第34話 襲撃

 結局、斥候の男を殺した犯人については何も理解らなかった。

 明らかに普通ではないこと。

 俺達も含めて、そんな事できる人間には概ねアリバイがあったことが上げられる。

 具体的には俺、ミウミ、ラティア、ロージ。

 それから勇者ケイオだ。

 勇者は常に側近が見張っているし、俺とミウミは色々とあった。

 ロージは男性陣と夜通し呑んでいたので、その店に行けば証言が取れる。

 ラティアは、黒金パーティの女性陣が拠点にしている宿の裏で、素振りをしていたのを宿の女将さんが見ていたそうだ。


 ともあれ。

 解らないのであれば、その場にいる全員へ注意を促し解散するしかない。

 くれぐれも夜遅くに出歩いて、襲われないように。

 もっと言えば、下手な時間に出歩いて疑われないように。

 ただでさえ今は勇者パーティの件で面倒事が起きやすいのだから……と。


 まぁ、残念ながらその忠告は無駄になるのだけど。


 それは、俺が夕方に買い物を終えて家に帰ろうとしているときのことだった。

 食料品などを買い込んでいたのだ。

 これから夜は出かけない方が良いなら、家で食べれるようにしたほうがいい。

 というわけで、色々とアイテムボックスの中に備蓄していたわけなのだが。



 そいつは、突如として現れた。



 まさしく出現したと言ってもいい。

 そこは人通りの少ない街の通りだったが、決していないわけじゃない。

 俺の他にも、数人の通行人がいて。

 けれども、不思議とそいつの出現に気付いたのは俺だけだったらしい。


 何も無いところから、突如として現れたのだ。

 現れたのは、おそらく低ランクの冒険者。

 チンピラと言い換えても構わない、どこにでもいる普通の冒険者である。

 明らかに、その顔が正気を失っていなければ……の話だが。


「……ければ」

「一体どうなって……」

「おまえさえいなければ……」


 ぶつぶつと、何かをチンピラがつぶやき始める。

 そうしたことで、周りの人間も側に様子のおかしい人間がいると気付いたのか、驚いた様子で距離を取る。

 結果、空白が生まれた。

 そして、奴の視線は……俺に向いている。


「おまえさえいなければ、おまえさえいなければ……おまえさえいなければ! 無能の……荷物持ち!!」

「俺に……言っているのか?」


 ゆらりと、男は俺に近づいてくる。

 無能の荷物持ち、それは間違いなく俺を指す言葉だ。

 しかし、俺さえいなければというのはどういう意味か。

 疑問に思う間もなく……その足取りは勢いをました。

 こっちに突っ込んでくる!


「くそ……なんなんだよ!」


 おそらく、こいつが斥候の男を殺したんだろう。

 突如として出現したこと、明らかにやつの手が俺の首を捻り殺そうとしていることからそう判断する。

 いきなり不意をつかれたならともかく、手品が分かっていればそう簡単にその手は喰らわない。

 俺は男から距離を取りつつ、壁際まで下がる。

 結果、追い詰められた形になるが……ここはあくまで通路で、袋小路ではない。

 壁際まで追い詰められても、回避する余地はある。


「あんまり消費したくないんだが……!」


 俺はアイテムボックスから魔弾を取り出し、砕く。

 Bランク級の魔弾だ。

 途端、大幅に上昇した身体能力で、迫りくる男の手を回避した。


 これによって何が起こるか。

 男の手は、壁に

 ただ手を突き出しただけなのにこの威力。


「な、なんなんだこれ!?」

「一体どうなってるの!?」


 周囲がいよいよ危険を察知する。


「こいつは危険だ! 今すぐ逃げろ!」


 こうやって脅威を明確にしたほうが、避難を促しやすいと考えたのだ。

 目論見は成功し、通行人は散り散りに逃げていく。

 そのうち一人がギルドへ報告すると言って逃げていった。

 ありがたい話だ。

 これで、後はこいつの相手をするだけで済む。


「まぁ、これで沈んでくれれば話は早いんだが……な!」


 俺はそう言って、腕を壁に埋もれさせた男を蹴り飛ばす。

 無防備な状態から入った一撃、普通なら耐えられるはずもないのだが。

 ごろごろと転がった男は、やがてゆっくりと立ち上がった。


「……こいつ、ダメージを受けてもお構いなしか」


 見れば、俺がケリをいれた腕の部分が大きくねじれている。

 明らかに骨が木っ端微塵になる勢いだったのだが。

 これでも問題なく動けるあたり、やはりこいつは正気じゃないな。


「おまえのせいだ! おまえさえいなければ! 俺はこんなふうにならなくてすんだ! にもつもち! おまえさえ……おまえさえ!!」

「……だから何で、そんなに俺へ執着してるんだよ」


 言いながらも、思考を巡らせる。

 なんというか、どこかで見た覚えは確かにあった。

 こういうチンピラ冒険者は、全員似たような顔をしていて区別がつかないが。

 それでも、ここ最近でそれなりに印象に残る遭遇をしたような気がする。


「……もしかして、俺に絡んだのをロージに仲裁された奴か?」


 正直、勇者パーティの一件があったから完全に記憶から飛んでいたが。

 それでも、ここ最近直接俺に話しかけてくるチンピラはいなかったから思い出すことができた。

 とはいえ……


「わすれていた!? わすれていたのか!? 俺はお前のせいでこんなにも苦労しているのに! 苦労しているのに!!」


 向こうを怒らせるには十分だったようだ。

 いや、どう考えても逆恨みだけどな!

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