第25話 お疲れ様

「リク! お疲れ様!」


 通路を歩いていると、ミウミが俺の元へ駆け寄ってきた。

 こちらを見上げて、笑みを浮かべている。


「ああ、お疲れ様、ミウミ」

「アタシは何もしてないでしょっ。それに、アンタならあのくらいの相手、らくしょーじゃない」

「まぁ、実際楽勝だったけどな」


 その分、色々と消費するものはあったわけだが。

 それでも、勝利は勝利だ。

 これが絶対に負けてはならない戦いだった以上、俺はそれを受け入れるほかない。


「ふん、これで勇者もアタシ達にちょっかいかけてくることはないでしょ」

「……どうだろうな。アレだけミウミに執着している勇者が、そう簡単に諦めるとは思えない」

「う……それはそうなんでしょうけど、今は普通によろこばせてよ」

「悪いな。でも……」


 ふいに、気配を感じて振り返る。

 慌てた様子でこちらに向かって走ってくるのだ。

 もう、今にも死んでしまいそうなくらい怯えた様子で。


「はぁ……はぁ……くそ、なんで……! なんで!!」


 男は、そう言って俺達の横を通り過ぎていった。

 純粋に気が付かなかったのだろう。

 それくらい、男は狼狽していたのである。


「……いまのは、勇者パーティの側近?」

「実質、自分で考える能力のない勇者の操縦者ってところかな。勇者は潔癖すぎるから、普通なら判断はああいう側近がやるんだろうけど」

「勇者、連れてなかったわね」

「逃げ出したんだろうな」


 おそらく、周囲の観客が暴走したんだろう。

 さしずめあの側近に対して、勇者が弱かったから負けたとでも言い始めたか?

 あの男は、勇者の強さだけは信じているようだった。

 それが揺らいでしまったときに、攻撃を受けたら致し方ないだろう。

 まぁ、同情するつもりもないが。


「で、なんだったかしら?」

「ああ、勇者はまだ諦めないだろうけど、勇者パーティはもうボロボロだろうな、って話だ」

「それは……まぁ、そうなんでしょうね。実質、パーティの中核が逃げ出したってなったら……」

「四人のうち、シスターの少女は見た通りだとして。斥候の男はあの勇者パーティを企画した貴族派閥の人間だと思う、しばらくどろどろだろうな連中」


 いい気味よ、と鼻を鳴らすミウミ。

 まぁ実際、あの醜態をさらした側近を見ると色々と終わったのだなという感慨も湧いてくる。


「しかしそうなると、アレを見てた観客どもが調子づくかもしれないな」

「……どういうこと?」

「言い訳を、勇者になすりつけられたからだよ」


 確かにあの側近が逃げ出したのは胸がすくが、別の問題も発生する。

 観客たちが、俺は強くなかったと言い訳することに成功したからだ。

 そうなれば、また連中が俺を攻撃してくるかもしれない。


「何よそれ、ふざけてる!」

「まぁ、そうだな。しかし……」


 俺は、少し考え込む。



「その心配はなさそう」



 その時、不意に声をかけてくる人物がいた。


「ラティア! 来てくれたのね!」

「やほほ。リクもお疲れ様、すごかったね」

「ああ、出費は痛かったけどな」


 黒金のラティア。

 俺達をよく知る、Sランク冒険者。

 ミウミに軽い挨拶をした後、少し不満そうにこちらを見てくる。

 いきなりなんだ。


「でも、瞬殺過ぎて勇者の戦い方が参考にならなかった」

「アレは下手に時間かけるとまずかっただろ」

「戦い方が解れば、イメトレができた」

「バトルジャンキーめ……まぁいいや。心配はないってのは?」


 ラティアの文句は聞き流す。

 こいつはそういう奴だし、なによりお互い冗談で言っているだけだからな。

 なので、さくっと本題に入る。


「外から見てて……彼らは本気でリクに恐怖してた。いくら言い訳ができても内心の恐怖は拭えない。あいつらは、もうリクに絡まない」

「……そうなんだ、よかった」

「ミウミも見れば解ったのに、最後まで見届けずに行っちゃうんだから」

「そ、それだけ心配だったのよ!」


 さっきはあんだけ心配してないという様子だったのに。

 ……と突っ込むと、拗ねられてしまうので黙っておく。

 ラティアと目が合うと、ラティアは肩をすくめていた。


「ちょっと……何考えてるかお見通しなんだからね!?」

「しまった、長い付き合いが仇に……」


 なんてじゃれ合いをしつつ、ラティアの言葉を振り返る。

 あいつらは、俺に恐怖していた。

 実際それは俺も感じていたが、効果の程は客観的な視点でないと解らないものだ。

 

 まぁ対人での戦いに詳しいラティアがそういうなら問題ないだろう。

 ああいう人の感情に対する嗅覚は、この中だとラティアが一番鋭い。


「それに……勇者も、手を出してくることはないと思う」

「勇者も? どういうこと?」

「あの一瞬……リクが勇者をふっとばした時。勇者には恐怖の感情が見えた。あれは、そばで見ていた観客よりもずっと濃いものだった」


 真剣な顔で、俺にそう告げるラティア。

 その言葉に間違いはないのだろう。


「はぁ……何にしても、これで一段落ね」

「そうだな……」

「ん、よかった。もしなにか困ったことがあったら、相談して」


 いいながら、ラティアはその場を後にする。


「あ、もう一度遊びに行く約束は忘れないでね!」

「わかってる」


 ちゃっかりと遊びの約束を取り付けるミウミを見ながら。

 俺達は、ようやく事態が落ち着いたことを悟るのだった。

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