第24話 騒然

 理解できないことがおきた。

 どうして勇者が一撃で気絶させられている?

 側近は、勇者に対してさほどの愛着もなかったが、勇者の実力だけは疑っていなかった。

 そうあるために育てられた強者だ。

 歪な精神性をしているのだから、その程度の取り柄がなければ……そう思っていた。


 そんな勇者が、あの無能の荷物持ちに瞬殺?

 あんなカスほどの魔力しかない無能が?

 ありえない、勇者があんなものに負けるわけがない。


 しかし現状はどうだ。

 勇者は意識を失い、彼が身にまとっていた鎧はボロボロだ。

 この鎧、勇者の一族に代々伝わる伝説の鎧だ。

 これを来ているだけで、どんな雑魚でも最低限勇者としての仕事ができると言われるほどの。

 それが、見るも無惨に。

 これでは果たして、修繕しても意味を為すかどうか。


 まとっていたのが、どうしようもない雑魚であればまだ納得はできる。

 相手がSランクの冒険者であれば、万が一にもそういうこともあるだろう。

 だが、結果はどうだ?

 側近にとっては、絶対的な強さだけは信頼できる存在だった勇者ケイオが。

 あの無能な荷物持ちに一方的にやられるなど。


 絶対にありえない。

 あってはならないのだ。

 荷物持ちは、どういうわけかありえないほどの魔力を身にまとっている。

 何かしらのからくりがあるのだろう。

 そうでなければ、勇者ケイオが敗北したりはしない。

 それが卑劣な手であれば、まだ弁明の余地はある。


「あ、ま……!」


 だから、立ち去ろうとする荷物持ちに声をかけた。

 しかし振り返った視線に、側近は思わずすくみ上がってしまう。

 アレはなんだ……? 恐ろしい目だ。

 信じられないほど、敵意に満ちた目をしている。

 それを向けられる事自体は自然なことだが、向けられて行動できるかは別の話。


 結局、荷物持ちはそのまま修練場を後にしてしまった。

 故に騒然とする観客と、気絶した勇者、そして側近だけが残される。


 側近はもはや頭が真っ白になっていた。

 ここからどう行動するのが正解だ?

 どうすれば、せめて自分の立場だけでも守ることができる?

 とりあえず、まずするべきことは勇者をここから連れ出すことだ。

 少しでも衆目にこの醜態を晒さないように。

 なんとか、最低限取り繕うことができるように。

 だが、



「……い、いまのは、勇者が弱かっただけなんじゃないか?」



 不意に、そんな言葉が聞こえた。

 思わず、側近の思考が完全に停止する。


「そ、そうだ……いくら荷物持ちがインチキをしたとしても、Sランク冒険者が遅れを取るはずがない。勇者が弱かったからとしか、考えられない……!」

「勇者なんて、所詮はよく理解らねぇ貴族のお飾りだ、強いわけがねぇ……!」


 それは、一種の逃避だっただろう。

 荷物持ちが強かった。

 結局、そう認識できない輩はこの場に半数以上いる。

 自分たちのプライドと認識を守るためにも、できるだけ荷物持ちが強いとは考えたくなかった。


 結果、勇者に矛先が向くのだ。

 せめて荷物持ちが強くないという理屈を立てるために。

 それは彼らが無意識にリクを恐れているということではある。

 だから、リクの狙いは概ね効いていた。

 ただ思わぬところに、飛び火しただけで。


 それで黙っていられないのが、勇者の側近だ。


「……黙れ黙れ黙れ! 平民ごときが勇者にそのような物言い! 無礼と切って捨てられても文句は言えないぞ!」


 途端、観客たちが静まり返る。

 自己防衛のために矛先を変えた結果、自分の首を絞めるなんて冗談じゃない。

 自分たちが外野だからと思っているからこそ、それは自然な反応だった。

 ただ、それでも。



「……でも、その勇者は荷物持ちに負けたじゃないか」



 観客の誰かが、ぽつりとそう零すことまでは止められなかった。

 結果、修練場の空気はさらに冷たくなる。

 まずいという感情が観客の中で共有される。

 だが、しかし。


「……」


 側近は、何も言い返すことができなかった。

 だってそうだろう? 事実なのだから。

 そして何より、側近がどんな人間よりも勇者の強さを疑っておらず。

 敗北したことに、ショックを受けているのだから。


「そ、そうだ! 勇者が弱かったから負けたんだ!」


 そうして沈黙してしまった側近を見て、観客は更に攻撃を続ける。

 もう彼らは冷静ではなく、ある種の熱狂というべき空気に支配されている。

 こうなってしまったら、彼らを止めることは不可能に近いだろう。

 なにより側近自身、彼らの言葉に気圧されていた。


「勇者が弱い!」

「勇者が弱かった!」

「荷物持ちが強かったわけじゃない!」


 詰め寄るように、その言葉を認めろと観客が側近を取り囲む。

 もう、彼らは自分たちが何を言っているかも解っていなかった。

 その言葉の意味も、口に出しているという事実がどのような結果をもたらすのかも。

 ただ、この時点では、彼らの言葉はあまりにも側近によく効いた。


「……ちがう! ちがうちがうちがう!」


 そう言って、彼は自分を取り囲む観客達をかき分ける。

 仮にも勇者の側近をしているだけあって、その動きを底辺冒険者でしかない観客が止められるはずもない。


「勇者は、弱くなどない……! 弱くなどないんだ……!!」


 だからこそ、側近はその場から逃げ出した。

 全ての責務を放棄して、それがどれだけ致命的な行為かも理解できず。

 かくして、この場に観客たちが攻撃できる相手はいなくなった。


 気絶した勇者はいるが、内心彼らはたとえ気絶していても、勇者と自分たちの間に絶対的な実力差があると解っている。

 だから、誰も勇者に手を出すこと無く、観客達は散り散りになり。



 後には、未だ気絶し無様を晒す、勇者だけが残された。

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