第8話 外と稽古
夕方になると街道から少し逸れたところへ馬車を停めて二人は馬の世話や焚火の準備などを始めた。
私も出来ることが無いか聞くと馬の水やりのために荷台にある水樽を木桶に汲んで馬の前に出すなど、これがまためちゃめちゃにかわいい。前世では馬なんて動画でしか見たことなかったけれど。
まぁそれを言ったら馬車に乗るなんて体験も初めてだったわけだけど。
夜警に関しても交代制らしく。私は好きにしていいといわれたけど出来るならディズさんと時間を合わせて稽古したいところなのでここらへんでやるときが来たようだ。
「ゲンボウさん!」
「ふむ…!?」
「ディズさんを私に貸してください!」
「ディズ君!リアラ嬢をいつの間に誑かしたんだ!」
ディズさんは首を思いっきりブンブン振っていたが、勢いに任すなら今こそその時、私は土下座した。
「ディズ君!?」
「お前!後で覚えてろよ!」
ディズさんが勘違いを訂正してる間も私の渾身の土下座は微動だにしなかった…ことが幸いだったのか、無理しない程度なら良いと許可をもらった。
「まだ幼い女の子にこんなことまでさせるなんて、何を話したんだい?」
「いや、ほんと。子供に聞かせるような話しかしてないんで…」
そのあとはディズさんは休むとのことで荷台の方に寝転がりに向かい。
ゲンボウさんは私に軽い食事を作ってくれるらしい。
ディズさんは適当に干し肉を食べてただけだったから私もそれで良かったのだけど、料理をするのは自分が食べたい気持ちもあるからと言って一人分も二人分も変わらないと言い
「げ、ゲンボウさん…これは!?」
「ふむぅ。お気に召さなかっただろうか?」
スライムラディッシュを使った謎の干し肉スープ…あの村で散々食べたからこそ不味いと確信してしまった。
とはいえ恐る恐る食べてみると、これが嘘みたいに美味しかった。そう、スライムラディッシュが美味しかったのだ。
「革命だ!」
「なにを言ってるか分からないけど喜んでもらえてよかったよねぇ」
「どうしたらスライムラディッシュが美味しくなるんですか!味もしない、どろっどろの粘っこい触感!しかもスープも!飲んでおいしいと思えます!」
「あの村の人達は調味料使わないからねぇ…」
これは一家に一台ゲンボウさんが必要かもしれない。女子力というやつか、いや、主夫力?
「ゲンボウさんは良い夫になれますね」
「もう妻はいるんだけどねぇ…」
まさかの妻帯者だった、リア充ってやつか。
まぁ、あの村にボランティア行商してるくらいだから人付き合いが上手いのだろう。
私は最初やり手の経営マンと相対してる気がして正直苦手だったけど、あれだ。噛めば噛むほど美味いタイプのおじさんだったのだゲンボウさんは。
「行商人て夫婦でやるものだと思ってましたけど、ゲンボウさんは奥さんと一緒に行商してるわけじゃないんですね」
「んー若いころに出会っていたらそうなっていたかもしれないねぇ。今の妻と出会えたのはもう店を構えて安定してきたころだから」
男は船、女は港みたいな感じの陸バージョンがこれなのかな?なんて思いながら。そうなると男は馬車、女は店?
私ものんびりできるようになったらゲンボウさんに教わりながら行商してみるのもありなのかな、正直冒険者で食っていける気がしない。
そう、私はリアリストなのだ。強くなる過程に冒険者はあるけど儲けるなら商業ギルドへちゃんと就職?をして充実した贅沢ライフを…
あぁ…ちらちらと英雄の背中が私の脳内にちらついてきて仕方ない。大丈夫。ちゃんと生きるために私は強くなるから。
しかし舌が過敏に反応するほど満足感を得る食事をもらえたことによってスライムラディッシュの偉大さが少し伝わった気がする。
「ゲンボウさんはスライムラディッシュを高く売れるんですか?」
「難しいだろうねぇ。そもそもスライムラディッシュはどこでも育つ作物だし需要がそこまで無いんだよ」
「え?」
「まぁ。心配しなくても卸先と契約も交わしてるし、私が損することは無いようになってるから大丈夫だよ」
あの村を救うためにこの人も苦労してたんだろうなって他人事のようには思えない気がした。
誰かのために何かをする。後悔しないために誰かを助けて、この人は商業が生きることなんだ。
自分に出来ることを最大限にやってると思う。どこでも育つ作物を損の無いように取引する、そんなの私は思いつかない。今も悪足掻きしようとして成功するかも失敗するかも分からないようなことをしようとしてる。
リアリスト…だったんだけどな。前世は。でも前世が後悔してたと思ったから私は生きたいと思ったんだ。悪足掻きしてだめだったら、それが私の人生と思おう。
「遠い目をしてるねぇ…」
「そう、ですか?」
「ディズ君に叱られなかったかい?」
「えと。死に急ぐなとは言われましたね」
うんうんと頷きながら、ゲンボウさんは相変わらず目が笑ってない。この人が心の底から村の行商で満足してると私は勘違いをしていた?
あの村へのボランティアは何かを贖罪するかのようにしてるとか?何かを救えなかったからとか…
「きっと、リアラ嬢は賢すぎてしまうのかもしれないね」
「いえ…むしろ私は馬鹿だと思いますよ?」
「私と交渉しようとしたよねぇ?」
「はぁ…?」
「けど、すぐに諦めた」
胸がズキっと痛んだ。
「私がどういう人間なのか考えて。考えて。そして無理だと悟った…実際のところ私が何を考えてたのか分かったのかい?」
分かるわけない。ただあのときは目を見た。瞳を見た。ブレることのないその眼光は私の本音がどこにあるのかを探ってるような…
「分からないよねぇ。じゃあ、どうして諦めたのかな?」
「それは、その…敵わないと思ったからです。きっとゲンボウさんには。この商人は私よりもいろんな人と関わってきたんだなって…」
「ところが私はいつもの村へ来たら可愛いお客さんが来たから喜んで何をサービスしようか迷ってたんだよねぇ!」
「へ…?」
本心なのかそれは分からない。だけど今の話が本当なら私が途中で諦めた時、いや、諦めなければ――
「賢すぎるというのは時に酷なものだよねぇ。私だってただの人間なんだよ。リアラ嬢は、リアラちゃんは何が正解か考えすぎているんじゃないかなぁ。もっと子供は心が無垢なものだよ」
ブレることはないその眼光は、よく見れば、優しい瞳のように思えた。
賢いとは別に過大評価じゃなかった。過小評価だ。賢いからって何でもできるわけではない。前世があるからどうとか私の魂に刻み込まれたトラウマのようにこびりついているその経験が、むしろ私の行動を束縛してる?
「ふむぅ。ディズ君から少し聞いたけどね。生きたいと思ってるのだよねぇ?」
「…はい」
「生きるだけなら、あの村でも良かったはずだ。それでも違う道を選んだということは近道を探してるんじゃないかなぁ」
私は強くなるための最短の道を探してることだろうか?
「だからディズ君を頼ったこと、私は嬉しかったんだよ。その賢さで人をたくさん疑うと良いと思う。そして信じれる人を頼りなさい、私が言えることはきっとこれかなぁ」
…?頼ってると思う。十分に。それこそ私は今無料で馬車に乗せてもらってるし、さっきだって食事をもらった。
むしろ頼りすぎてるくらいだ。それでもその言葉を言ったというのならきっと意味があるのだろう。
私に足りてない何かがこの人には見えてるのだろうか?
「任せてください、私こう見えて我儘になるって決めましたから!」
「んー…そうかなぁ」
苦笑しながらゲンボウさんは荷台から布を取り出してここで眠れるときに眠りなさいと言ってくれた。
やっぱり私はしてもらってばかりな気がする。
「ゲンボウさんさりげない気遣いすごいですよね。さぞ良い奥さんをお持ちなんでしょうね」
「あはは。どうだろうねぇ」
焚火と、ゲンボウさんを見ていたら。前もこんな風に眠っていた気がするなぁと瞼を閉じていた。
「おい」
目覚めは悪人面、なにか夢を見ていた気がするけど思い出せない、何見てたんだっけ?
「おはよう」
「あぁ、おはよう?稽古はどうすんだ?」
「やりまする!」
私の返事を聞くとニカっと余計に悪人面がひどくなるディズさん。この人の場合冒険者というより盗賊って言われた方が納得するんだよなぁ。
「ゲンボウさんから木剣渡されてっからそれ使ってみな」
そう言うと私にとっては長めの木剣を渡された。短剣の方が良いのだけど…
「鞘付きで短剣じゃダメなんですか?」
「それが合わなかったら、そうしよう。リーチは長いに越したことはない、それにお前の場合なんの心得もない初心者だろ?どうせ試すなら最初からそれに慣れとけ」
まぁ、現役の冒険者の言うことなのだし。それにこれは稽古。イメージするのはあの狼の時に現れた英雄の背中なのだから信じて試せることは試していこう。
「えと。とりあえずディズさんをこれで叩けばいいんですよね?」
「できるならなってのもあるが。俺はとりあえず反撃はしない、好きなように振り回してみな」
ちょっとホッとする。痛みに慣れてないし、むしろ反撃されて一発ノックアウトして目が覚めると明日でしたみたいなことにはならなそうだ。
とりあえずなんちゃってで構えてみるけど、ディズさんは両手を下げて一見無防備な姿を見せてる。
これで練習になるのかは分からないが、とにかく一発だ。
私にはプロボクサーとかの言うフェイントが分からない。
私には剣道のように捌くとかが分からない。
だから全力で、ただ真っ直ぐに全力で走って…
「へっ?」
盛大に転げた…
「ぶはははははは。お前!さすがにそれは…わはははは!」
「むぅぅぅ…」
顔面から転げたから鼻が痛い…というかそういえば私全力で走れなかったのを忘れてた。
もう一度構えからやり直して、今度は今できる走って近づきディズさんに横振りをする。見え見えすぎるのだろうその攻撃は後ろにサッと避けられてしまう。
「ほらほらどうした?最初の勢いのままやればいいじゃねえか」
それが出来たら苦労はしない!一歩踏み込み大振りで斜めに沿うように振るう。それも後ろへ一歩下がられる。
下がってばかりなら、一歩踏み込み。さらに奥へ踏み込もうとすると、ドンと目の前にディズさんが今度は前進してきて私の頭がディズさんの体に跳ね返されるように転んでしまう。
「俺は別に誰かに教えられるようなことはできねぇ。だからお前が俺を斬れるときに斬れ」
それが出来たらしてる…斜め。横。そして突きをしたところで頭を掴まれた。
「あの…反撃はしないのでは…?」
「あーいや。それはやめとけ」
「むぅ?」
「その体ごと突きを入れる行為は基本的に最後の一撃だ。その後武器は無くなって、お前の体は敵の射程圏内で殺される」
そうか。明らかに駄目な行為をしていたのか。
「突きって相手が人型なら最強の攻撃なんじゃないんですか?」
「誰から習ったんだよ…お前の筋力が相手より上回ってるならそうだろうが、魔物が毎回人型だと思うか?仮に人型だとして突いた武器はすぐに引き抜けないだろ?確実に一撃で仕留めきれる自信のあるやつの言葉じゃねえかなそれは」
新選組が人間相手に心臓を狙って突くと聞きかじったことがあったが、なるほど。さすが歴史上の人物、相当修行して突きを必殺技にしたんだろうなぁ。
とはいえ、そうなると本当に振り回すしかできなくなる。横に。縦に。斜めと。踏み込み過ぎたら体当たりを喰らって跳ね返る…これ反撃じゃない?って文句言おうかと思ったけど、手は出してないといわれたら困る。実際私の自滅だし。
そのなんちゃって攻防をしばらくしてるとディズさんは首を傾げながら私にをジトっと見てくる。
「あのさ、本気でやってるか?」
「むしろ本気すぎてイライラが募ってます…」
「なんでお前疲れねぇの?」
ん?疲れてるが?いや。たぶんそういう意味じゃない?
「汗一つ掻いてないし、スピードもずっと一定のまま。いや小手先の振り方を練習してるのか?」
汗は確かに掻いてないし、息も上がってない。とはいえスピードに関しては全力で走ろうとしたら転んでしまうし
「転んじゃうので…」
「怖いのか?」
怖いわけではない。ただそれが情けなくてそれこそ敵に無防備をさらしてしまう気がして。
「腕は違うだろ?疲れてないってことはまだ本気で振れるんじゃないのか?」
言われる通りに、転げないように一歩踏み込み。大振りに横薙ぎを、それは勢いをつけすぎていて、これ空振ったらきっと転んじゃうくらい勢いあるなぁと思って。それでも疲れてもいいから振り切る。
ディズさんは私のことを見ていた後ろに下がろうとはしない。じゃあ前に前進?いや、違う。これは私の手首に手を伸ばしてる?これなら当てれる…確信して更に力を籠める。
ズドンと鈍い音、同時にベキっと木剣が折れる音。私は木剣をすっぽぬけさせてしまって奥の地面に刺さり壊したことに顔を青くした…
「お前…人を笑わせる天才か?」
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