第45話 暗闇

 そこは、何も無い暗闇だった。

 周囲を見渡しても、光一つない。

 だが、先程の出来事からここがどういう場所か想像することができる。

 そして想像を巡らせた時、そいつの声を聞こえてきた。



 ”陰と一つになれ、囚人”



「……それはお前のことだろ、陰の囚人」


 実態はない、ただ声だけがする。

 あの勇者にも、こんな風に聞こえていたのだろうか。


”お前には、その資格がある。囚人……陰と、一つになれ”


 途端、頭の中に何かが入り込んでくる感覚がある。

 自分が自分でなくなる感覚だ。


「洗脳……こうやって、勇者も操ったわけか」


”陰と……一つになれ”


 じわじわと、脳内に圧迫感が広がっていく。

 実際にはそうではないとしても、精神がそう錯覚してしまう。

 ヤツの声には洗脳作用がある。

 聞いてしまえば、じわじわと精神を侵食される。

 そして、ヤツの声を排除する方法はない。

 特に、この空間では。


”魔力を持たず、神に愛されなかった男よ……お前には資格がある”


「そうだろうな。こうして暗闇に閉じ込められた時点で察したよ。お前は俺の心の闇を突いて、乗り移るつもりだってな」


 ニセモノの勇者が討たれた時点で、陰の囚人は死ぬ。

 だから、近くに次の乗り移り先を早急に見つけなくてはならなかった。

 ミウミではダメだ。

 ミウミに闇はない。

 俺のように、資格のある人間でないと。

 だが、


「あいにくと、俺はお前の甘言に乗るつもりはない。乗る必要がないくらい、今が充実しているからだ」


”確かにそうだ。お前は陰と一つになる理由はない”


 驚いたことに、陰の囚人はそれを肯定した。

 てっきり、もっと安易に俺の心の闇を指摘するかと思ったのだが。

 それでは意味がないことを理解しているらしい。


”だが、? お前は確かに恵まれているが。お前は本当に、それを望んでいるか?”


「何……?」


”暴いてやろう、囚人。お前は望んでいなかった”


 望んでいなかった?

 一体なんのことだ?

 本当に、俺はさっぱりわからなかった。



”あの夜、灼華がお前を見つけ出した時。お前は本当は見つかりたくなかったのではないか?”



「――――」


 そう言われて、俺は何も言えなかった。


”お前は灼華に、あの夜道を示されいままで生きてきた。だが、本当はそんなこと望んでいなかったのだ。なぜならそれは、灼華の生き方を決めてしまうものだから”


 もしもあの時、ミウミが俺を見つけていなかったら。

 村には戻らなかっただろう、あそこにいたいとミウミは考えないはずだ。

 そうした時、もしかしたら俺を探して冒険者になるかもしれない。

 未来の行き先は一緒だ、だが、その隣にあるものはあまりにも違う。


 俺がいたら、ミウミはずっと俺と一緒にいなければならない。

 俺を救ってからだ。

 その責任が、彼女にはあるからだ。


 だが、俺がいなかったら?

 探すという目標こそあるけれど、その道中はミウミだけの人生だ。

 もしかしたら、俺という存在に見切りをつけ、全く新しい人生を歩めたかも知れない。


 あの時、俺を見つけていなければ。


”お前さえいなければ、灼華には無限の未来があった。お前という、生まれた時から灼華に背負わされた重荷がなければ”


「……俺は、ミウミの重荷」


”そうだ。お前さえいなければ、誰も未来を狭められることはなかった。道を勝手に定められることもなかった。お前の村の大人たちもそうだ! お前という無能を憎んでしまったがゆえに、彼らは歪んだ!”


 彼らは、かつて普通の村人だった。

 俺が無能だったから、俺を攻撃していいと彼らに思わせてしまったから。

 だから彼らは歪んだ。

 確かに、それも間違いじゃない。


”全てはお前が元凶だったのだ、囚人。それをあの夜、お前は無自覚に理解していた。だから見つかりたくなかった! 思い出せ囚人。お前は本当は、光の中を歩いて良い人間ではない!”


 囚人の言葉が、俺の中に染み込んでいく。

 それは洗脳だ。

 やつの言葉には、もともと他人を操る力がある。

 だが同時に、事実でもある。

 あの時の俺は、確かにそう考えていた。

 それを否定する方法はない。

 そう、思い出した。

 だから、



「そうか、俺はミウミの重荷になれているのか」



 俺は、そう笑った。


”何?”


「ミウミは、俺を重荷と思って背負ってくれている。お前のように、他人の覚えていない深層心理すら掘り起こす存在がそういうなら、それは間違いないんだろうな」


 こいつの言葉を聞いて、俺は嬉しくて仕方がなかった。

 それだけ多くの未来の中から、ミウミは俺を選んでくれたのだ。

 あまりにも光栄で、望外の喜び。

 それを、俺は実感する。


”違う。お前はそんなことに喜びは感じない。あの夜、お前が感じた絶望は本物だ。思い出せ、囚人……思い出せ……!”


「お前は一つ勘違いしている。確かに俺はその時絶望を感じたかも知れない。でもそれは、その時の俺のものだ」


”違う、今のお前の中にもその闇はある。でなければ陰はお前の中に入り込めない!”


「だから勘違いしてると言ったんだ。人には変わらない部分と、変わる部分がある。闇は確かに変わらない部分だ。だが、それは闇が過去だからだ」


 俺の変わった部分。

 未来に進んだ結果、手に入れた光。

 それは決まっている。

 あの時には、闇よりも小さくて。

 今は絶対に、闇よりも大きいもの。



「俺はミウミを愛してる。その事を胸を張って言える。あの時と、今。それが一番大きな違いだ」



 そう言って、俺は自分の頭を指差す。

 手の中にはアイテムボックスから引き出されたDランクの魔弾が収まっている。


”何を……!”


「お前は、俺の頭の中にいるんだろ? 洗脳し、言葉を伝えるにはそうするしかない。この頭を侵食する感覚は、お前が俺の中に入り込んでいる感覚だ」


 陰の囚人は答えない。

 図星を突かれたのだろう。


「そしてもう一つ。ここは現実世界じゃない。あくまで精神的なもの。お前が俺を閉じ込めるために作った檻だ」


”世迷言を、なぜそんなことが言える!”


「時間が進んでないからだよ」


 あの闇に飲まれた後。

 時間は一切進んでいない。

 陰の囚人が作ったこの精神世界で、停滞したまま俺達は話をしている。


「だから、精神世界で俺の頭をぶっ壊しても、俺はしなない。死んだような気分になって、だけだ」


”……!! やめろ!!”


 陰の囚人が、俺を静止する。

 俺が本気で自分の頭ごと陰の囚人を撃ち抜くつもりだと解ったからだ。


”正気ではない! 本当にここが精神世界であるという保証はない! 頭を破壊すれば、お前は物理的に死ぬかも知れないんだぞ!?”


 陰の囚人は、もはや俺が精神世界で頭をふっとばしても、精神的に死ぬことはないと判断している。

 ありがたい話だ。

 俺がこれからやろうとしていることを、奴は全力で正しいと肯定している。


「それはない。って言ってるだろ」


”なぜ……それがわかる!!”


「簡単だ」


 俺は、そうして引き金を引く。

 陰の囚人は、もはやなんとか俺を止めようと洗脳を強めようとする。

 だが、ここに至るまで奴は俺を洗脳できていない。

 俺の意志が、奴の洗脳を上回っているからだ。

 そして、その最もたる理由は、



「時間が動いているなら、闇に飲まれた俺をミウミが見つけ出さないわけがない」



 俺がミウミを、愛しているからだ。


”やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!”


 もしも、この世界が精神世界じゃなかったとして。

 現実に時間が流れているとして。

 たとえそうだろうと、ためらうことはない。

 きっとミウミなら、から。


 だから、俺はためらうことなく、自分の頭に引き金を引いて。



”あ”



 世界は、陰の囚人の断末魔を残して消滅した。

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