第11話
月が見ていた (11)
駐車場に車を止め、大内の待つ部屋へ向かう。
チラリと彼女の表情を覗ったが、先程までの笑みは、すっかり影を潜めていた。
ドアをノックして開き、室内を確認してから彼女に入室を促すと、彼女は女優かと思うほど毅然とした態度で足を踏み入れた。
大内が
「ご足労様です。」
と会釈すると、彼女は
「こちらこそ、ご苦労様です。」
と会釈を返す。
防犯カメラの映像を確認してもらう為、モニターの正面の席を勧める。
最初は実際の速度で流し、次はスローのクローズアップで流す。
「どうっすか?」
再生を止め、俺が尋ねると、彼女は顎に手をやり、
「私を襲ったのは、服装の感じで、多分、この人だと思うんですけど…。」
と歯切れが悪い。
「けど?」
その次の言葉を促すと、一呼吸置いてから、
「心当たりがあるかどうかと訊かれると、流石に何とも言えないですね。」
と続けた。
「そうっすか…。」
俺にとっては想定内の結果ではあるが、彼女はガックリ気落ちしたようで、
「お役に立てず、すみません。」
と頭を下げた。
「いや、この男が同一犯である可能性が高いことは明白になったので助かったっす。
自宅まで送るんで、安心して下さい。」
「ありがとうございます。」
そう言いながら、ゆっくりと立ちあがろうとする彼女の表情が、微かに笑っているように見えたのは、気のせいだろうか?
その日の夜、大内と張り込みを交代した後、24時間営業のコンビニで夜食を買ってから、一人暮らしの自宅に戻る。
30代半ば…親には事あるごとに
『そろそろ身を固めたらどうか』
と言われて久しい。
学生時代の友人も次々と結婚し、子どもが生まれ、それぞれに新しい家庭を築いていく。
親に申し訳ない気持ちはありつつも、だからと言って、結婚を焦る気持ちは全くない。
家族がいれば、殺風景な四角い部屋で、ひっそりとコンビニ弁当をつつくこともないかも知れないが、家庭はそのために築くものでもなく、何より、今の自分には、仕事と家庭を両立できるだけの度量があるとは思えない。
止め、止め!
なんでいきなり、こんなことを考えたんだろう?
俺は残りの弁当を一気に掻き込み、ペットボトルのお茶で流し込んだ。
「ふー、生き返るなぁ…。」
湯船の縁に首を凭れ掛け、そっと目を閉じる。
この時間、今日あった良いこと、新しいことを考えることにしている。
誰かから聞いた話で、よく覚えてはいないのだが、そうすることでモチベーションが上がるとか。(確か…)
俺は、どちらかと言えば楽天的で、良いことは次々と浮かんでくる方だと思う。
『良かったことリスト』なんてものが世の中にはあるようだが、俺はあっという間にノートを埋められる自信がある。
ところが、今夜は。
良いことよりも遥かに多く、ネガティブな意味で気になる点ばかりが浮かんでくる。
俺は、そんな不吉な予感めいたものを流し去るように、勢いよくシャワーを浴びた。
私は一人、祝杯を挙げていた。
所謂、『予祝』というやつだ。
こんなにあっさりと、犯人に辿り着けるとは思わなかった。
様々な点を考慮すると、その男だけが犯行を確実に行えたのだ。
ただ、根拠が明確でないことと、物証に乏しいのが弱点だ。
さて、どうやって尻尾を掴んでやろうか…。
差し違えるなら、それも構わない。
でも、一歩間違えば、自分だけが消え、真相は闇の中かも知れない。
是が非でも、それは避けねばならない。
何か、こう…確実で安全な方法はないだろうか。
一瞬、昼間の有松刑事の言葉と、真剣な表情が頭を過ぎる。
『たとえ刑事でも、他人を頼ったらダメ!今までだって、一人でやってきたじゃない!』
有松刑事は、ちょっと危険かも知れない。
スッと心の中に入って来てしまうところがあるから。
私はグラスのワインを一気に煽ると、灯りを消して寝室へ。
強か酔いが回ったようで、ベッドに横たわると、目が覚めたのは朝だった。
今日は、事情聴取も実況見分もないので、やっと会社に行けそうだ。
手早く食事と身支度を済ませて部屋を出る。
エントランスを出てすぐの所でストレッチをする大内刑事に出会う。
大内刑事は慌てて携帯を取り出して、電話を掛け始める。
恐らく、相手は有松刑事だろう。
大内刑事は、付かず離れずの距離を保ちながら歩いている。
そして、そのまた後ろを歩いている存在があったことに、二人とも気づいてはいない。
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