第18話 大損
「それで、その挑発を受けちゃったわけ?」
「ああ言われたら、冒険者なら受けざるを得ないのは、ミウミだって解ってるだろ?」
俺達は、ギルドの人気のない通路で会話をしていた。
アレだけ目立った後に、あの場所で話をするのは無理だ。
普段でさえミウミが目立つというのに、今回は俺だって渦中の人なんだから。
ギルドは広い、あまり人が通らないような通路もある。
踏み入った話をしているが、別に聞かれてこまることではない。
ようは周りに人がいなければいいのだ。
多少通路を通る人がいるので、こちらを見てくるがとどまったり絡んでくることはない。
「それはそれ、これはこれよ! ああもう腹立つ! どうしてあの場にアタシがいられなかったのかしら!」
「いたらもっと大問題になってただろ。俺が相手だったから、周りも侮って静観してるんだ」
「うううううう! いなかったからこそ、暴れられないのが問題なのよ! このむかつきはどこで発散すればいいの!?」
頭を抱えながら、だんだんと地団駄を踏む。
こういうところは昔から変わらない、子供っぽいといえばそのとおりだが、その怒りを他人へ簡単に向けない理性は育っている。
昔だったら、間違いなく今すぐにでも勇者に飛びかかっていただろうからな。
「っていうか、ミウミの方はいいのか? 休暇だったんだろ」
「ギルドの方から、通信で連絡が来てすっ飛んできたのよ。流石に勇者に絡まれたっていうのにショッピング楽しんでる場合じゃないでしょ」
まぁ、別に今日休まなくちゃ行けないわけではない。
黒金も俺達も、余裕のあるパーティだ。
別の日を休暇に当てればいいだけ……なのだが。
どっちにしろ、今日の休日は台無しだ。
ミウミが不機嫌なのはそこも間違いなくあるだろう。
「はぁ……ほんっとうに、あいつらが街にやってきてからいいことが何も無い」
ミウミは零す。
勇者パーティに絡まれてからこっち、面倒事ばかりおきている。
俺が絡まれてロージに仲裁されたのもそうだし、今日のことだってそう。
もっと言えば、ここ最近は俺達のことを不躾に見てくる野次馬めいた奴らが多い。
衆目に晒されるというのは、良くも悪くも人の目を集める。
そして、その大半はどちらかといえばマイナスな感情を向けてくるのだ。
有り体に言って――
「大損よ! あいつらから、アタシたちは損しか受け取ってないのよ!? 今日だって……黒金の皆と集まれる休日がどれだけ貴重か……」
「黒金本人もいたんだろ? レアだよな」
「あの子を引っ張り出すのに、どれだけ時間がかかったと思ってるのよ! 普段から、休日は鍛錬が最優先みたいな子なのに……」
今日みたいな、大きな仕事の後のお祝いみたいな理由を付けないと、黒金は周囲の誘いを受けない。
ストイックな冒険者なのだ。
求道者、と言い換えてもいいかもしれない。
何せ、士官とかしたら雑務に時間を取られてしまうという理由で、いいところのお嬢様なのに家を飛び出して冒険者をしてるくらいだからな。
ともあれ、ミウミはとても機嫌を損ねている。
そんな彼女を慰めるには、色々と手間がかかる。
が、そうやって手間をかけてミウミの機嫌を治すと、とびきりの笑顔を浮かべてくれるからな。
報酬としては十分だ。
少なくとも、ミウミの機嫌を取ることと、勇者の面倒に巻き込まれることではあまりにも損得に天と地の差がある。
「確かに、俺達は現状、損しかしてないな」
「そうよそうよ! あいつ本当に許せない! 盛大にボコボコにしちゃっていいからね!」
ミウミは、俺の勝利を疑っていない。
自分でシュッシュッと効果音を付けながらシャドーボクシングを始めるくらいだ。
「だったら、考え方を変えよう」
「……どういうこと?」
「今回の事件で、得になることを考えるんだ。例えば……」
俺は、指を一本立てて例を上げる。
「ミウミたちの女子会は台無しになったわけだが、自分たちに責任はないだろ? だったら黒金だって、配慮はしてくれるはずだ」
「……そうね、色々落ち着いたら、また一緒に遊ぼうって言ってくれたわ」
「彼女の方から言ってくれたなら、確実に黒金は約束を守るだろ? だったら、今日の休暇は台無しにされたが、台無しにされるまでは休暇を満喫してたわけだ」
つまり、今日台無しになった分の休暇は、別の日に一日使って楽しむことができる。
そのうえで、今日の休暇だって数時間程度だが、邪魔されずに楽しめたわけだ。
トータルで考えると、その数時間分は得したことになる。
「……そういう考え方もできるわね」
「で、他にもある。勇者を俺が倒したら、どうなると思う?」
「…………すごいと思うわ?」
「そうだ、周りの連中は俺をすごいと思う。これまでの喧嘩は、せいぜい俺と同ランクの冒険者しか喧嘩を売ってこなかったからな。勇者くらいの相手を大勢の前で倒せる機会は貴重なんだ」
確かに今回は、色々と損になることが多かった。
けれど、この事態をなんとかしたらそれに応じたメリットは間違いなくある。
少なくとも、周りの俺に対する侮蔑の感情を黙らせることはできるだろう。
まぁ、勇者に勝利できれば……の話だが。
「……いいわね、それ」
だが、俺もミウミもそれ事態は一切疑っていない。
ミウミの顔に、いつもの不敵な笑みが戻った。
「絶対に勝ちなさい! 瞬殺よ瞬殺!」
かくして、俺はミウミの笑みという報酬を得ることができたわけだ。
これも、損の中で得られた報酬の一つだな。
まぁ、今回はそもそもミウミの機嫌を損ねてるのが俺じゃなかった時点で、機嫌を取ることはあまりにもイージーモードなんだが。
これが、俺のせいで機嫌を損ねたミウミだったら……考えたくもないな。
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