第5話 商人と護衛

 行商人が来たのは村長と話してから四日後だった。


 それまでクリフさんは戻ってこなかった。できるなら。最後まで諦めたくない…

 けど最後ってわたしが死ぬまで?それともクリフさんを探しに行ってわたしが死ぬまで?そう思うと仕方ないと割り切ってそれよりもわたしが一人でも生きていく手段を探したほうがいい。


 村に残るのは何度も考えたけれどわたしにはどうもレスタおばさん以外の人と接するのが相性が合わない気がする。


 あれから村長は村の人に普通に接してほしいと伝えてくれたようだけど、以前が以前だったのでわたしから関わりたいと思えないし。そうなってくると自然にレスタおばさんがわたしにとって話し相手になる。


 ちなみに子供がいちいちわたしになんか会うたびに言ってきてたけどレスタおばさん曰く


「可愛い子の少しでも気を引きたいんさね」


 それで暴言を吐かれて気を引くどころか苛立ちが募るだけだろうと呆れも相まって終始無視してレスタおばさんと村長に村の外のことを色々聞いた。


 ただそんなに収穫はなくて、村長は村からは出たことはないし。レスタおばさんから他に知ってる人はいないんですか?と聞いても村のはずれに隠居した冒険者がいるって聞いて行こうとしたら、もうボケてまともに会話できないだろうからやめておけと言われた。


 あぁ、村長の言ってたことが少しずつ染みてくるなって最近になって分かってくる。


 村長はどうでもいいけどレスタおばさんと今日離れるんだって思うと寂しい。クリフさんは生存がそもそも確認できないからあまり実感が持てないけど。今から私は離れるんだって思うと涙が出そうにもなる。


「リアラ!ようやく来たのかい。交渉は自分でしてきなよ、あと値切れるなら値切って乗せてもらいな!」

「はい!レスタさん!」


 そう言って村の中央で商品を並べ始めてる商人のところに行くと。想像してたのはお腹の大きいおじさんみたいなのを想像してたんだけど、痩せこけてるおじさんだった。


「おや?村で見かけない子だねぇ」

「こんにちは!」

「こんにちは。ふむ。お嬢さんは何か欲しいものあるかい?」


 村長から渡されたのは銀貨2枚と銅貨50枚。これがどれくらいの価値があるのか分からないが、わたしにとっての生命線。

 それと同時に、クリフさんに託されたんだと思えるお金…正直に言えば使いたくない。

 それでもわたしは。私はただのうのうと生きていくんじゃなくて、私はクリフさんを探しにいくために。


「んー。どんなものがあるんでしょうか?」

「そうだねぇ。冬を越せる作物や、あぁ。お嬢さんなら服とかは少しあるけど見ていくかい?」


 欲しい。けど服はとりあえず後回しだ。それよりもさすがにこんな村長自ら辺境って言われてるようなところだと武器の代わりになるようなものは売ってないのかな。


「少し長めのナイフなんか売ってませんか?」

「ナイフ…それも長めのか。それはここに売るような物はないかねぇ」

「これで買えるものはありますか?」


 そうして銀貨を1枚見せると、商人の目が少し大きく見開かれてすぐに「ふむ」と言って馬車の中に入っていった。

 すぐに戻ってくると、ナイフ…と言うより私の体格的に言えば短剣と言っていいのかもしれないものを出してきた。


「これならどうかな?お嬢さんのご要望に叶うと思うのだけど」

「これってどうして売りに出していなかったんですか?」

「基本ここの村は物々交換だからね。それにナイフと言ってもこの村の人達は滅多に買わないんだよ。長めのナイフなんてねぇ」


 どうだろう。あったら買うんじゃないかなと思う。だってここには子供がいる、村長が吐露してた村のことを卑下するような言い方だったし、正直ここに住む子供たちに出稼ぎに行かせるくらいの頭はありそうな気も…いや無いか…


「なるほど。売れないから出さなかったんですね」

「そうだねぇ」

「銅貨5枚出しますので町まで一緒に連れて行ってもらうこととかはできますか?」

「はっはっは。お嬢さんは冒険者にでもなるのかな?」

「あー。正直に言います。町まで行きたいので銅貨10枚で送ってくれませんか?」


 値切っていけってレスタさんに言われたけどなんか無理だ。商人の人が銀貨を出す前から、目が笑ってないのに口では笑ってる姿を見るとどうにも値切れる気がしない。

 短剣を売ってくれるのだってもしかしたら気まぐれだったのかもしれない。


「いいさ。短剣を買ってくれるんだろう?それなら無料で乗ってくれていいよ」

「え?いいんですか?」


 さっきまで気合入れてやってやろうって思ってたのに、というかなんなら疑ってしまう。私このまま売られてしまうとかではないだろうかとか。


「元々儲けるためにここまで来てるわけではないしねぇ。それにお嬢さんはこの村の出身じゃないんだろう?それなら多少の人助けくらいするさ。損するわけではないからね」

「損しないからですか…」

「いやぁ。儲けるつもりがなかったのに、銀貨1枚の儲けが出たならむしろ得かなぁ?はっはっ」


 いや。それだと仕入れ値を考えるとそんなに儲けてないのではないだろうかと思うのだけれど、短剣を買ったことがそんなにプラスになるとは思わなかった。案外良い人なのかな?


 そのまま商品の説明を聞いてみると、正直何を売ってるのか分からないから何とも言えないけどよくわからない日持ちする穀物っぽいもの1つがスライムラディッシュ3個分とか日持ちする乾燥肉がスライムラディッシュ6つ分とか。


 え?そんなスライムラディッシュって人気なの?貨幣と言えるくらいのものなの?って思うくらいにはスライムラディッシュとの物々交換で考えると安く思えてしまう。


 レスタさん曰くスライムラディッシュは植えて一週間で育ちそれを子供が抜いて大人は植えるそれを繰り返していっていくらしいけど…


「まぁ。これから長い旅になるんだ。お嬢さんが不思議に思ってることも分かるよそのうちね」


 私が疑問を抱いてたことに気づいていたのか。うんうんと頷きながら出発日を教えてくれる。

 明後日の夜明け前に出発するらしい。ここにいる間はどこで過ごすのだろうと疑問になって聞いてみると


「村長のお宅に泊まる予定なんだよ。旧知の仲でね」


 とのこと。あの村長と旧知の仲って…おじさんの年齢になるまでこの村に引きこもっていた人と旧知っていうならこの商人はそんなにやり手の商人ではないのだろうと思ってしまう。


 短剣を買ってとりあえず目標は達したし。それに無料で乗せてもらえるってことで嬉しくてレスタさんに報告しに行くと


「可愛いから色目でもつかってんじゃないのかねぇ!これだから男はさ!」


 明るく言ってくれるのでこちらとしても純粋に笑っていられる。

 それから村長の家裏で短剣を試しに素振りしてみたりとかしてると、いつもの悪態ついてくる子供が今回は何も言わずに私が短剣を素振りしてるのを覗き見ていたので、さすがにじろじろ見られ続けるのは嫌だったので客室に戻った。


 レスタさんの言う通りに子供が私に構ってほしかったのかなと思ってもどうしても嫌悪感の方が先に来てしまう。大人げないと言われても仕方ないがどうしても最初の印象が強すぎる。


 私としては仲良くなるにしても先に謝ってくれれば~なんていう風に思うのは上から目線だろうか?

 もともと無職で働いてない事実とかをねちねち言われてたのはそうなんだけど、それでもまぶたの裏に焼き付いてる嫌そうにしてた顔が思い浮かんでくるのだ。


 短剣に関してはどう扱っていいのか素振りくらいしかしなかったけど、しないよりはましなのかもだけどほかにすることがない。


 村の方も行商が来たときは収穫がメインで種植えは休止してる。私はもう商人とのやりとりは終わったし。いや、出発は明後日なのだから、明日は売り子にでもなってみようか?

 ないな。やるにしてもこの村以外でだろう。第一に交換するものがスライムラディッシュだしそれを見ても価値観が分からない。


 それなら明日はなにしようかな。商人が暇そうにしてたら貨幣価値でも聞いてみようかな?あ、村の人と顔合わせが嫌だから無理なのか…うん、明後日まではおとなしくしていよう。




 何もすることがないとそれはそれで困るので、軽いジョギングでもしてみようかなとか思って朝食を食べた後に走ってると、村の入り口付近に人がいるのが見えた。その人は村に入る様子はない。


 なんで村の入り口にいるんだろう?

 そんな疑問が頭に浮かび上がるがそれよりももしかしたらという私の期待が膨らんでしまってる。もしかしたら帰ってきたんじゃないかって。


 本気で走るのはまだ足元が覚束ないがそれでも転ばないように全力で走って近づいて見ると


 見えるのは金属製ではない、いわゆる革という素材であろう防具を着てる人、遠目から見ても本当は分かってたけど、髪の色がその人は茶髪だった。赤いあの人ではない。


「おはようございます」

「ん…」


 不愛想な挨拶と言っていいのか分からないが。相手ももしかしたら私が挨拶するのをなんでだろうとか思ってるのかな?

 私としては基本的には挨拶するのだけど、もしかしたら挨拶するのって変なのかな


「ここで何をしてるんですか?」

「あー。嬢ちゃんあれか、はぐれか?」

「はぐれ?」

「村からはぐれた者のことだよ。いじめとかな」


 意地悪そうなにやけ顔で言われたところを見ると皮肉とか嫌味みたいなことなのかもしれない。

 そもそもこの村の住人ではないから何とも言えないから困るのだけれど。


「えと。私はこの村の住人ではないです」

「へー、ってことは誰かの付き添いか。こんな辺境に来るなんて変わった相棒がいるんだな」


 この会話からするとクリフさんの代理の冒険者とかではないんだろうけど。何だろうこの人。顔は悪人面だけど。


「相棒もいませんし、付き添いでもないです。それより何をしてるんですか?」

「はぁ。護衛だよ」

「護衛?」

「そっ、行商の護衛。だから俺は帰りになるまで今度はこの村に盗賊が突っ込んでこないように見張ってんのよ」


 それって商人の近くで護衛しないといけないのでは?と思うけど、あの商人も儲けるためにここに来たわけではないと言ってたから。こんな顔してるけどこの人ももしかしたらこの村を護ることをしてくれてるのかな。


 しかしなぁ。村の入り口から見たら街道が一本と見渡す農場くらいしかないわけで、それなら反対側のクリフさんが入っていった側の方を見張っていたほうがいいんじゃないんだろうか。


「こっちだけ見張るんですか?」

「本当にこの村に住んでないんだな。あの森から出てくるとしたら魔獣くらいだろうが。それはこの村でも対策はとってあるし、盗賊もあの森に住もうだなんて思わねぇよ」

「森の方が盗賊にとっては暮らしやすいのでは?」

「あの森は別だ」


 え、そんな危険な森なの?

 というかこの人もしかしなくても詳しいんじゃないだろうか!色々なことに…!


「あの!」

「んぁ?」

「暇ですよね?暇なんですよね!私が話し相手になるのでそうですね、銅貨2枚でどうですか?」

「ばかやろう、なんでそんなことに金払うやつがいるんだよ、グランダと会話するほうがまだ金払うぜ」

「ぐらんだ?」

「魔物だよ…あぁ。なんだお前あれかよく見りゃ髪色もそうだが、お忍びの貴族かなんかか?」

「私が貴族に見えるってことですね!そこのところもう少し教えてください!」

「あああああ」


 嫌というより面倒くさいって顔をしてそれでもなんだかんだボロボロ余計なこと話してくれるあたりもしかしたらお人好しの可能性があるかもしれない。この世界では珍しい!

 というより冒険者とかそういう護衛など武術とか戦える人は会話に飢えてる可能性がある?


「では色々お話して銅貨をもらう前に自己紹介ですね。私はリアラと申します!」

「あー…まぁ。たまにはこういうのもいいのかもな。ディズだ」


 暇人をゲットしたところで貴重な情報をたくさん聞いて行こう思いとりあえず先ほどまで疑問に思ったことを一通り聞いて行く。


 護衛の依頼というわけだけど、基本的に村とかの規模によっては護衛の人は村の出入り口を商人が仕事してる間は見張るらしい。争いごとがあったら困るのでは?と思ったけどそういう場合はそもそも複数人護衛を雇うし。信用無いところで商業する場合は護衛依頼を受諾したときに説明を受けて見張りをするか、付きっ切りで護衛するか決まるとか。


 それと新人の商人はそもそも故郷等を拠点に行き来するからそんなに護衛を雇うお金もないから護衛を雇う商人はそこそこ儲かってるからこそらしい。


 意外とあの商人儲けていたのか。言ってることは儲けるためではないといってたあたり村長との関係性も考えたら故郷なのかな?ここが。


 そしてグランダという魔物はポピュラーな存在らしく。頭が綿毛みたいな首の長い魔獣らしい。なんだそれ!試しに物まねやってみせてって言ったら渋々


「くぇ~くぇくぇ」


 とか情けない声で言ってたから思わず笑ってしまった。しかし不思議な魔獣だ。オークも元は魔獣だったとか聞いてたし、もしかしたら何かの動物が変異したのがそのグランダという魔物かもしれない。


「お前もやれよ!」

「くぇ~くぇ~くぇ!」

「ぶはっ!に、似てるぞ」


 物まねをするときは恥じらいを捨てるんです。そのあとに恥ずかしいけども…

 話してみるとこんなに楽しく話せるとは、もしかしたら冒険者は私に合ってるのかなぁなんて思う。


 質問だけでなくディズさんの話を聞いてあげたりなどしてると時間もあっという間に過ぎていく。


「そこで俺はもう無理だって思ったけどよ。バッグの中にポーションがまだ残っててよ、それで痛みを誤魔化しながら魔物どもの真ん中を突っ切ってやったわけよ」


 こんな話一つでも、ポーションて実在するんだなぁとか。その効果が即効性はなく、遅効性の薬で高価な者なんだなぁと。いろいろ勉強になる。


「ディズさんのことだからその後、剣折っちゃったんじゃないんですか?」

「ばかやろう。一番金かけてるこれが折れたら引退悩むぞ!」


 あぁ。地球にいた頃、もう面倒くさいから前世と呼ぶけど。前世では私もこんな風に気軽に話し合える仲の人がいたような気がするのにな。懐かしいという感覚だけがふわりと感じて私はそれを胸にそっと収めつつ笑って話し合う


「良い暇つぶしになったぜ。このまま夜も話すか?」

「私は女の子なのでもう帰らないとですね!」

「やっぱ貴族なのかねぇ。ま、明日には俺は出るから出迎えくらい来てくれや」

「んー。考えておきます!」

「嘘でも来るって言えば可愛げあんのになぁ」


 そう言って手を振って別れて村長の家に戻る。

 明日、私も行くことになるって分かったらきっと喜んでくれるかな。喜んでくれたらいいな。それくらい楽しかった。

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