第38話 突入

 俺も話半分に聞いたことがあった程度なのだが、この街のダンジョンのボスはそれはもう強かったらしい。

 かつて本物の勇者が、魔王を討伐する旅の途中でこのダンジョンへ挑み、倒したのだとか。

 そこら辺の伝承を管理するのは教会の仕事だし、ラティアは元いいところのお嬢さんだから教養もあるのだろう。


「そのボスは、陰の囚人と呼ばれていました」

「陰……今回の件と関係ありそうな名前だな?」

「はい。どこからともなく、いなくなったはずの人が現れ恨んでいる人間を襲う。そういう伝承も残っています」

「ほとんどそいつそのままじゃない!」


 とはいえ、そうも言い切れない面があるのだ。

 そのせいで、ルーアも断定に時間がかかったのだろう。


「伝承では、行方不明の人はダンジョンの中でしか出現しませんでした。町中で出現するという話しはなかったんです」

「それでも、多少は引っかかるところがあったから数日かけて資料を調べて、ダンジョン内での事件と合わせて答えに行き着いた……ってところか」

「だいたい合ってます、はい」


 そして、勇者はダンジョンのコアを確認するのが主な仕事だ。

 ダンジョンの最奥まで潜り、コアが無事か確認する。

 確認の仕事はシスターであるルーアの仕事なので、勇者は立っているだけだそうだが。


 今回は少し様子が違ったようだ。


「勇者が、コアを確認すると言ってコアに近づいたんです。といっても、素人が見てわかることはないので、私が横で確認をしたんですが……」

「その時、コアに変化はあったのか?」

「ありませんでした。でも、あの時勇者は珍しく自分の意志で行動していて、違和感を覚えても良かったと今は思っています」


 後悔先に経たず。

 結果として、勇者はその後暴走し、今は屋敷に閉じこもっている。

 ただ閉じこもっているだけならいいのだが。

 状況に奇妙な符号が発生すると、確認せざるを得ないのだ。


 そうして、俺達は勇者が滞在している屋敷にたどり着く。

 そこは勇者パーティを企画した貴族が手配したものらしく、小さいが上流階級の人間が暮らす作りになっていた。


「こんなのに金かけるなんて、無駄もいいところだと思うけど。誰が使うのよダンジョン街の屋敷とか」

「まぁ、使う機会があったからこうして勇者が滞在していると考えれば」


 ちなみに、ルーアはここには滞在していないらしい。

 教会はどこにでもあるし、女性はルーアだけなのだから教会に泊まるのが自然だ。


「今は、側近が勇者の世話をしているはずです」


 そう言って、ルーアが戸を叩く。

 俺達と勇者の関係を考えれば律儀だが、だからこそとも言えるだろう。

 しかし、返事がない。


「……私です、ルーアです。えっと、開けてくれませんか?」


 ちょっと声色が変わった。

 猫を被っているのは知っていたが、こうも変わるものなのか。

 ラティアとミウミも感心した様子でルーアを見ている。


「……返事がありませんね、鍵は……空いている?」

「変じゃない? 突入する?」

「しましょう。ただでさえ疑惑があるのに、何かあっても困ります」


 隊列は、先頭にミウミ、殿はラティアとなった。

 俺もルーアも戦えるが、俺は魔弾が必要だしルーアは典型的な後衛である。


「中は……誰もいないわ」

「まっすぐ進んでください、通路の突き当りが勇者の部屋です」


 言われて中に入る。

 豪華な調度品は、けれども何だか少し掃除されていないように見えた。

 見れば埃が被っている。

 長く掃除されていないわけではないだろう。

 おそらく、数日間手入れがされていないのだ。


 それを観て、俺達は警戒度を一気に上げた。

 明らかに何かがおきたのだ。

 あるとしたら、それは間違いなく勇者の部屋が一番あやしい。


「気配はありますか?」

「ないわね、ただ……異臭がする」

「これは……死臭か?」


 人の気配はない。

 どこまでも不気味な屋敷の内部。

 だが、確かに人の死んでいる”臭い”がする。

 嫌な匂いだ、あまり嗅ぎ慣れたくはない。


 だが、それがしているということは、誰かが死んでいるということでもあって。

 そしてその誰かは、この場にいる全員がなんとなく想像できてしまっていた。


「……一気に突入しましょう」

「タイミングは任せる」

「ん、いつでも」


 そして、勇者の部屋の前に到着し、俺達は息を潜める。

 ミウミが全員に視線を向けて、カウントダウンをした。


「3……2……1……今!」


 直後、ミウミが扉を蹴破り、俺達は室内へとなだれ込む。

 そこで見たのは……ある意味、想像通りの光景だった。



 まず、部屋の隅で側近が死んでいた。



 胸元を貫かれ、心臓のあった部分が空洞になってしまっている。

 斥候の男もそうだったが、これでは即死だろう。

 それが果たしてよかったのか、悪かったのか。

 どちらにせよ、今はそこにかまけている時間はない。

 眼の前には、もっと恐ろしいものが立っているのだから。



「……灼華」



 勇者ケイオが立っていた。

 明らかに、その様子は普通じゃない。

 清廉そうな鎧は黒く汚れたとしか言いようのない色になり、金の髪も黒に染まっている。

 一番異様なのは、目だ。

 白目の部分まですべて黒に染まっている。

 それを、人の目と呼ぶことはできない。


 そして、


「俺の……理想おんなになれ……灼……華……」


 その声は、おかしなノイズに包まれていた。

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