第19話 滅茶苦茶

「ああもう、ケイオ様。どうしてあんな挑発しちまったんですか!」


 勇者をなんとか、ギルドの目立たない場所に連れ出した側近は頭を抱えていた。

 朝、目を覚ましたら勇者がいなくなっていた。

 それだけでも大問題なのに、ようやく見つけたと思ったらこの始末。

 ただでさえ、先日の行動で勇者の周囲はピリピリしているというのに。

 果たして勇者ケイオは何を考えているのだ?

 理解できない側近は、率直にその答えを求めた。


「挑発? 何のことだ」

「……は?」


 対するケイオは、まるでその言葉の意味を理解できないようだった。

 思わず、問い返してしまうくらい、側近はその言葉を理解できなかった。

 目の前の存在が、自分が今まで見てきた勇者とは違う、人ではない何かに見えてしまうくらい。


「いや、勇者様が、あの荷物持ちの前で言ったことですよ。アレは冒険者に対する侮蔑……挑発にほかならない」

「そのような意図はない、私は勇者として正しいことを口にしただけだ」

「な、何を言って……」


 そこまでいいかけて、側近はふと理解する。

 勇者として育てられたケイオにとって、勇者らしい振る舞いは全て正しい行いだ。

 そして、どういうわけか彼の中ではあの荷物持ちを挑発することが正しい行いになってしまっているらしい。

 全く理解できない論理だが、もしケイオの中でそういう結論に達してしまった場合。

 ケイオはそれを挑発と認識できない。


 だってそもそも、ケイオは冒険者が面子を第一としていることを知らないのだ。

 普通ならああいう挑発を受けたら、多くの場合は「関わらないようにしよう」と思うのが当然の反応だ。

 あの荷物持ちは無能だが、それなりに分をわきまえているだろうから、間違いなく関わりを避けようとするだろう。

 しかし、冒険者として挑発された以上、その当然の反応は通じなくなる。

 彼は挑発に対して喧嘩を売らなければならなくなった。

 だが、それだって別におかしな反応ではない。

 ケイオが冒険者の常識を知らなければ、あの反応をおかしいと思わなくたって不思議じゃない。

 まぁ、あの荷物持ちには多少同情するが……


「とにかく、問題は果たし合いが終わった後です。またあの貴族の犬に文句を言われる……」

「それをどうにかするのは、勇者の仕事ではない」

「…………」


 頭を抱える側近に、ケイオはさらなる追撃をいれる。

 言っている事自体は事実だ。

 ケイオはこれまで勇者として潔癖でいるためにそういう雑務からは遠ざけられてきた。

 彼にとっては、それもあくまでコレまでと変わらない勇者として正しい行動なのだろう。

 側近も、それは解っているから反論はできなかった。


 勇者ケイオ。

 これまでケイオには、勇者として正しいことだけをさせてきた。

 だから、物理的にケイオは勇者に相応しい人間だ。

 人間と言い換えてもいい。

 だから、側近はそんなケイオを哀れに思ってきた。

 内心はどこかで見下して、煽てて調子に乗るところを道化を見るような目線で楽しんできたことは否めない。


 だが、幾らなんでもこれはおかしいだろう。

 ここ最近のケイオの行動が、どうして勇者として正しい行いになる?

 理解に苦しむ、まるで人の思考とは思えない。

 これまでも何度か感じているが、勇者ケイオは仮にも勇者として認められる程度には潔癖だったのだ。

 恋というのは、それだけ人を歪めてしまうのだろうか。

 とはいえ、今からあの荷物持ちと行う果たし合いに関しては特に言うことはない。


「とにかく、まずは果たし合いです。とはいえ、コレに関しては問題はない。強いて言うなら、変なことだけはしないでくださいよ」

「変なこと? 勇者が間違うはずがないだろう」

「ああそりゃそうでしたね……勇者として正しいことをしてるんだから、間違ったことなんてするはずもなし、ですか」


 側近が不安視しているのは、ケイオがミウミに執着するあまり、卑怯な手を使わないかということだ。

 一応、この果たし合い事態は正当とはいい難いが、言い訳のできないことではない。

 挑みかかってきた冒険者を倒しただけ。

 非常に苦しいが、そうやって事を収めるのが側近の仕事だ。

 勇者としてあるまじき行為さえ、ケイオが働かなければいいのである。


 だからこそ、側近は……そして勇者もまた、その可能性について考えたことはなかった。

 勇者ケイオが負けるという可能性。

 そりゃあ確かに、相手は無能の荷物持ち。

 側近だって問題なく勝利することができるだろう、と彼は考えている。


 だが、それに輪をかけて勇者が負けるとは思っていないのだ。

 何しろ、それこそ腐ってもケイオは勇者なのだから

 その実力だけは、側近も重々理解している。

 たとえ相手が灼華や黒金であろうとも、負けることはない。

 冒険者達は蒼狼までなら勝てるだろうと踏んでいたが、側近は勇者をそれよりも高く評価していた。


 だからこそ、考えすらしなかったのだ。

 仮にもSランク冒険者の灼華が、情夫とはいえ無能の荷物持ち――と彼らが考えている――存在を、パーティにどうして加えるのだろうかということを。

 彼が”灼華”ミウミのパートナーであるという事実を。

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