第21話 黒金

「ったく、クソみたいな空気ね……」


 集まった観客と、その前に現れるリクと勇者。

 いよいよもって果たし合いは始まろうとしている。

 ミウミは、それを遠くから……修練場を一望できるギルド二階の個室から眺めていた。

 この個室はギルドがミウミに貸してくれたもので、申請して金を払えば誰でも使うことができる。

 それを借りたのは、階下の連中の前に姿を見せたくなかったからだ。

 下手に修練場で観戦したら、別の果たし合いが始まりかねない。


「絶対にあんな勇者もどきに負けるんじゃないわよ、リク……」


 ともあれ窓越しですら、リクの敗北する瞬間を期待する空気が伝わってくる。

 誰もが勇者の敗北を疑っていない。

 そりゃまぁ、あの魔力量の差を見ればそう思うのも無理はないだろうけれど。



「――彼、魔力量だけなら私以上」



 ふいに、声がした。

 元々、彼女が来たらこの個室の鍵を渡すようギルドには言ってあるので、驚きはない。

 そろそろ来る頃だろうとも思っていた。

 ちらりと視線を向ける、小柄……どころか、子供にしか見えない少女がそこにいた。


 黒い、ドレスのような衣服を身にまとった少女だ。

 胸当てがあることで、それが鎧なのだということを認識できる程度には、場末のギルドに場違いに見える衣服。

 透き通るような金髪、人形のような顔立ち。

 彼女をさして芸術品だと紹介しても、人々はそれを信じてしまうくらい、彼女は美しかった。

 彼女こそが――


「……来たのね、ラティア」


 黒金。

 この街で三人しかいないSランク冒険者の一人、黒金のラティアだ。


「来た。まだ始まってなかったみたい?」

「そうよ。これから始まるところ。他の皆は?」

「帰した。こんなことに、わざわざ付き合ってもらうのも悪い」


 落ち着いた、鈴のような声音だ。

 表情が動かないのもあって、人形めいた印象は拭えない。

 だが、別に無口というわけではなく。

 親しい人間相手には良く話す方だと、ミウミは知っている。


「それはアンタにも言えるんだけどね。別に、見に来る必要はなかったんじゃない?」

「一応、価値はある。形骸的になったとはいえ、勇者は勇者、リク相手にどう戦うかは参考になるから」


 それもそうか、と頷いた。

 ラティアは根っからの求道者だ。

 強さを求めて、士官しては戦う場がなくなるからと冒険者になったくらいには。

 常に強くなることだけを考えている。


「そんなラティアから見てどう? アタシには、あの勇者もどきが魔力量だけは馬鹿みたいにある奴にしか見えないんだけど」

「バカみたいな魔力量は、あなたの方だと思うけど」

「そういうのはいいの」

「むにう」


 ほっぺたをつねられながら、ラティアは勇者を観察した。

 身体は間違いなく鍛えられている、その動きに隙はない。

 言動はどうあれ、彼が勇者としての実力があるのは事実だ。


「勇者ケイオの一族は、勇者を育て上げるためだけに存在している。長年蓄積したノウハウは、一定の魔力量さえあればどんな人間でも最低限勇者の仕事を遂行できるようになるくらい人を育てることに特化している。……人間性は犠牲になるけど」

「具体的には? 平均的な魔力量の人間の場合」

「装備込で、ロージと互角」

「……そんなにか、どんな育成したらそこまでの化け物をつくれるのよ」


 化け物というのは、強さだけでなく人間性も含まれている。

 普通、才能のない人間が平均的Sランク冒険者並の強さになるには、人間性が犠牲になる。


「人間性が希薄なおかげで、何もしなければその人間は潔癖でいられる。一石二鳥」

「考えたくないことを、真顔で言うんじゃない」

「あうあう」


 ラティアのやたら柔らかいほっぺたをツンツンしながら、ミウミは考える。

 そんな育て方をすれば、あんな勇者も生まれてくるというものだ。


「で、あの魔力量なら、どう?」

「……切り札を使わないなら、私達より強いかも」

「はぁ? あんな最低な奴のくせに、強さだけは本物ってこと?」

「向こうの装備が、普通の冒険者である私達と比べて格段にいいから、しょうがない」


 今、勇者ケイオが身にまとっている鎧は、国宝級のものだ。

 Sランク冒険者になれば、その装備はマジックアイテムで固められている。

 だが、それでもなお天と地の差があるくらい、装備としてはあちらの方が上だ。


「でも、勇者は表面上の強さが求められるから、切り札を隠せない」

「まぁ魔物相手には切り札なんて隠す必要もないしね。つまり対人は苦手ってことか」

「比較的」


 つまり、総合的に見ればミウミとラティアは勇者より強い。

 ただ、それは全力を出した場合の話。


「……どっちにしろ、人前であいつと戦いたくないわね。ただでさえ切り札ってコストがかかるし」

「ん、そうだね。手札を晒すことにもなる」


 切り札は、隠しているから切り札なのだ。

 存在を知らないおかげで、彼女たちが話している裏で勇者の側近が勇者は彼女たちより強いと誤認しているように。


「その点、リクの切り札はこういう場でも使いやすい。アレは真似ができないから」

「コストって意味だと、私達以上に重いけどね」


 ともあれ、そんな事を話しているうちに、そろそろ果たし合いが始まるようだ。

 向かい合った二人が、少し話をしてから構えている。

 一体何を話たのだか知らないが、ミウミは自分が聞かないほうがいいことをよくよくい理解していた。

 だからこそ、こうして少し離れた場所にいるわけだし。


 それに、彼女たちもまた勝敗を疑ってはいなかった。

 だからこそ、こんなにも彼女たちは落ち着いているのだ。

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