第3話

月が見ていた (3)


「ところで、有松刑事は何故あの場に?

いきなり捜査一課の方が来るなんておかしいですよね?」

ずっと抱えていた疑問をぶつけてみた。


「俺、明けで帰るところだったんすよ。そしたら、一之宮さんが

倒れていて…署に連絡して応援を頼んでから沢園さんのところへ。

一之宮さんが、沢園さんを守ってくれ、といったもんで…慌てて。」

「ああ、そういうことだったんですね。何かおかしいと思った。」


そう言った私の顔を、有松刑事は不思議そうに眺めて言った。

「沢園さんは、どうしてそんなに冷静にいられるんですか?

人が…親しいはずの知り合いが一人、亡くなっているんですよ?」

「私、冷静ですか?」

「俺にはそう見えるっす。淡々としすぎているというか…。」


私は一呼吸おいて、有松刑事に告げた。


「豊は…ヒモみたいな男だったんです。いきなり転がり込んできて、

気が付いたら住み着いていて。」

「…ヒ、ヒモっすか?」

「そう、そんな感じの男。いなくなれば良いと思ったこともある。」

「……未来永劫、いなくなったっすよ、いきなり。」

「冷酷な人間だと思われても構わないわよ。正直、すっきりした。

これで、周りからも余計なことを言われなくて済むし。」

私は2本目の煙草に火をつける。

「余計なこと?」

「そう…男にだらしない、とか?」

「……げ。それはきついっすね。」

「もう慣れたけど…不本意よね。」

「……………。」

有松刑事も2本目の煙草に火をつけた。


「ちょっと、そこで黙らないでよ。」

「いや、そんな状況なのに、簡単には言葉が出てこないっすから…。」

「それもそっか…。」

「うっす。」


暫しの沈黙を破るように、有松刑事の携帯が鳴る。

「ちょっと失礼するっす。」

有松刑事が、背中を向けてぼそぼそと話している。


「…えっ?!マジっすか?だとしたら…一之宮さんの懸念が当たって

しまいますよね?やばいっす…」


「はい、了解っす。ありがとうございます。」


有松刑事が携帯を胸ポケットにしまい、こちらへ向き直る。

「沢園さんの物と思われるバッグが見つかりました。所轄に届けられた

そうです。中に入っていた携帯から、沢園さんの物だと推測されます。」

「さすが警察。個人情報の照会って簡単なんですねぇ。」

私が呑気に答えると、有松刑事が、

「そんなことはどうでもいいっす!財布がないんですよ。」

「カードを止めればいいですよね?」

「違うっす!運転免許証が問題なんっすよ!」

「…再交付すればいいじゃないですか。」

「そうじゃないっす!住所も名前も顔写真も全部、犯人に握られている

ってことっす。これがどういう状況かわかりませんか?」

有松刑事が、私の両肩を掴んで揺さぶった。


「……あ。」

「わかったみたいっすね……。」

「……はい。」


有松刑事は眉間に皺を寄せながら考えて、暫く窓越しの空を眺めていた。

そして、こう続けた。


「一之宮さんとの約束、俺は守るっすよ。」

「は?」

「沢園さんを、犯人から守るっす。」

「どうやって?」


「…張り込みです。」

「嘘でしょ?フツーの生活ができないじゃないですか?」

「もう、フツーの状況じゃないっしょ?!」

「まぁ…確かにそうですけどね。」


「それとも、SPの方がいいっすか?」

真顔で有松刑事が追い討ちをかける。

「物々しすぎて嫌ですよ。」

私はふてくされて答える。


「じゃ、俺で諦めて下さい。」

「諦め、って…。頼りない響きですね。」

「SPに比べたら、の話っす。」

「………それもそうでしょうね。」

「それでも、腕と足には自信があるっす。空手も有段者っす。」

「…頼りにしてます。」

「うっす!全力で守ります。」

有松刑事は強気に胸を叩いて…噎せた。


バツが悪そうな面持ちで「あ、そうそう。」と有松刑事。

「はい?」

今度は何かと顔を上げると、

「今回のようなヤマでは、SPはつかないんですよね。めちゃくちゃ後出しですけど。

脅かして申し訳ないっす…。」

と真顔の有松刑事。


真顔で言われても、全力でガードされることには違いがない。

全力で守られるよりも、何事もない生活の方が有難いと思うんだけど、

この単細胞そうな有松刑事には、それを言わないでおこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る