第9話
月が見ていた (9)
大内が捜査に加わった挨拶を兼ねて、彼女の部屋を訪ねることにした。
よくよく考えれば、賃貸マンションとは言え、女性1人の収入で、古くはないマンションの12階、2LDKに住めるのはかなりのものだ。
職業はシステムエンジニアだと言っていたが、深夜まで残業をするということだったし、仕事は相当きついのだろう。
エレベーターを12階で降り、彼女の部屋へ向かう。
カメラ付きのインターホンを鳴らすと、モニターを見たのか、いきなりドアが開いた。
俺が声を発するよりも前に、目ざとく大内に気づき、
「新しいお仲間さん?」
と彼女。
「そうっす。捜査一課の期待の星、大内純之助っす。」
俺がそう言うと、大内はぺこりと会釈し、
「沢園かほりさんですね。よろしくお願い致します。この度はなんと申し上げたら良いか…。」
と心痛な面持ちで告げた。
「人生には悪いこともあるわ。今回は最悪だったけど。豊の無念を思えば、私が屁古垂れる訳にはいかないもの。…さ、とりあえず上がって下さい。立ち話もなんだし。」彼女は返事も待たずに部屋へと入って行ってしまった。
大内は『どうします?』という顔で俺を見たが、俺は『仕方ない』という顔をして、部屋へと入った。
彼女は俺達をリビングに通すと、紅茶を淹れて運んで来てくれた。
「丁度、入れたところだったから良かった。それで、他に何か進展は?」
紅茶を一口含むと、彼女はそう尋ねてきた。
「現状近くで凶器と見られるナイフは見つかりましたが、指紋照合の結果、前のある犯人ではないようです。何か、心当たりや思い出した点はありませんか?」
大内がメモ帳を確認しながら尋ねると、彼女は首を振って、
「特にないです。何より、恐怖が勝っていましたし、余裕がなかったです。お力になれず、申し訳ないです。」
と答えた。
「時間をおけば思い出すこともあるかも知れないっす。思い詰めないでいいっすよ。あと…大内と自分が交代で、管理人室に入ることになったっす。一週間の期限付きっすが、それまでに事件解決になるよう、最善の努力はしますんで。」
突然、インターホンが鳴った。
彼女が小走りでインターホンに対応し、「荷物が届いた」という。
荷物を受け取り、リビングに戻ってきた彼女は、怪訝そうな顔をしている。
「荷物が、どうかしたっすか?」
俺は持っていたカップを置き、彼女の答えを待つ。
「会社の加藤さんからなんですけど…連絡なしに宅急便は変かな、と。」
彼女は困惑した顔でいるので、俺は、
「加藤さんがいるなら、電話して確認して下さい。」
と提案した。
彼女は頷くと、相手に確認の電話を掛けた。
「…わかりました、忙しいところ、ごめんなさいね。ありがとう。」
彼女が電話を切って振り向き、首を左右に振った。
「え?加藤さんじゃないってことっすか?」
「はい、違うそうです。」
…まさか、爆発物じゃないよな…。
そうは思いつつも、爆発物処理班を呼ぶことにした。
待つこと、30分。
結果、5分。
ラッキーにも、爆発物ではなかった。
とはいえ、処理班も見守る中、包みを開けることとなった。
彼女は明るい声で包みを開けながら、
「爆発物じゃなくて良か…」
手から箱が滑り落ち、わなわなと震えている。
「何っすか?」
俺が尋ねると、彼女は震える指で箱の中を指している。
「見るっすよ、いいっすね。」
箱の中を覗き込むと、そこには…
無惨に切り裂かれた人形が横たわり、
その顔には、彼女の顔写真がピンで突き刺されていた…
これで、はっきりしたことがある。
犯人は、ひったくりが狙いだった訳ではない。
彼女に対して、強い敵意、悪意を抱いている。
犯人の行動がこれ以上エスカレートする前に、解決しなくてはならない。
大内はその荷物を写真に収め、彼女の承諾を得て、持ち出す用意をしていた。
処理班は撤収し、大内は本庁に戻って、その荷物の分析手配をし、その間、俺は暫く彼女の様子を見ながら、得られる情報を集めることにした。
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