第36話 混迷

 その後、男が弾け飛んだ“痕”は気がつけばなくなっていた。

 どういうことだろうと思う暇もない。

 床に零れた水が、蒸発するように消えてしまったのだ。


 ともあれ、消えてしまったものは仕方がない。

 それに、男から聞ける情報はおおよそ引き出せていただろう。

 ロージに窘められた後、ダンジョンで何かがあった。

 その後気がついたら今のようになっていて、斥候の男を殺した。

 そこまで解れば十分だ。


 ギルドにそのことを報告したら、とりあえず犯人の足取りをもう少し詳しく追ってみるそうで。

 何か解ったら、連絡すると言われた。


 俺としては、昨日の今日でまたもランクの高い魔弾を使ってしまったのが苦しい。

 Bランクの魔弾は一日もあれば作れるけれど。

 それでも、今は先に消費したSランク魔弾の再生性に魔力を注いでいる。

 プラスになることは絶対にない。


 まったく、面倒な話だ。

 ただでさえ勇者パーティの件が完全に片付いたわけじゃないというのに。

 どころか、斥候の男が死んだことで、さらなる混迷を極めようとしているのに。

 ただ、そっちに関しては今一番混乱しているのは貴族連中のほうだろう。

 そこが一段落しない限り、勇者パーティはこのまましばらく開店休業状態のままのはずだ。


 あと、流石に事故みたいな理由で斥候の男が死んだのは勇者パーティのせいじゃないだろうからな。

 そこだけは同情する。


 ともあれ、それから数日は状況に変化がなかった。

 俺とミウミの間には……ではあるが。

 だが、何かしら動きがないとこちらも対応しようがないのは事実。

 その数日の間は、依頼を受けたりして平常運転に務めた。


 ギルドから声をかけられたのは、事件から少したってのことだ。

 こちらとしても、状況は確認しておきたい。

 普段、こういう時に使う例の二階の個室を借りて話すことにした。

 すると、なぜか個室では黒金が待っていて……


「まってた、灼華パーティ」

「ラティア? ギルドの事務員じゃなくて?」

「私が直接説明したほうが早い事態が起きた」


 そう言って、ラティアは俺達を椅子に座るよう促す。

 どうやら、長い話になりそうだ。


「まず、先日弾け飛んだ男について、ある程度詳細が解った」

「弾け飛んだ男って……いや、そうなんだろうけど」


 あんまりな表現をするラティアに、ミウミが突っ込む。

 とはいえ、アレは弾け飛んだとしか言えないから、俺が言えることはない。


「あの男は、ロージに窘められて数日後、ダンジョンに潜った後消息不明になっていたらしい」

「普通に考えたら、その時魔物に襲われて殺されてるわよね」

「そう。依頼を受けていなかったから、ギルドも捜索義務がなくて放置されていた」


 捜索義務。

 行方不明になった冒険者を、ギルドは捜索する義務がある。

 ギルドが依頼を出して、冒険者を冒険させているのだから当然だ。

 ただ、捜索義務は依頼に紐づいていて、依頼を受けずにダンジョンなどに入った場合はその限りではない。


 ようは、依頼を受ければある程度、冒険者がどこへ向かったかを絞ることができる。

 そしてその場所を別の冒険者が通った時に、死体が残っていないかを確認する。

 まぁ、捜索といってもその程度のことだ。

 話を戻すと、そういう冒険者は別に珍しくもない。

 この行方不明になった男は、本来ならただ行方不明になっただけで済まされる存在なのだ。

 問題はここから。


「……それを報告するだけなら、わざわざここまで連れてきてラティアに報告させる必要はない。そうだよな?」

「正解。二人はここ最近、冒険者がダンジョン内で別の冒険者を襲った事件について、聞いてる?」

「……? いえ、聞いてないわね」

「あー……同じく」


 流石に、そんな事件が起きていれば大問題だと思うのだが。

 二人共知らないし、ギルドでも噂になっていない。

 ということは、その話が本当ならまだ起き始めてすぐの事件ということになる。

 そしてラティアがその事を口にするということは、


「黒金パーティが、先日その事件に遭遇した。襲いかかってきた冒険者はすぐに制圧したけど……」

「……まさか、例の弾け飛んだ男と同じ特徴を持っていた?」

「正解。制圧したら同じように弾け飛んじゃった」


 思わず顔がひきつる。

 あのなんとも言えない光景を、ラティアは二度も目撃したのか。

 運が悪かったというほかない。


「事件は、それが全体で二件目。その後、別の冒険者パーティが襲われた。合計で三件の襲撃事件がおきている」

「それ、本当にまだ広がり始めたばっかりって感じね。よく黒金パーティが引っかかったわ」

「それなんだけど……かもしれない」

「なんですって?」


 ラティアいわく、襲撃した男にラティアは覚えがあったらしい。

 少し前に、黒金パーティを遠くから嫉妬にまみれた視線で見ている男がいたらしい。

 その男の相貌と、襲撃した男の相貌は一致するのだとか。

 大した記憶力だ。

 加えて他のパーティも、襲撃した男と過去にトラブルを起こしていたりしたそうだ。

 そして、彼らには他にも共通する点がある。


「襲撃してきた連中は、ギルドの調べだと全員ダンジョン内で消息を絶っていたらしい。それも、全部ここ最近のこと」


 それは……明らかに何かしら法則性のある事件だ。

 いよいよ、混迷はより強くなってきているらしい。

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