第22話 決着

 周囲の視線が俺に対する侮蔑で染まる中、俺と勇者は修練場で向かい合う。

 本来、この修練場は新人の冒険者が戦いを上位の冒険者から学ぶ場所だ。

 しかし今は、そんな冒険者はどこにもいない。

 もともとこの時間に、修練場を利用する新人冒険者が少ないというのもあるが。

 まぁ、この空気の中で修練を続ける度胸は、普通ないよな。

 そんな奴がいたら、できるだけお近づきになりたい。

 絶対大物になる。


 ともあれ、今は眼の前の勇者との果たし合いだ。

 はっきり言って、気乗りはしないが。

 挑発された以上やるしかない。


「出てきたぞ、荷物持ちだ」

「ようやくあいつが地べたに這いつくばるところが見れるんだな……」


 冒険者ってのは粗暴な連中の集まりだが、一つ気に入っていることがある。

 強さが正義であるという点だ。

 こんな事を言ってくる連中だが、俺に喧嘩を正面から売ることはない。

 灼華に目をつけられたくないという言い訳は通るだろうが、だったらミウミがいない時に声をかければいいのだ。

 先日の冒険者のように。


 まぁ、結果としてロージに窘められるという最悪のパターンを引いてしまったが。

 窘められたことで、冒険者としての居場所を失うのは同情の余地がある気がしないでもないが。

 俺に勝てる自信があるならそれを無視して正面から挑んでくればよかったのだ。

 それをしなかった時点で、あいつも他の冒険者と同レベルだ。


 何にせよ、今回の果たし合いで少しはこういう連中も大人しくなってくれればいいが。

 まぁしかし、たとえ大人しくなっても、一年……下手したら半年で元の木阿弥だよなぁ。

 とはいえそれを言っても仕方がない。

 少しでもこの果たし合いに利益を求めないとやってられないのだ。


 そうして俺は勇者と向かい合う。

 豪奢な鎧に、見るからに鍛え上げられた肉体。

 そうでなくとも、魔力量は黒金並だ。

 流石に才能の暴力とも言うべきミウミには敵わないが。

 それでも、Sランク冒険者と並ぶほどの魔力と、極端なまでに鍛え上げられた肉体は奴の実力を端的にあらわしている。


「……何か言うことはないのか?」


 向かい合ってから、少し。

 勇者は何も言わなかった。

 こちらを見下ろして、憮然とした態度でそこにいる。


「理解に苦しむな。そのことに一体何の意味がある?」

「なるほど、誤解していた。勇者っていうのは決闘前に挑発してこない程度の潔白さは持ち合わせているんだな」


 正直、こいつとこんな問答をする意味があるとは思えないが。

 それでも流石にこれから戦う相手が未だに理解のできない”怪物”であるという事実は得体がしれない。

 少しくらいは、人間性を垣間見せてくれてもいいと思うんだが。


「お前の言っていることが解らない。これが決闘? 何の冗談だ。側近も果たし合いと言っていたが、お前たちは何かおかしいんじゃないのか?」

「……それは、俺を侮蔑して言っているのか?」


 勇者からは、こちらを明らかに見下している雰囲気を感じる。

 だから、俺を侮蔑して、内心嘲笑しているのだとばかり思っていたが。


「これは教育だ。正しくないものを正す、勇者としての責務である」


 こいつは……なんだろう。

 あまりにも、人間性に違和感がある。

 こんなものが勇者?

 いや、今の勇者は勇者であることを求められるばかりに、ろくでもない教育を生まれたことから強制されると聞く。

 多少なりとも、人間性が歪んでいる事自体はおかしくない。


 だが、これではあまりにも……


 いや、今はそんなことは関係ない。

 俺は手にした剣を構える。

 刃が潰されている訓練用の剣だ。

 修練場で戦う場合は、かならずこういう剣を使うことになっている。

 結果として、本来の豪奢な……アレがあれば切り札を使わないミウミとだって渡り合えるほどの剣を使えないというハンデが勇者にはある。

 それでも、そもそもあの鎧はこんな訓練用の剣でダメージが入る代物ではない。

 何より俺と勇者の魔力量には差がありすぎる。

 普通に打ち合えば、単純な膂力だけで勇者は俺をミンチにしてしまうだろう。


 勇者は構えなかった。

 必要がないということだろう。

 そりゃそうだ、今の俺あいてに負ける要素なんてどこにもない。

 何より勇者は、自分が負ける想像なんて微塵もしていないのだから。


 ならしょうがない。

 多少なりとも戦闘になることを期待していそうな黒金あたりには悪いが。

 こうなってしまったら、結果は火を見るよりも明らかだ。


 俺は、アイテムボックスから魔弾を取り出す。

 作るのに数日はかかる貴重な魔弾。

 Sランク冒険者級の魔力を含んだ、俺にとっての切り札の一つ。

 魔力量からして、そのくらいの魔力があれば十分だろう。

 俺はそれを、取り出した瞬間に砕いた。


 だから、これを見ていた人間はそもそも俺が何を取り出したか理解できなかったはずだ。

 勇者ならその身体能力で察知できたかもしれないが、だからといって警戒する様子は見せなかった。

 そりゃそうだ、溜め込んだ魔力を開放して身体能力を上げるなんて芸当、ヤツの人生で見たことも聞いたこともなかっただろうから。


 俺にしかできない技術だ。

 少なくとも、俺の人生の中で同じことに成功した人間はいない。

 だからこそ対応できないのは当然で。

 仮に対応できても、その後の展開は予想できなかっただろう。


 俺が体内に取り込んだ魔力はSランク相当。

 量で言えば眼の前の勇者と殆ど変わらない。

 むしろ少ないくらい。

 普通、魔力量の差が同じなら、魔力によって強化できる身体能力もそう変わらない。

 もし俺が突如としてSランク冒険者級の魔力を手に入れたとしても。

 まさかそれで、だろう。


 魔力を取り込んだ俺は、踏み込んだ。

 たった一歩で、勇者の目と鼻の先まで。

 その動きに、勇者の視線が動いた。

 すごいな、俺が動いたことに気付けるなんて。

 流石に勇者として育てられたこともある。

 周りの冒険者達は、そもそも俺が動いたことにすら気付けていないのに。

 ああ、でも。


 結局最後まで、俺に対して剣を向けることはなかったな、勇者。



 直後、俺がふるった剣は勇者を軽々と吹き飛ばした。

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