第5話

月が見ていた (5)


俺は、目の前にいる沢園かほりに対して、何やら得体の知れない不安を感じていた。

不安という言葉が適切なのかどうかは分からないが、それ以外にしっくり来るものが思いつかない。


まるで他人事のように淡々としていたかと思えば、わんわんと泣き出してみたり。

将又、それが済めば、上機嫌に鼻歌を歌えるほどに陽気になったり…


…あまりの出来事に、気が触れてしまったのだろうか?


そんなことを考えながら、俺は、目の前で楽しげに料理を仕上げていく彼女を見ていた。


「お待たせしました!」

テーブルの上には、3人分のプレートが整然と並べられていた。

(これが普通なんだろうか…?おかしいのは俺か?)

俺の表情が露骨に怪訝だったのか、彼女は、

「今日だけは作ろうと思うの。それで、豊が亡くなったことは受け入れようと思っています。だから、心配しないで下さいね。」

彼女は俺に着席を促すと、自分も着席して食事を始めた。


(いや、やっぱりおかしいだろ。

近親者が自分に関わることで無惨に殺害されたのに、平然と食事を摂れるものなのか?)


彼女は食べる手をパタリと止め、

「嫌いなものでも入ってた?こう見えて、料理はなかなかの腕前ですよ?」

と言った。

「いや、考え込んでしまって…それじゃ、遠慮なく頂きます。」

俺は胸の前で箸を合わせ、食事を始めた。


「どう?」

彼女は再び箸を止め、俺に尋ねる。

「美味いっすね。やっぱり、手料理に限るっす。」

俺は、当たり障りないような返事をしてその場を取り繕い、

彼女はホッとした面持ちで、再び箸を動かし始めた。


彼女は「なかなかの腕前」と言っていた。

恐らく、それは本当なのだろう。

彩も良く、見るからにバランスが取れていそうなプレートだった。

けれども、今の俺には砂を噛んでいるような感覚しかなかった。


静かな食事が済み、洗い物をしながら彼女が尋ねた。

「そういえば、事情聴取って、今日からですよね?何時頃かしら。

会社には行けそうにないわよね、きっと。」

「まぁ、二、三日は難しいっすね。一般的には。」

洗い物が終わったのか、彼女は手を拭きながら振り返り、

「あなたに言っても仕方ないけど…私、被害者なのにね。」

ガックリと肩を落として呟いた。

「実況見分とかもあるからっすよ。沢園さんが被害に遭った時のことは、

一之宮さん亡き後、沢園さんしか知り得ないので恐縮っす。事情聴取の

時間を確認するっす。ベランダ、お借りします。」

俺は、彼女が頷くのを確認して、ベランダに出た。



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