第39話 暴走

 勇者はミウミと俺を見ていた。

 むしろ、それ以外の全てが目に入っていないように見える。

 俺に対する憎悪と嫉妬、ミウミに対するこれは……一言では言い表せない、粘ついた感情だ。


 あいつはミウミを”オンナ”と言った。

 だが、奴のミウミを見る目つきは単なる恋慕とか執着とか、そういうものとも違うように見える。

 もっとドロドロとした、不快で想像したくもない感情だ。


「それ以上、ミウミを見るな勇者……いや、今のお前を勇者と呼ぶのも間違ってるか」


 そう言いながら、俺はミウミをかばうように前に出る。

 片手をアイテムボックスに突っ込んで、いつでも魔弾を使えるようにして。

 この状況、勇者が得体のしれない何かになっている現状。

 油断なく対応するには、俺がSランク魔弾を使うしかない。

 それで対応できないなら、もう諦めるしかないのだから。

 とにかく、俺はヤツの出方を見るために、敢えて挑発する。


「……ニセモノの勇者」


 今の奴を呼ぶのに、一番相応しいように思える言葉をぶつけた。

 ニセモノの勇者は明らかに不快な様子で顔をしかめた後、それを抑えて冷静に振る舞って見せる。


「囀るな、無能。お前に発言を許可した覚えはない……」

「その無能に、一撃で叩きのめされたのは誰だったかな、ニセモノの勇者」

「黙れ! ……今は、お前と話をしている暇はない」


 怒りに顔を震わせながら、それでも俺の挑発を無視してニセモノの勇者はミウミの方を見る。

 結局、挑発は無意味に終わったように見えるがそうではない。

 今のやり取りだけでも、いくつか解ったことがある。


 まず、ニセモノの勇者はここで俺達と事を構えるつもりはない。

 それが何を意味するかまでは想像するしかない。

 しかしここまで挑発して、明確に怒りを覚えているのに行動しないのは何か理由がないとある証拠。

 そして、ヤツの自意識は勇者のものだ。

 明らかに何かが侵食しているようだが、俺の挑発に怒りを覚える以上主人格は勇者の方にある。


 そのうえで、奴はミウミだけを欲している。


「私とともに来い、灼華。そうすればお前の命だけは助けてやろう」


 傲慢にも、奴はそう言い放った。

 まるで、それが当然であるかのように。


「お断りよ! 何が悲しくて、アンタ何かと一緒に行かなきゃいけないの!? そもそも、アタシだけが生き残ったところでこの世界に価値なんてない!」

「理解できないな。なぜ私が生存を許すという栄誉を受け取らない?」


 ニセモノの勇者は、本当に意外そうな表情でそう言い放った。

 その傲慢さは、以前の勇者よりも更にひどくなっているように見える。

 苛ついたミウミが、更に否定の言葉を紡ごうとした時。

 その横から、ラティアがミウミを制して前に出る。


「勇者ケイオ、その姿は何?」

「お前は何だ? 発言を許した覚えはないぞ」

「こう言いかえた方が良い? 陰の囚人」


 その言葉に、ニセモノの勇者は少しだけ目を見開く。


「ほう、よく学習しているではないか」

「やっぱり。勇者ケイオ、あなたは陰の囚人とつながっているんだね」

「ふん……私はそのような矮小な枠に収まるような存在では……まぁいい、コレ以上の無駄話は不要だ」


 今、一瞬何か違和感があった。

 まるで朗々と語りだそうとしたニセモノの勇者を誰かが静止したような。

 そんな違和感だ。

 一瞬視線をルーアに向けると、彼女は何かを考えている様子でそれを見ている。

 何かしらの考えがあるかも知れないが、この場でそれを確認することはできない。


「もう一度、俺とともに来ることを許す、灼華。解っているだろうな?」

「何にも解らないわよ! そもそもアタシの名前はミウミよ! 灼華の名前も嫌いじゃないけれど……口説き文句に使う名前じゃない!」

「ふん、強情であることはお前の美徳だ、灼華。であれば仕方がない、特別にこちらからお前を連れて行く栄誉を与える」


 そう言って、ミウミに対してニセモノの勇者は一歩近づいた。

 俺は、魔弾に手をかけてミウミをかばいながら睨む。

 ミウミ自身も、炎の海をいつでも呼び出せるようにして。

 ルーア、ラティアも戦闘態勢に入っていた。

 だが、別に言い争いが終わったわけじゃない。


「アンタはアタシがなびかないのをおかしいと思ってるみたいね? ……なら、教えてあげましょうか?」

「何?」

「アタシがなびかない理由は、アンタが嫌いだからよ。でも、それだけじゃない」


 そう言って、ミウミは俺の隣にたった。



「アタシがリクの女だからよ……!」



 普段のミウミからしたら、想像もできないくらい大胆な発言だ。

 二人でいる時以外は、絶対にそれを認めようとしないのに。

 それくらい、眼の前の男に迫られるのが嫌だったのだろう。

 それ故に飛び出した覚悟の発言だったが、


「……ふざけるなああああああ!」


 効果は覿面だった。


「お前のような男が、灼華を手にするだと!? ありえん、ありえんありえんありえん!! そのようなことがあってなるものか! ふざけるのも大概にしろおおおおおお!」


 途端、ニセモノの勇者の身体が崩れていく。

 それは、発狂したことで崩れたようにも見える。

 だが実際には違うだろう。


「……時間切れのようです」


 ルーアがポツリと口にする。

 先ほどから、ニセモノの勇者はしきりに時間を気にしていた。

 もともとこの場に長くとどまることのできない存在だったのだ。

 おそらく、奴は本体ではないのだろう。

 俺達と戦わなかったのは、本体ではないことが理由で負けるのを恐れたからか。


 そしてその視線が、俺に向けられる。


「無能がああああああ! 貴様さえいなければ! 貴様さえいなければ全ては私の思う通りに事が運んだのだ! 正しい行いはなされるはずだったのだ!! 貴様さえ!!」


 ニセモノの勇者は、段々と身体全体を黒に染めていって。

 以前、俺の前で弾け飛んだ男のように消えていく。



「貴様さえいなければあああああああ!!」



 その言葉を残して、奴はその場から消失した。

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