われたツボをもらってくれ、銀貨30枚』


 なんだこれ?


「呪いって、私でどうにかなるものですか?」

「これに目を付けるとは良いセンスをしてますね…この依頼はボケたおじいちゃんがツボを渡した後、返せーって怒鳴ってくるだけの依頼ですね。話し相手になると銅貨10枚お小遣いでくれますよ」


 依頼書トラップだろそんなん、ボケてるなら銀貨そのままくれるのかと思った。もしかしたら寂しいから話し相手求めてるだけでボケてる振りしてるんじゃって疑ってしまう。


「まぁ、良いセンスというのは本当ですよ?リアラさんが来たら喜ぶでしょうし」

「あぁ。会話のボキャブラリーとか私にないからきついかもです。この見張りの依頼にします」


『東門の見張り、銅貨35枚』


 昨日聞いてた話より5枚も多いと選んだら受付嬢さんが苦笑しながら「わかりました」と言って受理される。

 もしかしてこれも依頼トラップだったか、金銭に目がくらむと厄介事的な…


「東門大丈夫なのか?見張り一人は正規兵なんだよな?」


 ガスダさんが後ろから声かけてくれて、受付嬢さんも「一人は正規の人ですから大丈夫ですよー」と掛け合っていた。


「リアラさんなら大丈夫ですよ!東門に行ったら分かりますから」


 そんな不安になるようなことを言われると余計不安になる。

 とはいえ、ガスダさんがなんか気にしてくれていたし、大丈夫なのかな。


「じゃあ、行ってきます!」


 そう言うと朝組の人らも受付嬢さんも手を振って見送ってくれて、今日は良い一日になりそうな気分だ。



 東門に着くと立ったまま貧乏ゆすりをしてる鎧を着た人がいて、話しかけるのに躊躇してしまう。


「あの、組合の者ですけど」

「ああ、分かってるよ」


 分かってらっしゃいましたか、私にいらいらしてるのだろうかと思ってると。東門を開けるからと、私も東門の開門するハンドルみたいなものを一緒にクルクル回す。私役に立ってないよねこれ。


 そのあとは私が壁上に登り魔物が見えないか確認するとのこと、あとは馬車などが来たら下にいる門兵さんに伝える、この二つがお仕事らしい。


 門兵と呼べばいいのか衛兵と呼べばいいのかどっちだろうなぁと悩んでいたら、急に愚痴られた。


「すまない、気分を悪くさせてしまったかもしれないと今反省してる。実は昨日、本来ここに守備に就くはずだったやつと、どっちが組合に依頼してサボれるか賭けをして負けたのがどうしても悔しくて」


 とのこと…「大変ですね」私にどうしろと言うんだ。というかそれでいいのか、サボってももしかしてお給料出るのでは?こういう役職だと、いわゆる公務員的な感じで将来安泰とか言われるポジションなのかもしれないな。


「じゃあ俺は下で盗賊がいないか確認してくる」

「え、盗賊がいるんですか?」

「たまに馬車に隠れて潜り込もうとしてるやつがいるんだよ。指名手配されてるやつらは覚えてるから、まぁ俺に限らず怪しそうなやつがいたら巡回してる衛兵でも呼べば解決する…ことが多いから頼ってくれ」


 ちょっと濁したのは、解決できない内容もあるってことなんだろうけど。いまいち頼りなさそうなのはある意味平和な証拠なのかもしれない。


 そのあとはぼーっとしてたらたまに奥から馬車が来るから下の人に馬車3台来てますとか報告する。

 今の時間は朝くらいだけど、昼頃になっても行商人なのか東門は結構馬車がやってくる。


 遠目になんか細っこい鳥?ダチョウ?みたいな生き物が見えた時に報告したら、街道に近づいてるようなら再度報告と言われた、危険生物なのかな?

 北門で野宿してたけど、東門だったらもしかしたらやばかったのかな私、街の近くだとしても外は危険なんだなって改めて実感できるわりと充実した仕事だった。


「なんというか一番組合のやつらでやりやすかったよ」


 と、暗くなり門を閉めた後、褒められてしまった。特に何かしたわけでもないのだが。


「俺は『そうがん』のブンダって言うんだ。また見張りの仕事あったら頼みたいくらいだよ」

「そうがん?」

「そうさ、槍と盾を扱わせたらこの街一番の腕前だからな」


 これは二つ名と言うやつか!冒険者ではなくまさかの兵士の人が名乗るだなんて、ちょっと笑いそうになってしまったが今朝の雰囲気と違って気安い雰囲気がありがたい


「すごいですね!私は冒険者リアラです!」

「よろしくな」


 二つ名はできるか分からないけど、なんとなく負けじと二つ名の代わりに冒険者を強調しておいた。


 ほとんど何もしてないだけで銅貨35枚…ほくほくである。


 組合に戻ると受付嬢さんが「おかえりなさい」と言ってくれるのもどこか暖かい気持ちになれる。


 これでプラスだぁ!銀貨50枚には程遠いけど…

 お金を稼ぐって大変だなぁ。私はなんか借金してる気分でどうにもお金節約できないかとかも考えてしまうし、もう今からでもディズさんに籠手の件無かったことにしてもらおうかな。


 夜通し働けば銀貨1枚はもらえるって言ってた気がするけど、酒場とかのウェイトレスにでもなるとかだったのかな?組合では真面目に稼げないんだなぁと痛感してる。


 いつもの宿屋に向かい、井戸の人で覚えてもらってるからか「今日はどっちでしょう?」と笑顔で聞かれたので悪気はないのだろうけど、二つ名の話題が今日あったからか井戸のリアラとか二つ名になったら嫌だし、この宿屋以外では井戸を使わないようにしようと心に秘めた。


「宿泊で、それと聞きたいのですけど、スライムラディッシュ以外の食事が食べれるところってあったりしますか?」

「こちらでご用意しましょうか?」


 あるんだ。安くて良い食事処があったら良いなぁくらいのつもりで聞いたのだけど。


「なにか嫌いな物とかありますか?」

「えと、あまり詳しくはないから大丈夫だとは思いますけど。値段とかって変わったりしますか?」

「あはは。変わらないですよ、手軽に食べれるからスライムラディッシュを使った料理を良くしてますし、泊まる方みんなスライムラディッシュが好きなので統一して提供してただけなんです」


 屋台とかではお肉っぽいのもあった気がしたけど、みんなスライムラディッシュ中毒か何かなんだろうか?

 それを言ったら日本人なんて米中毒みたいなものだから似たような感じでスライムラディッシュが米とかパンの代わりとか?

 思えばパンとか屋台でも見かけたことない、お店に入るのは値段が分からないから躊躇してたけどお店にはあるのかな?


 作ってきますねーって調理場?に向かおうとしてたのを止めて、先に代金を払ったら「忘れてました!」とおっちょこちょいな一面を見つつ、部屋は前回と同じ205号室で待ってると食事が届いた。


「できれば残さないでくださいね。悲しくなっちゃいますから。あ、でも嫌いなものあったら無理は駄目ですよね」


 案外お話好きなのかな?と思い「不味かったらどうでしょう…?」と言うとちょっと慌てられたので、昨日の食事が美味しかったことを伝えたら安心してくれた。


 食事を見てみると、野菜多めのスープにパン?いやホットケーキ?みたいな見た目のものがある!


「すごい美味しそうです!」

「?、井戸の人はこういう料理食べたことないんですか?」

「スープはありますけど、そのパン?ですか?食べたことないです、貴重なものなんじゃないでしょうか!」

「これは、そんなに好んで食べられる方いないんですけどね。でも食べやすくしてるので。ここまで持ってきちゃいましたけど良かったら井戸で食事されてみますか?『りっとーげっか』という名前の料理ですし」


 この宿屋の人意外とすごい人なんじゃという認識になりつつ、聞きなれない単語に首を傾げて聞いてみると、指を上に差して説明してくれた。


「リットーゲッカ、夜空に浮かぶ明るい星の一つ。真ん中にある星のことを指して作られたらしいですよ。もともとは食べられた物ではなかったんですけど、旅人が伝え広めた伝統料理ですね」


 食べ物に言っていい言葉なのか不穏なことも言ってたが、伝統って聞くと一度は経験してみないとと期待値も高まってしまう。


「もし、井戸の人が初めて食べるなら。それは故郷の味が私と言ってもいいくらいですね」


 ちょっと胸を張ってる姿は可愛らしく、安かったからというのが決定打ではあったけど、この宿屋を選んでよかったと思い私も悪ノリしつつ「それじゃあ私のお母さんになってくれますか?」と言うと「まだそんな歳じゃありません!」て返されてしまった。

 あまりじろじろ人のことを見ようとはしなかったのだけど、宿屋さんの見た目は多分まだ10代?だろうと思うのだけど、異世界だと結婚適齢期って幼い印象あったけどそうではないのかもしれない。


「ただ…もし美味しいと思ってくれたらお姉ちゃんと思ってくれていいですよ」


 頬を赤らめて食事を床に置いてそそくさと部屋を出て行ってしまった。


 私は最初の村でのことを思い出しながらスープを一口啜る。

 村長は依存されたくないからみたいなことを言って私に冷たく対応するように言ってたらしいけど、もしかしたら存外本当だったのかななんて。


 この世界の人達は優しい人がたくさんいる。悪い人ももちろんいるんだろうけどそんなに敵対視ばかりしなくてもいい気がしてきて、順応?したってことなのかもしれない。


―ガリッ


 木のスプーンをホットケーキモドキことリットーゲッカを食べようとスプーンを当てたら、音がなんかおかしい。

 指でつついてみると固い、見た目はこんなにホットケーキなのに、固った!

 なんとか口で齧るとガリガリと食べれて、なんだかお菓子を食べてるような気分、甘くはないけど。


 真ん中のあたりを食べると野菜やお肉が詰まってて、一気に旨みを感じて私は気分最高潮になった!多少固いくらいがなんだ!今私は間違いなく穀物を食べてるという喜びの方が勝った、また頼もう…

「宿屋のお姉さんごちそうでした本当に」

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