第35話 鎮圧

 男の膂力はとんでもない物がある。

 まるで、俺が身体強化を最大出力で使った時のようだ。

 だが、少し違う気もする。


 なにより不思議なのは、男の脚が対して早くないことだ。

 これだけの膂力なら、当然脚力だってそれに見合ったものがあるのでは?

 どちらにせよそれは、奴の行動を対処し易いという意味でもある。

 速度のある相手ほど、戦っていて厄介な相手はいないからな。

 次点で技術が極まった相手だ。


「せめて、Bランク魔弾の効果が切れる前に……終わらせたいところだな!」


 いいながら、俺は迫ってくる男の攻撃を回避しつつ。

 男の足を蹴り飛ばす。

 武器を使ったら間違いなくキリ飛ばしてしまうから、加減のために肉弾戦で戦っているのだ。

 結果、男は蹴りを受けて勢いよく吹っ飛んだ。


 正面から膂力任せに突っ込んでくる相手。

 腕には力を込めているかもしれないが、脚はおろそかである。

 どうやらその考えは間違いじゃなかったようだ。

 転がった男は、構わずもう一度起き上がろうとして――


「あああ!? なんでだ!? なんでうごかねぇんだよおおお!」

「脚がそんなふうに折れ曲がってたら、うごけるわけないだろ」

「知るかあああ! おまえを! お前を殺せりゃ俺はそれでいいんだよ!!」


 だったら、斥候の男を巻き込むなよ、と言いたいところだが。

 とにかく、男は脚が折れ曲がった結果動けなくなっていた。

 既に片腕が潰されているのと相まって、もうコレ以上暴れることはできないだろう。


 膂力を脚力に活かせないのは、無理やり身体能力を強化しているからにほかならない。

 あまり無理にスピードを出すと、脚が持たずに自壊してしまうのだろう。

 結果、不意打ちでしか人を殺せないいびつな怪物が生まれるわけだが。

 どちらにせよ、ろくでもないことには変わりない。



「……大丈夫?」



 ふと、声がする。

 振り返るとそこには、黒金のラティアが立っていた。


「一人か?」

「パーティメンバーが何人かいたけど、待機してもらった」


 ちょうど、黒金のメンバーがラティア含めて、何人かギルドにいたのだろう。

 それですぐに駆けつけられて、何かあっても対処が可能だろうラティアだけとんできた、と。

 ミウミにはギルドから連絡が行ったところだろうから、到着までにもう少し時間がかかるだろうな。


「こいつが、例の斥候を殺した犯人?」

「じゃないかな、とは思う。そうでなくとも、何らかの異変は発生してる」

「というと?」

「いきなり出現したんだ、何もないところから」


 その言葉に、ラティアは考え込む。

 決して俺の言葉を疑っているわけではないだろう。

 ただ、アレは実際目にしていなければ、中々受け入れがたい光景だ。


「……まぁいい、直接本人から聞き出せば言い」

「気をつけろよ、もう動けないから危険は少ないけど、腕の膂力は変わってないだろうからな」

「解ってる」


 男は、なんとかその場から逃げ出そうとしていた。

 俺一人ならともかく、ラティアまで相手にするのは無理だと考えたのだろう。

 とはいえ、地べたを這いつくばるだけでは、逃げるも何も無いのだが。


「あなた、何者?」

「みれば……みればわかるだろ! 俺は冒険者だ!」

「なぜこんなことをした?」

「俺はあいつを! 無能の荷物持ちを殺したかっただけだ! 殺してやりてぇくらい、憎んでるだけだ!!」


 ……殺してやりたいくらい、憎い。

 意外に聞こえるかも知れないが、そんなふうに言われたことは初めてだ。

 そもそも俺を侮蔑してくる連中は、俺を下に見ているから殺したいと思うことはない。

 攻撃していいと思っているから、攻撃しているに過ぎない。

 それが、殺意を抱くほどになるなんて。


「あなた、自分がおかしなことになってるって解ってる?」

「何いってんだおまえ! 俺はそいつを殺したいだけだ! 殺したいくらい憎んでるだけだ!!」


 そう言って、男は折れていない腕で俺を指差す。

 明らかに正気ではないやり取り。

 ラティアも、これ以上聞いても意味はないと判断したのか、聞き方を変えた。


「……あなたは、少し前にリクに絡んでいたところをロージに窘められたと聞いている。……その後、一体どこで何をしていたの?」

「その、後? その後は、ダンジョンに潜った。何でか知らねぇがギルドが俺にろくな依頼を出さなくなったが、ダンジョンに潜れるなら関係ねぇ、適当に稼いでやろうと思って……それから……」


 それから……と、男は何度か繰り返す。

 雲行きが怪しい。

 黒金はうまく聞き出したと思ったのだが、何か間違えたのか?


「それから……俺はどうしたんだ? ダンジョンで、おかしな影に襲われて、必死に逃げて、気付いたら夜の街で、誰かを……ころ、……して?」

「……! もっと詳しく聞かせろ、影に襲われた!? 気がついたら夜の街!?」

「あ、ああああああ、違う。違う違う違う! 俺は! 俺はあれは! あれはあれは! あああああああああああああ!」

「まずい!」


 黒金が、何かを察したように俺を引っ張って後ろに下がる。

 俺も奴の変化には気付いていたが、Bランク魔弾の効果が切れていたので黒金の厚意に預かった。


 直後。



「いやだああああああああああああああああああ!!」



 男は、突如として黒い闇に飲まれたかと思うと。

 弾け飛んで、消えた。

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