第20話 前評判
その果たし合いを見物しに来た冒険者の多くは、期待していた。
あの灼華の荷物持ちが、勇者とかいう奴にボコボコにされる瞬間を。
彼らにとって、勇者とはおとぎ話の存在ですらない。
冒険者になる人間は、単純に冒険者へ憧れて冒険者になるか、他の選択肢がなかったかのどちらかだ。
自分の身一つでダンジョンに潜り、一攫千金を夢見ることのできる職業。
だが同時に、強さがなければ数日と経たずダンジョンの塵に変わる危険な生き方。
それが冒険者だ。
ゆえにこそ、普通の人間は冒険者になろうとは考えない。
魔力の保有量が高く、所有スキルが戦闘に向いている人間でも、冒険者になろうと考えるかは半々だ。
安定した職に就くのであれば、それこそ国に仕えたりする方法もある。
冒険者の中には、そういう職に就くための足掛けとして冒険者をしているものも多いから、なおさら進んで冒険者になろうという人間は少ない。
特に、冒険者になるしかなかった人間ならなおさらだ。
生まれや育ち、他にも魔力量が救いなかったりして他人から疎まれたりなど。
冒険者になる理由が前向きでない人間は多い。
他で働けないから、誰でもなることになる冒険者になった。
そんな人間が、果たしてSランク冒険者から愛情を向けられ、端から見れば情夫にしか見えない荷物持ちをしていて悪感情を抱かない者がいるだろうか。
嫉妬、憎悪、侮蔑。
普段からそういった感情を抱えている彼らにとって、リクは最も分かりやすい攻撃対象だ。
「これで勇者があの荷物持ちを叩きのめせば、奴の評判は地に落ちる」
「そもそも、これまで冒険者として面子を保てていたのがおかしかったんだ。どうしたあんな荷物持ちが、灼華の金魚のフンとはいえCランクまで上がれるんだ?」
彼らは口々にリクを罵倒していた。
この果たし合い、先に挑発したのは勇者の方だ。
それを受けて果たし合いを申し込んだのがリクの方。
冒険者の常識として、この時どちらが正しいということはない。
別に挑発をしても、それを直接聞いた人間が挑発の内容を不快に思う程度。
その挑発に応えないことのほうが、よっぽど問題だ。
だから、この果たし合いでリクが間違っているということはない。
だが、まだ正しいと決まったわけではない。
勝ったほうが正しいのが冒険者の流儀だ。
ただその場合、どう考えてもリクが勇者に勝てないというだけで。
ただそれだけの理由で、彼らはリクを攻撃していい存在として罵倒していた。
「ようやく、荷物持ちの化けの皮が剥がれる。灼華にあんな汚点、必要なかったんだ」
「おいおいそれだと、言っていることが勇者と一緒だぞ」
「知るか、俺は勇者が何を言ったかなんて聞いてない。それとも何か? お前あの荷物持ちに喧嘩売って負けでもしたのか? たまにいるよな、荷物持ちに喧嘩を売って負ける奴。冒険者として恥ずかしくないのか」
「恥ずかしいのはそっちだろ、装備を見た感じ冒険者ランクはDかそこらだろ? 荷物持ち以下じゃないか」
「何だと?」
場所によっては、そんな言い争いまで始まる始末。
ヘタをしたら、この果たし合いの横で別の果たし合いが始まりかねない。
勇者とリクの果たし合いには、冒険者の中でもとりわけ民度が低い連中が集まっていた。
無理もない、そもそも真面目な冒険者はこの時間帯、冒険にでかけているのだから。
もしくは、休暇を取ってギルド事態に来ていないか。
どちらにせよ、昼間のギルドにはもともとまともな人間が少ないのである。
「そういえば、これまでも何度かあの荷物持ちに別の冒険者が喧嘩を売ってたよな」
「大抵は灼華に見つかってボコボコにされてたけどな。それに最近は黒金パーティまであいつに肩入れしてやがる。こないだも蒼狼が仲裁しやがった」
その中で、比較的……あくまで比較的まともな冒険者は、見物の輪からはなれて冷静な会話をしていたりもする。
とはいえ、彼らもリクへ悪感情を抱いていることに変わりはないが。
「だが、そうじゃない時もあるだろう。実際、俺の知り合いにあいつに喧嘩を売って負けたせいで、冒険者を続けられなくなった奴もいる」
「そんな底辺の冒険者、そもそも知り合いに持つべきじゃないぞ?」
「どういう手品を使ったか解らない、という話をしているんだ。あんな魔力量の時点で、スキルも対して持ってないだろうに」
「灼華が後付スキルを貢いでるんじゃないか? 確かアイテムボックスは実際に貢いでただろ、持ったいねぇ」
だからこそ、リクは荷物持ちと呼ばれているわけだが。
ともあれ、リクはこれまで何度か冒険者に喧嘩を売られて勝利している。
だというのに、周囲の目は侮蔑から変わらない。
それだけ、リクを馬鹿にしていい空気はこのギルドで根強いのだ。
「お、どっちも来たぞ。そろそろ始まるみたいだ」
しかしそれも、今日で終わる。
勇者がリクに勝利すれば、リクは冒険者を続けられなくなる。
逆は万が一にもないだろうが、その場合でもリクを馬鹿にする空気は鳴りを潜めるだろう。
……まぁ、一時的なものだろうが。
それでも、間違いなく言える。
リクの敗北を期待する観客の前でリクが勝利すれば、彼らは黙るしかなくなるということが。
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