第23話 からくり

 吹き飛んだ勇者に、修練場は唖然とした空気が広がった。

 何がおきたのか解らない、というのもそうだが。

 そもそも想像もしていなかった光景が目の前に広がっていて、理解が追いつかないのだろう。


 勇者は気絶していた。

 もともと、殺さない程度の一撃で加減してふっとばした。

 あの鎧が非常に高性能なのもあって、万が一はないだろう。

 まぁ、その鎧事態はあれだけの衝撃を受けて無事でいられるかは解らないが。


「な、何が……」


 最前列で見ていた観客の、困惑した声が伝わってくる。

 俺は、ちらりとソチラを見た。


「ひっ……」


 目があった途端、すくみ上がったようにそいつは悲鳴を漏らす。

 こうしておけば、少なくともこいつは二度と俺に侮蔑の視線を投げないはずだ。

 ただでさえSランク級の魔力を使ったのだ。

 これくらいは元を取らなければならない。

 そう思いながら、俺は周囲を威圧していた。


「い、いまの……! あの荷物持ちがやったのか!?」

「理解らねぇ、けど勇者は倒れてて……」


 こうして勇者を瞬殺したことで、それを見ていた観客の思考は二つに分かれるだろう。

 俺に対して恐怖を抱くもの。

 今のはなにかのインチキだと考えるもの。

 後者では意味がない、可能な限り前者の人間を増やすのだ。

 そのためにも、俺は取り入れた魔弾の魔力を、わかりやすく周囲に見せつける。


「ちょ、ちょっとまて、なんだあの荷物持ちの魔力……! どう考えてもSランク並じゃねぇか……!」

「嘘だろ!? 魔力を抑えて隠す技術なんて存在しねぇし、する意味もねぇ。一体どうなってんだ!」


 やったこと事態は単純だ。

 魔力を身体に取り込んだだけ。

 そうすれば、俺はSランク冒険者並の魔力と、それによる身体能力を得ることができる。


 だが、それでは同じSランク並の魔力を持つ勇者を一撃で叩きのめした理由にはならない。

 そのからくりは、俺の魔力が極端に少ないという点にあった。


 基本的に、人間は体内の魔力を消費して身体強化を行う。

 消費した魔力に応じて、その強さは変わるのだ。

 ここでポイントになるのは、その上昇幅は魔力量が少ないほど高いということ。


 水の入ったコップを想像してみて欲しい。

 その水の量は体内の魔力量と考える。

 身体強化は、そんなコップの中に新たに水を加えるような行為だ。

 コップから水をこぼして、こぼした分だけ別の水が一時的に補充される。

 だから、体内の魔力というのは少ない方が身体強化に向いているのである。

 

 ただ、そもそも魔力量には限りがある。

 だから魔力量が低い場合、そもそも身体強化でコップを一杯にするほど魔力を消費できないのだ。

 しかし俺の場合は、外付けで魔力を体内に取り込むことができる。

 溜め込んだ魔力を全て身体強化に使ってしまえば、その効果は見ての通りというわけだ。


「終わったな」


 そう言って、俺はその場を後にする。

 観客達は、自然と俺に対して道を開けた。

 とりあえず、この瞬殺には意味があったようだ。


「あ、ま……!」


 ふと、勇者の側近が俺に待ったをかけようとする。

 だが視線を向ければ、言葉はそこで途切れ、続きはなかった。

 まぁ、ここで話しかけられても面倒なのでその方が助かるな。


 そうして、修練場を後にする時。

 俺はちらりとギルドの二階、個室になっている部分を見る。

 そこは普段から何かあったときに、ミウミが借りる個室だ。

 今日もそこから、俺の果たし合いを観戦していたはず。

 だが、ミウミの姿はなく、いたのは――


「……黒金か、ミウミはもう部屋を出たのかな」


 黒金のラティア。

 ミウミと並ぶ天才Sランク冒険者。

 この街における、対外的な最強の冒険者だ。


 しかし、言うまでもないが先ほどのアレを使えば、俺はミウミに完勝できる。

 油断していたとは言えSランク級の実力を持つ勇者が対応できない速度なのだ。

 それはラティアだって変わらない。

 この街で、真に最強の冒険者と言えるのは、実は俺だったりする。


 とはいえその実力は、滅多なことがなければ発揮されない。

 原因は、コストパフォーマンス。

 とにもかくにも燃費が悪い。

 先程のSランク級の魔力は、用意するのに数日かかるといった。

 数日ならすぐ用意できるじゃないか、と思わなくもない。


 だが、アレには欠点がある。

 効果時間だ。

 大量の魔力を一気に身体強化に変換することで、爆発的に俺は強くなる。

 だが、その効果時間はせいぜい数分。

 ある程度調整すれば一時間程度は戦えるが、それだと身体強化の出力が落ちる。


 今回のような一度限りの戦闘であれば問題ない。

 しかしダンジョン探索のような状況だと、何度も戦う必要が出てくる。

 それらに都度、低ランクとはいえ魔弾を使用していたら当然赤字だ。


「そう考えると……結局今回も、総合的にみれば赤字だよな」


 ただでさえ貴重なSランク級のマナを使ってしまった。

 これはとても痛い。

 だが、勇者が油断している間に勝負を決める方法はこれしかなかった。

 低ランクの強化で互角の戦いを演じたら、向こうも本気になっていただろうしな。


「まぁ、勝てただけヨシとするか」


 あまりヨシとは思えないけど。

 誰もいないギルドの通路で、俺はそんな事をぼやくのだった。

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