第2話 薄らいだ記憶
「あぁぁぁ!」
私はまだ泣きついていた。
「分かった!分かったから。一旦な?落ち着いて、せめて鼻水くらい拭いて…」
「ぬぁぁぁ!ありがどぉおおお」
「なんなんだよ…まったく」
色々話したいことがある。さっきまでの人間とは思えないような動きとか。この森どこなのかとか。なんで言葉通じるのとか。なんでこんなところにいるのかとか…
ただ思考がめちゃくちゃになるにつれて涙が溢れてくる。
「いぎでるぅうう!」
「おぅ、生きてるな。よかったよ」
「ありがどぉおおお」
良い大人だったはずの自分が情けなく感じる。今は相手からしたら幼い子供にしか見えないだろうけど。
「わぁーったからよ。とりあえず落ち着いて、な?」
「おぢづぐぅ!」
「まだ落ち着いてはないな…はぁ」
思わずといった風にため息をつかれてしまったが、助けてもらったことが何よりもうれしく言葉も嬉しく。もう何を言ったらいいのか。
落ち着くために、まだ涙は溢れてくるけど。できる限り深呼吸をして涙を腕で拭ってもう一度彼のほうを見るとやはり若い。それでいて服装は冒険者?と言えるような服装をしてる。おぉ、ふぁんたじぃ!
「あの!あの!」
「泣き止んだか。俺も俺で聞きたいことはあるが…どうした?」
「あー…」
あー…どうしたものか。何を順番に聞いていこう。こんなことなら魔物が来たときのことを想像するんじゃなくて、人と会話をするときのことを想定しておくんだった。
「あの。えと。こんばんは!」
「は?」
「いや、間違えて!そうじゃなくて!あの!」
「はは、はははは。そうだな、こんばんはお嬢さん、俺はクリフ。よかったら名前聞いてもいいか?」
イケメンだ!いや顔は確かにイケメンと言えるような精巧な顔立ちしてるけどそうではなく。なんかこう…紳士ってやつだ!
ただ変な挨拶をして。相手が紳士的に対応してくれたからこそ余計にさっきまで泣きじゃくってた気持ちがどこへやらと恥ずかしい気持ちがいっぱいになってくる。
「あ。えと、あの名前。名前?」
名前…なんだろう。狼の時とは違った別の冷や水を浴びせられたような感覚。
自分の名前を言うだけ。自分の…俺?私?僕?自分は誰だ?
「どうした?」
私の様子を心配してかクリフさんが頭を撫でてくる。
そんなことより、自分は誰なんだろうか。地球にいたときサラリーマンをしていた気がする。気がする?気がするっておかしくないか?
そもそも元々の体ってどんなだった?男性だったというのは覚えてる、なんて言ったってサラリーマンをしていたのだ。あれは誰だったか。とある女性を好きだったのだ。片思いではあったが。
「えと。ちょっと待って、もらっていい、ですか?」
「そうだな。さっきまであんなことがあったからな。とりあえず歩きながらでもいいか?」
そう言うとクリフさんは手をつないできてゆっくりと歩いてくれる。
「少し先に野営してるところがあるから…辛かったら俺が体を抱えるが?」
「いえ!いえ!だいじょうぶです…。」
「そうか」
野営?こんなところで野営するのか。すごいな。
いや、それよりも…。
自分が誰なのか全く思い出せない。年齢は働いてたからそれなりの年齢だとは思うのだけど、一人暮らしだった気がして。趣味は?趣味はそんなになかった気がする。
ゲーム?小説?そんな何も思い出せないような。
何か思い出せることはないだろうか…両親は他界して特に思い残すことはなかったはずだ。
違う。そこじゃない。両親になんて呼ばれてた?履歴書は?免許証や保険証は?だめだ。名前がどうしてもぼやけてる。
「大丈夫か?もう着いてるぞ」
「あ…」
そこを見るとテントなんてものはなく、ただ石が少し積まれて火を焚いてたであろう場所とリュックがあった。
「えと。ここですか?」
「そうだな。ん?そうだが?なにか変か?」
いや、仲間がいるとか。テントがあるとか想像してたけど。そもそも確かに真面目に考えてみたらテントで寝ていてさっきみたいな狼が襲ってきたらクリフさん一人だといらないのかな?けど睡眠はどうしてるんだろう?
それ以前に一人でこんなところにいるなんて、冒険者とか狩人とか。いやでも弓は持ってないよな。
「変ではないです。ただ。一人なんだなって」
「あぁ。そうだな、ここには一人で来たし。仲間がいるわけでもないな。ただ用事があってここに来ただけだよ」
「用事ですか?」
「まぁ、なんてことはない。魔物討伐の依頼だな」
やっぱり魔物いるんだ!じゃなかった。
クリフさんは一人で来てるのか。テントとか無いのは長居する予定じゃなかったけど魔物が見つからなかったからなのかな?それなら湖に残らず歩いてきて良かったかもしれない。
色々散々というか危ない目にあったけど結果オーライというやつだ。もしかしたらこれは運命と言うやつではないだろうかというくらいに今テンションがおかしい。
「一人で魔物討伐ってすごいですね!」
「んー、まぁ俺はすごいからな!」
そう言ってニカっと笑顔を向けてくると、どこか幼そうな印象も見える。
日本人は童顔で子供によく見られると海外では言われてたけどこの世界ではクリフさんはそういう人種なのだろうか。はたまた見た目のような年齢であんなに強かったのかな。
「ほんとう!しゅってしてびゅんてすごかったです!」
「まぁな!いやまぁ、まだまだなんだけどな。」
クリフさんは近くの石に座り、その隣にも平べったい石があり。手招きされたので近づいて座ると、今までの緊張がゆっくりとほどけていくように疲労感が押し寄せてくる。
「クリフさん。あの。わたし、思い出そうとしたんです」
「ん?なにを?」
「わたしの名前。けど思い出せなくて。というかどうしてこの森にいるのかもわからなくて」
「んー。ほう」
クリフさんの方を見て話しかけクリフさんも真剣に話を聞いてくれている。その中クリフさんはリュックから石を取り出して枝とかを石の囲いに放ったあとに『カチッカチッ』と火をつけていった。
「ちなみに聞くんだが、お嬢さんはいつからここに?」
「え。その今日?月が出てるときに起きて歩いたらクリフさんに助けられて…」
「今日か…なるほど。そりゃ運命的だな」
別に茶化した様子はなくクリフさんが真面目な顔でわたしが先ほど思ってた運命的だなんてことを言ってきてる!これはもしかしてクリフさんも運命とか信じていてわたしに対してもしかしてそういう風に思っているとかそういうやつなのだろうか!?
「えと。その…運命ですね…」
なぜ自分は恥ずかしがっているんだ。と言いたくなるがあまりに真面目な雰囲気に流されて…ってマテ!
わたしは。自分は冴えないただのサラリーマンだったんだぞ。今はなんか女の子になってるが、かつてはお股にげふんげふんな。そんな存在だったのだぞ!落ち着け自分!
「俺が依頼されたのはとある場所で魔物が召喚されたって聞いたからなんだけど。お嬢さんは森以外何も見てないか?」
「しょうかん?魔物って召喚されるんだ…あ、森以外はさっきの狼?と月が三つあるのを見たのと。あ!あと湖のある場所で起きました」
召喚ていうとあれだろうか、ゲームでいうと魔物は無限沸きしてるけどこの世界では召喚?されて魔物がうようよしているとか?
「湖か。水には触れたか?」
「ん?飲めるか分からなかったし喉が渇いてなかったから近づきはしたけど触ってないです」
「そりゃ運が良かったな」
運が良い?何かやばい湖だったのだろうか?いや待てよ、そもそも魔物がうようよしてる上に、その召喚とやらがあったのなら水の中に魔物がいたとか?
思わず。身震いしてしまった…
なにはともあれ、あの湖とか気軽に飲もうとか行動しなくて良かったと思えばいいのかな。
「帰る場所。は、記憶ないんだったな」
「はい…」
「じゃあ近くの村に明日は行くか」
「えと。村ですか」
「安心しな。ちゃんと連れて行くよ。あー名前分からないんだったな、とりあえず仮の名前でもいいから用意はしたほうがいいかもな」
仮の名前かぁ。なにかいいものあるかな。というかクリフさんの名前的に和名は駄目だよな。そもそも私の見た目が日本人離れしている。
クリフさんも暗いからあまりよくわからないが茶色かなって思ったら、真っ赤な髪色をしている瞳の色はなんだろ。青かな?焚火と月明かりくらいだから明日になったらちゃんとわかるかな。
そんな風にじっと見ていると視線が合ってしまった…すごく気まずい。
「悪い。大事な名前なのに仮とか嫌だったかな?」
「え?いや!そうではなくて!わたしどんな名前が一般的なのかなとかわからなくて…」
さすがに髪とか瞳を見ていたとか気持ち悪がられるかもしれないと勘違いしてるっぽいのでそのまま名前の話題にしていこう!なんだろう。自分はもしかして生前?地球にいた頃はこんな不躾なことしてなかった気がするが…あれ?でも相手の目を見て話すのは別に不躾ではないのでは?
「そうか。それなら俺が代わりに付けようか?」
「ぜひ!ぜひそうしてほしいです」
そう言うと、若干笑いながら。そうだなぁと呟きながら焚火の方をじっと見つめ始めた。
「リアラ、はどうだろうか?」
「りあら?良いと思います!なんかリアラって顔してますもんねわたし」
「なんだそりゃ。はは」
正直慣れそうにない。とは言えないのだが自分で考えるとそれはそれで難しいのでとても助かる。ちゃんと呼ばれて反応できるように刷り込んでおかないと…
「そういえば何か意味とかあるんですか?」
「意味?あー。俺はそういうのに詳しくないんだよな。だからなんとなくそんな顔してたからだよ」
そんな顔してたのか!なわけあるかい。まぁ、意味なんて無いのかもしれない本当に。けれどリアラ。うん!響きは良い!
それに顔を思い出すと確かにリアラって呼ばれていても不思議ではないような顔してる気もするしありだなって思えてきた。
「というわけでリアラ。ほらこれ」
そう言ってリュックから取り出してきたのは、シャツ?
「もしかしたら怪我してるのかもって思ったけど、そのぼろ服から見える位置に怪我はないし。返り血?なのかな。その服はもう処分したほうがいいだろうから着替えておいたほうがいい」
そういえば自分の服は血がへばりついてて。黒くなってるから時間は相当立ってると思うんだけどなかなかに汚く、それでいてよくよく考えたら扇情的な衣装をしてるのではないだろうか。
途端に恥ずかしくなってしまう。
「あの!もらいます!あ、あと怪我はしてないです。たぶん」
「打撲とかそういう怪我でもいいから、あったら言ってくれよ」
特に本当の自分ではないという感覚しかなかったから実感はなかったが確かに狼に襲われたときは色々テンションがバグってたから確かめてみようかなと思うのと同時になんとなくこの体に対して罪悪感が少し浮上する。
今はそういう時ではない、だから切り分けて考えなくては。
私は立ち上がってクリフさんの後ろに回って服を脱いでみると綺麗な体がある。とくに怪我とかもなく小ぶりな胸がげふん…今は自分の体だから良いのである。
はぁ。自分は誰に言い訳してるのだろうか。とりあえず怪我はなさそうなのでシャツを着ると結構だぼっとしてるズボンとかスカートみたいなのは履いてないので助かるのだが。いかんせんノーパンである。
「あの。服これ」
そう言って自分が着ていた服を手渡すと、すぐに焚火にくべられた。
自分の思い出というか一張羅が!まぁボロボロだったのでいいのだけど!ちょっと寂しい気持ちになった。
「怪我はなかったか?」
「はい、だいじょうぶでした。服ありがとうございます」
そう言うと。ちょっと申し訳なさそうにしつつ頷かれた。別に女性もの用意してほしかったわけではないし本当に感謝してるのだけど、なんだろう?
とはいえこのシャツ地球の服と比べると荒いのか若干肌にチクチクして素材悪いんじゃないだろうか、くらいの文句しかないので。感謝しかしてない、文句はでそうだが。
そう思うと今まで着ていたぼろ服はそんなことなかったような?ぼろぼろすぎて機能してなかっただけかもしれないが。
「つかれたろ?少し寝てもいいんだぞ?」
それを言ったらクリフさんの方が狼3匹も倒して疲れているのでは?と思ったけど、許しをもらえたからか。体力的にはまだ全然いけるとおもうのだけど、精神的に疲れていたのかあくびが出てしまっていた。
「えと。それじゃあ…」
どこで寝ようかと思ったらクリフさんがわたしの頭を優しく寄せて膝枕の形になった。なった?なった。
「これは…?」
「地面だと寝づらいだろ?」
確かにだけど。なんというか距離感この世界バグってるのかな?とか思いつつ。まぁでも言うこともたしかになので、枕にはこのままするとして。
記憶を探っても膝枕なんてしてもらったことなかったからなんか気恥ずかしかった。
そんな風に昔はどうだったかななんて思ってるといつのまにかまぶたが落ちてきて体から力が抜けていって最後に
「おやすみ、リアラ」
そうクリフさんの優しい声が聞こえた気がした。
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