第14話

月が見ていた (14)



彼女の表情から、一瞬にして笑みが消えた。


「あなたが、犯人ですよね?」

彼女が、単刀直入に切り出す。


「沢園さん、いきなり何の話ですか?」

男は、声色も変えずに答える。

「あの夜、公園で私を襲い、バッグを奪って、追いかけた豊を刺し殺した。

そして、今日の夕方も、私を襲いましたよね。」

彼女は淡々と話している。

男は一瞬間をおいて、

「沢園さん、何の証拠があって言ってるんですか?警察を呼びますよ?」

と返すが、

「私は良いですけど。呼ばれたらまずいのは、あなたでしょう?」

と彼女も引かない。


暫しの沈黙。


男が鼻で笑った声がする。

「じゃぁ、その筋書きを聞かせてもらおうか?」

口調がややも乱暴になっている。


「まず第一に、あなたは私が毎日、あの時間頃にあの公園の前を通ることを知ってる。」

「そうだねぇ。それから?」


「第二に、あなたなら、私の勤務先や部署を知ることができる。」

「確かにそうだねぇ。」


「第三に、あなたなら、私の写真をひっそり撮るタイミングがある。」

「今時、その気があったら誰でもできるだろう?」

あざ蹴り笑うような男に対し、彼女は付け加えた。

「でも、その全ての条件を満たせる身近な存在は…あなたしかあり得ないのよ。」


男は矢庭に立ち上がり、声を荒げた。

「ウダウダと、雌猫がうるせーな!そうだよ、俺だよ!!俺がやったんだよ!!!」

彼女は冷静なまま、言葉を続けた。

「動機は何なの?何が狙いだったの?人を殺す程のことだったって言うの?」


男は静かに彼女に近づきながら言った。

「気に入らなかったんだよ。」

彼女が立ち上がりながら、

「何が?」

と問うと、男は

「俺はずっと、あんたを見てた。なのに、あんたは、あんななまっ白い男を連れてきた。

しかも、あろうことか、一緒に暮らし始めた。だから、あんたを自分のものにしてから、殺そうと思ったんだよ。だけどな、そこに、よりによって、あの男が来やがったんだ。

俺にとってはチャンスになったけどな。邪魔者を消し去るには良いチャンスだったよ。

これで、あんたに近づけると思ったら、刑事が代わるがわるくっつき始めた。だからな、

あんたをモノにする方法を変えることにしたんだよ。俺の手で殺せば良いってな!!」

そう一気に話したと思うと、男は彼女の首に手をかけた。


「そこまでだ!!!その手を離せ!!!」

俺はキッチンから飛び出し、男の背後をとった。

「やめろ!邪魔するな!!こいつは俺のモンなんだ!!!」

男は腕を伸ばしたまま暴れている。

彼女は、

「あなたは人間じゃないわ!」

と叫ぶと、締められた首を押さえながら、冷たい目で男を見ている。


俺は、男の両腕を振り解き、捻り上げて後ろに回し、手錠をかけた。


「19時35分、犯人確保。」


男は…マンションの管理責任者の男だった。

駆けつけた大内に男を引き渡し、俺は現場に残った。


「ここ、このままにしないとダメなんですよね?」

「申し訳ない。一通り聴いてはいたけど、幾つか確認はあるので。」


「これでやっと、終わるんですね。」

安堵した表情で呟く彼女に、

「そうだったら良いんですけどね。」

と答える。

驚いた顔で

「違うんですか?」

と彼女は慌てふためく。

俺はやや意地悪な笑みを作って、

「無茶した人には、今後のためにも、お説教が必要かと。」

と言うと、

「お説教…。」

と言って、彼女は泣き笑いを浮かべた。


何はともあれ、この事件は、第二の犠牲を出さず、短期間でのスピード解決であったことから、俺も大内も一階級昇進となった。


休暇を取り、昇進の報告を両親にするため、車を小一時間走らせる。

車を止めた庭先で、俺の好物のおでんの匂いがしてくる。

狭い畑で作業をしていた親父が俺に気づき、こちらに向かってくる。


「なんだ、今日もお前一人か。」

俺の車を覗き込んで、俺の肩をポンポンと叩いた。


その肩ポンの意味はなんなんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る