ひかりちゃんは心配性! ~戸締りや火の元の確認が気になって、出かけられない女の子の話~

大橋東紀

ひかりちゃんは心配性! ~戸締りや火の元の確認が気になって、出かけられない女の子の話~

 大学に進学して、東京で一人暮らしを始めた岬ひかりは、心配性だった。


 北区十条、駅まで徒歩八分、商店街もバス亭も近いと言う、便利なアパートに住んでいるのに。

 ひかりは家を出るのに、たっぷり十五分はかけてしまう。


 今日も大学の友達と、池袋で遊ぼうと待ち合わせているのに、古びた1DKのアパートで、なかなか出かけられずに大騒ぎをしていた。


「ひゃ~、待ち合わせに遅れちゃうよ~」


 ひかりはそう言いながら、風呂をのぞいて、指さし確認をする。


「元栓と、蛇口オーケー」

 

 トイレのドアを開けて、指さし確認。


「トイレ、異常なし、窓閉まってる、電気も消してある」


 部屋に戻り、あちこちを指さす。


「エアコン消した、テレビ消した、コンセント抜いた」


 バッグを引っ掴むと、最後に台所を確認する。


「ガスの元栓しめた、水道オーケー」


 そのまま玄関に向かい、ドアを開けて外に出る。

 ドアを閉め、鍵をかけて、ドアノブをガチャガチャと回し、閉まっている事を確かめる。


「戸締り、よし! 早く行かないと、ちゆと、まどかに怒られちゃうよー」


 ドアの前から去るひかりだが、しばらくしたら、また戻って来てドアノブをガチャガチャと回す。


「うん、やっぱり戸締りオーケー」


 再び歩み去るが、しばらくしたら、また戻って来て、鍵を開けて部屋に入り、あちこちを再度チェックする。


「トイレ、お風呂、エアコン、コンセント、水道、ガスの元栓、オーケー! やっぱり大丈夫だよ。あー、もー。待ち合わせに遅れちゃうよー」


 バタバタと出て行って、ドアをしめる。

 鍵をかけてノブをガチャガチャ回して確認する音と、立ち去る足音が聞こえる。


 しばらくすると、また足音が近づき、ドアが開いた。

 ひかりが靴を脱ぎ散らかして、部屋に入って来る。


「窓の鍵、閉めたっけ?」


 数十分後。

 人々が行きかって賑わっているショッピングモール。

 その一画にあるカフェに、ひかりと、大学の級友の尾上まどか、そして樋口ちゆがいた。


 アイスティーを前に、ちゆが呆れた様に、ひかりに言う。


「また、いつもの『ひかりチェック』で待ち合わせに遅れちゃったんだ」

「うう、かたじけない。どうしても、戸締りしたかとか、ガスの元栓閉めたかとかが、気になっちゃって」


 その会話を聞いていたまどかが、笑って言う。


「あはは。用心深いのはいい事だよ。女の子の一人暮らしだもんねえ」

「まどかは、ひかりを甘やかしすぎ! この子は『用心深い』を越えてるわ。要するに戸締りとか、火の元をチェックした自分を信用できないんだよね」


 ちゆの言葉に、ひかりは頭をかかえる。


「そうなんだよ! チェックした憶えはあるのに、その記憶が本物なのか自信がないの。ガスの元栓が閉まってるのを確認したんだけど、その記憶が間違っていて、本当は空いてるんじゃないか? って考えが頭の中に一度、浮かぶと、どんどん大きくなっていっちゃうんだよ!」


 まどかが不思議そうに、ひかりに尋ねる。


「ひかりちゃん、前に何かあったの? 鍵をかけ忘れて泥棒に入られたとか、ガスを消し忘れて火事になったとか」

「ううん、無いよ」


 その答えに、ちゆが呆れた様に言った。


「無いのに、そんな心配症なんだ。一度、お医者さんに相談した方がいいんじゃないの」

「おかげで、ひかりちゃんと待ち合わせる時は、時間に余裕を持つ様になったよ。今日はまだ、映画を見る前に、お茶する時間があるだけマシだよね」


 まどかのその声に、ちゆが腕時計を見た。


「チケットも買わなきゃいけないし、そろそろ映画館に行こうか」

 

 その一言に、ひかり、ちゆ、まどかは、席を立った。そのままショッピングモールを抜け、近くのシネコンに向かう。


 シネコンのロビーに到着すると、ちゆがチケット発券機に向かい、まとめて購入手続きをしようとする。


「大学生、三枚……っと。あなた達、学生証は持って来たわよね」

「モチのロンだよ」


 そう言うまどかの横で、ひかりは青くなってバッグの中を探しまわる。


「学生証、学生証……」

「なぁに、忘れて来たの」

「思い出した! 一昨日、歯医者さんに行った時に、財布がパンパンだったから、歯医者さんの診察券を入れる代わりに、学生証を抜いたんだ」


 まどかが困った様に笑う。


「あはは、じゃぁ一般料金で入ろうか」


 ひかりは青い顔で答える。


「その時、学生証は机の引き出しに入れたけど、それっきりにして……。無くしていたら、どうしよう!」


 すかさず、ちゆが突っ込む。


「いや、机の引き出しに入れたのなら、そこにあるでしょ」

「でも、今朝、机の引き出しを見て確認してないもん。もしかしたら、誰かに盗まれているかも」

「盗むって、誰が盗むのよ……」

 

 ひかりは暫く考え込んでいたが、ちゆとまどかの視線に気づき、我に返った。


「ごめーん。そうだよね。きっと引き出しにあるよね」

「うん。だから今は、映画を楽しもうよ」


 まどかが笑顔で言うが、ひかりはそれには答えず、ブツブツと小声で繰り返している。


「学生証……。いや確かに引き出しに入れた。でも本当に入れたかな……」

 

 売店を見たまどかが、わざとらしいほど明るく言う。


「あっ、ひかりちゃん、キャラメルポップコーン食べる?」

「えっ、学生証?」

 

 思わず言ってから、しまった、と言う顔をするひかりを見て、ちゆとまどかは、顔を見合わせて苦笑いをした。

   

 数分後、三人は、十条に向かう電車の中にいた。吊革を手に、仲良く並んで立っている。

 ひかりが何回も、他の二人に謝っている。


「ごめん、ほんっと、ごめん」

「いいよいいよ。どうせ帰って学生証がある事を確認しないと、あなた気が気じゃなくて、映画を楽しむどころじゃないでしょ」

「それに、ひかりちゃん家で映画を見て、宅飲みするのも楽しいよ~。ひかりちゃん家、ネットフリックス入ってる?」

「ごめんウチ東京MXしか映らない」


 駅で降り、道すがら、コンビニで買い物をした三人は、レジ袋を下げて、ひかりのアパートに向かった。


「うわぁ、ひかりの部屋、久しぶりに来たな」

「お邪魔しま~す」

 

 ちゆと、まどかを招き入れると同時に、ひかりは一目散に机に走り、引き出しを開ける。

 果たして、学生証はそこにあった。


「あった……良かった……」

   

 学生証を大事そうに財布にしまうひかり。

 その後ろから部屋に入って来た、ちゆとまどかが、笑顔で尋ねる。


「ひかりちゃん、学生証あった?」

「あったよぅ、良かったよぅ」

「じゃぁ一安心した所で、チョコアイス買って来て。いつもの」


 ちゆの言葉に、ひかりは頬を膨らませた。


「え~、さっきコンビニで買えば良かったのに」

「あれセブンにはなくて、ファミマにしかないの」

「ファミマは少し歩くんだよな~」  


 文句を言いながら、玄関に向かうひかりに見えない様に、ちゆとまどかは、ハンドサインで会話する。

 ちゆは姿勢を低くして押し入れに手をかける。

 まどかはバッグから銃を取り出し、消音器を取り付けながら、玄関のひかりに言う。


「私にもスポドリ買って来て~」

「あいよー」


 ひかりが玄関を出て、バタン、とドアを閉めると同時に。


 ちゆが押し入れを開け、中にいた男を引きずり出した。

 畳に転がされた男を、バスバスバス、と手にした銃で射殺するまどか。

 ちゆがカーテンを開けて窓の外を見ると、一台の車が急いで走り去った。それを見ながら、ちゆは、まどかに言った。


「ここも、敵に嗅ぎつけられたのね」

「ひゃー、まさか部屋の中に潜んでいたとはね。さすが、ちゆちゃん。良く気付いたね」

「よく言うわ。あんたも玄関に入った時には、気づいてたでしょ」


 まどかが、消音機を銃身から外しながら言う。


「ひかりちゃん……。いえ、実験体十二号の予知能力はたいしたものね。今日も敵が自宅のまわりまで来たのを察知して、無意識のうちに、外に出たがらなかったんだわ」

「まだ調整が完全じゃないのに、ここまで察知するなんて。こりゃ敵さんも、彼女を奪いたがる訳だよね」


 ちゆはスマホを取り出すと、組織へと連絡した。


「こちら工作員C。実験体十二号の隠し場所が敵にバレました。実験体十二号は近くのファミマにいます。確保して、記憶の消去と、新しい身分と隠れ家を準備お願いします」

「あ、あと死体の処理班も、お願いして」


 通話を切ったちゆに、まどかが言った。


「あ~あ、女子大生役は気楽だったのにな。ひかりちゃんと私たち、次は何になるのかな」


 畳に転がる死体を前に、二人は顔を見合わせて笑った。

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ひかりちゃんは心配性! ~戸締りや火の元の確認が気になって、出かけられない女の子の話~ 大橋東紀 @TOHKI9865

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