第11話 ホーンラビット戦

 木がまだ少ない場所から入って、迷うことだけはないように気を付けて明るいところを選んではいるけれど、さすがにそんな目立つところに生き物の気配は特に無いし。

 野生の獣ってたしか足跡とか残すものなんだっけ?


 地面を見ても特に分からない、獣道って言葉は知ってるけど意味まで知らないから手掛かりとは言えないなぁ。


 そう思って前世がふと記憶と差異があるような。そもそも森とかって鬱蒼としてるものじゃなかったっけ?なんでこんなに雑草が短いんだろう。誰かが手入れしてるとか?

 当たり前を当たり前と思いすぎて疑問視してこなかったな。


「多分誰かに聞いても答えなんて…」


 魔物について答えてくれた。冒険稼業に詳しそうなあの人ならもしかしたら私の疑問も答えてくれたのかなって。


 いけないいけない、ネガティブになりかけた。

 目を凝らして、せめて何か動くものを捉えれたらいいと思ってみるがやはり森の浅い位置にはいないのかもしれない。


 深入り…は、危険だよねさすがに、となるとここより深く潜るとなると道に迷う可能性について、シャツに包んでた短剣を取り出して。木に横線一本削ってみようかなと試してみると、腕力が足りてないのか時間がかかりそう


 簡単な目印だと横に切るより縦に切った方が繊維を削りやすいかなと縦に切ると。注視すれば目印になると言えば…なるかなぁ?


 空がひらけてるところがあれば目印になるし探索の方に力を初日は入れるって言うのが安全策になりそうな気はするが、それもそれでなかった時の落胆が激しいだろう。


 今は目印をつけて真っすぐゆっくりと進む。あと数時間もすれば朝日が出て視野も広がるはずだろうし焦ることはない


 ゾクっと背筋が冷や汗を感じる。そんな気持ちで視界が何か動くものを視認した…気がした?気のせい?気のせいではないとしてもホーンラビットなら好調の証拠じゃないか、恐れることはない。

 恐れることなんて。


『死に急ぐ必要はない』


 そんな言葉を思い出して、日が昇るまではやっぱり一旦戻るべきだ。もし私の気のせいじゃなく何かが視界で動くものを捉えていたのだとしても、それがホーンラビットだとしても、私は倒せるか分からないのだから位置は確認したから目印を通って森から街道の見える位置まで戻る。


「はぁぁぁぁ…」


 もしかしてこの世界に来たときの狼がトラウマになってるのかなぁ。心臓がとても速く動いていることに今気づいた。

 あれだけ気合を入れて入ったのに情けないなぁ…森の奥をじっと見ながら私はやっぱりお金がなぁとか、せめて宿には泊まりたいよなぁとか、いっそゲンボウさんに頼み込むというのも考えてしまうが…それだと私は強くはなれないんだし。


(強くなる必要、本当にあるのかな?)

「あるよ。あの背中の姿がまだ消えないんだから」


 私にとっての英雄の姿を再度思い出し、そして朝日が差し込み始める。


「行こう。追いつかなきゃいけないんだから」


 目印は明るくなると見えやすかったので、夜に行動したよりは案外早く何かがいたであろう場所まで戻ってこれた。

 たしか、左寄りに横切る姿があった気がするんだよなぁ。


 ゆっくりと目印をつけるのを忘れずに進むと、草をかじってる角の生えた茶色いウサギ、角が生えてること以外は前世で見たことあるような。ただサイズが想像してたより大きく見える。

 私小さいウサギしか見たことなかったけど、あれ?こんなに大きい生き物?イメージしずらいが少し太ったダックス犬のような。


 小さいならその分大袋で被せて捕獲みたいなこととかもできるかと思ったけど、私が用意した大袋でも3匹詰めればいっぱいになるだろう。


 本気でアルバイト探そうと決意して、短剣を両手に持ちじわじわとすり寄るとこちらを3匹同時に見てきた。


 よし、3匹は無理戦略的撤退をリアラは提案致します!受理します!


 私が後ろに下がろうと動いた瞬間、ホーンラビットは一目散に逃げて行った。


「はぇ?」


 いや、異世界的に考えたらここで戦闘が起きたかもしれない、もっと当たり前に考えたらどうだろうか

 ウサギは臆病な生き物と聞いたことがある。というかそもそも肉食動物なんて聞いたことはない、さっきも草を食べてたし


 もしかしてこの依頼って戦うんじゃなくて、こう、狩猟的な感じだろうか?


 別に魔物と戦うってわけではないんだからむしろ嬉しいはずなのに想像と違ったことばかりで困惑してしまう


 と、とにかく最低一匹を捕まえよう。依頼は受けてしまったわけだし、最初の依頼を失敗したって言うのは恥ずかしい。



 そのあとはさっきのホーンラビットが運良く3匹いただけで、全然見つからない。目印付けてる分進行が遅いのもあるのだろうが、それでもだ。

 木の上の方を見上げるとそこには小鳥がいた。あれじゃだめかなぁ、だめだよなぁ…


 そもそも木登りできないんだった。練習しておくべきかな?まぁいつかの課題だなこれは。


 太陽が昇ってから結構時間が経ってると思うしそろそろ昼も過ぎてるんだろうと思う。来た道引き返そうかなそろそろと思うと、茶色くて最初は気づきにくかったが、自然色の中で異彩放つ一本の角を確認して、身を少し屈んで様子を見る。


 あのホーンラビットも食事中かな?始めに見かけたあの逃げ足を思うと一度逃げられたら追いつけない気がするし、やるなら最初、気づかれてないうちからだ。


 どうか、私に一撃のチャンスがありますように。狙うは背中、幅が一番広い部分を狙おう。頭に限っては角が異世界仕様で飾りなのか、武器に使われるのか分からないので頭は狙わない方がいいだろう。

「ふぅ…」


 小さく息を吐き、駆ける。距離的におよそ後3歩。私の目がホーンラビットを捉えその動きは後ろ足に力を籠めている。前進するつもりか、それなら私の動きはその先周りをするようにすれば1歩分短縮できる。

 ホーンラビットが跳ね着地地点に私はそのまま走っても間に合わない。左足に全力で転けることを前提に力を入れて地面を蹴り飛びかかる。


 視界では捉えたまま、ホーンラビットが再度動き出すその前に短剣を振りかぶり、ホーンラビットが予想してた位置より前足でも走ろうとしてるからか速い。


「だめだぁあああ」


 短剣がすっぽ抜けて。ホーンラビットに右後ろ足に刺さる。


 その光景に呆けてしまう。運が良かっただけの初めての依頼達成…と思ってたらホーンラビットが左足で走ろうとしはじめた。そりゃそうだ。足を刺したところで止めを刺してるわけじゃないんだから、私はばかか。


 すぐ追いかけなければと起き上がると、ホーンラビットはその場をぐるぐると暴れ回るように動いてる。

 バランスが取れないから、遠くまで逃げれなかったんだ。

 近づいたら角で怪我をするかもと思うと、短剣の回収より早く止めを入れたほうがいいだろう。


 武器は無い。まぁ、周りを見渡してもちょうどいい棒とか落ちてるわけでもないし…苦しいだろうというのは分かるが、私はホーンラビットを蹴る。


 肉の感触が足先に伝わるのはゾクリと来るものがあったが、弱らせたら暴れまわることが少なくなったので首に向かって踏みつぶすように首の骨を折り砕く。


「だぁぁぁぁああ」


 疲労感がどっと押し寄せてきた。解体とかは正直知識が無いので右足に刺さっていた短剣を抜き取り、首を落とす。あとは内臓って新鮮だと食べれるんだっけ?

 生で食べるわけにもいかないし、火なんて焚けないので、今から全力で走れば内臓付きでも組合に引き渡せばいいかな?


 頭はどうしよう。角とか何かの素材になったりするかもだから一応持ってくかな。


 大袋に頭をぽいと投げて、血抜きは森を出るまで逆さに持って歩くくらいでいいかな?

 血の匂いで別の獣来るとかあるのかな?依頼受けるときに特に何か言われてたわけでもないから問題ないか


 森を抜けると大袋に胴体を入れて持ち運び、血がじんわり滲んでる大袋は帰ったら洗わないとだし、ここでまた想像してたより、このウサギが重いという。

 こんなの10匹20匹とか持てない。内臓を捨てればもっと軽いのかなとは思うが、それでも2匹が限界かもしれない。


 格好よくとは言えないが獲物を手に入れたことが少し誇らしく、私は小走りに北門へ向かう。



 見張りの人に「こんにちはー」って挨拶をすると、門を開けたら私がいなかったから心配してたことを言われた。そういえば冒険者とは名乗ったけど、依頼に行くとは言ってなかったっけと思い謝りつつ、肉を背負ってるので組合に急ぎますと言い、向かう。


 血が垂れてるわけではないが赤く染まった袋を背負ってる私の姿に視線を感じたけど、特に問題なく組合のドアを開けると、ちょっとどや顔で私は受付の人の所へ行った。


「1匹手に入れました!」

「はい、案内しますので裏手に行きましょうね、カビ臭いのに血生臭くしたら私でも吐いちゃいますよ?」


 可愛く言われたけど、女子力的に吐いちゃいますよ?って言われる新鮮味がふぁんたじぃ!

 裏手に行くと解体場があったんだなぁと、裏とはいえこんなところで解体してて組合の中へ臭い移りするんじゃないだろうか?

 何か消臭の香草とかでも実はあるのかもしれない。


「しかし、本当に狩ってくるなんて思いませんでしたよ」

「もしかして期待されてないから解体場教えてもらえませんでした?」

「あははーどうでしょう。組合の説明してててっきりもう話しちゃったかと思ってたんです」


 図星なのか視線を反らして空笑いをするあたり、本当に期待されてなかったのだろう。


 解体場にいるおじさんに袋を差し出し、中身を検品されると銅貨4枚と言われた。

 足の傷でも価値が下がるとか背中に刺していたとしたらもっと価値下がっていたんじゃないだろうか。


「リアラさん良かったですね。初めてのホーンラビットで銅貨4枚だなんて大金星ですよ」

「あー、喜んでいいのか…どうでしょうね」


 再度受付カウンターに戻ると本当に最初詐欺られた銅貨10枚が返ってきた。合計14枚

 収支としてはプラス銅貨1枚!1ゴブリンだ!いやゴブリンは魔石付きだからゴブリン以下か…


「ちなみにですが、リアラさんは朝は早起きは得意な方ですか?」

「え?そう、ですね。比較的早いと思います」

「組合の依頼貼り出しって基本的に早朝なんですよね。だからその後に来られる方は基本残り物なんですよ」

「というと、朝一番に来たら他にまともな依頼があるってことですか?」

「残ったのも一応まともではあるんですが…そうですね、主に街の清掃などの活動ですけどね、その後の姿は後ろをご覧になられたら分かるかと」


 そういえば私が来た時も、依頼受けずに飲んだくれている無駄に装備だけしてる冒険者たちがここに居座ってた。

 その日暮らしで飲み代稼いではだらけてるって感じなのかな?


「銀貨稼げる依頼とかあるんですか?」

「銀貨は基本的に魔物討伐くらいですね。残り物行きですけど…清掃や、見張りの代わりとか、だいたいどれも銅貨10から30枚程度でしょうか」


 ホーンラビットがどれだけ不人気なのか分かる。わざわざ森まで行って重たい狩りより、街中でバイトしてる方が圧倒的に楽で儲かるじゃないか、それでいいのか冒険者。


「なんで…後ろの人達は鎧着てるんですか?動きにくいでしょう?街中で」

「冒険者組合は街の治安維持も兼ねてますので…というのは表向きの理由ですが彼らが鎧を着てるのは子供を寄り付かせない意味合いが強いですね」


 そういえば変な制度のせいで赤子も入れたんだったっけ、と思うと後ろの連中というより組合そのものに問題があるように思うけど、この人は下請けだから発言力無くてこの臭いに嫌々耐えてるのかな…


「そんな憐れむ目でみないでください…」

「そ、そんなつもりはないですよ?」


 お耳よりの情報も手に入れたので、朝早起きして、組合に寄ろうと思いつつ安宿に向かう。


「あ、井戸の方ですね?」


 そんなインパクトあったのだろうか、なぜその呼び方


「今日は宿泊しようかなと思ったんですけど、部屋は空いてますか?」

「はい。階段を上がって205の部屋番号が書いてあるドアを、分からないときはこの鍵と同じ文字のドアと覚えてもらえたら、外出するときは一時的でも返却してくださいね」

「あと井戸は使ってもいいですか?」

「やっぽり使うんですね!大丈夫ですよ、食事だけは別途でいただきますが」


 そんなにおかしいことしたつもりは無いのだけど、もしかしてみんな水浴びとかしないのが普通だろうか?

 とはいえ今回は大袋の滲んだ血も洗わないとなので少し大変だ。


 早く部屋で寝転がりたいなぁ…収支マイナス9枚…あ、ごはんも食べなきゃだからもっとマイナスがかさんでいく…


 私にとっての冒険がなんともいえないマイナススタートかぁ、向いてないなぁ私。

 手っ取り早く強くなれるわけでもないし、そういえばアニメでステータスとか叫んだらそれっぽいもの出るんだっけ?


「ステータス」


 …恥ずかしいのでもうやめよう…誤魔化すように洗いながら「鑑定~ステータス~ファイヤ~」と鼻歌交じりに喋ってみるけど特に何も起こらない。

 そんなことできたら…!ウサギ一匹に苦労してないんだよぉ!


 今日はもうご飯食べて寝よう…安宿の人に食事が欲しいと言うと


「久しぶりなんで腕によりをかけちゃいますよ!」


 この宿、安いしそんな儲かってないのかな?

 食事は銅貨5枚つまりマイナス14枚


「お部屋に持っていきますから待っててくださいね!」


 食堂があるわけではないらしい、宿泊者専用なのか。


 205号室に鍵を開けて入ってみると、特に汚いというわけでもなく、そこそこ清楚なように感じる。

 ベッドは無く床に敷かれた布を見ると、これが原因なのかな?と思わなくもない、ベッドの有り無しが安いか高いかなのかな。


 特にすることもなく寝転がっているとノックの音と安宿の人が声をかけてきて食事を持ってきてくれた。


 こ、これは…!どこでも見かける異世界必需根菜!スライムラディッシュだぁ!

 ゲンボウさんには敵わないけど大変美味しゅうございました。


「ごちそうさまでした」

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