第13話 ニセモノの勇者
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男は勇者となるべく育てられた。
彼の生活は、朝起きる時間から、寝る時間まで。
すべてが規則によって定まっていた。
それはさながら機械の歯車のように。
男の性格は、勇者となるべく定められていた。
清廉であるために、正しいことだけを口にするよう育てられた。
口にできない時は、人間として扱われなかった。
潔白であるために、あらゆる娯楽に触れることを禁じられた。
もしも娯楽に興味を持ったら、即座に罰が与えられた。
そうして出来上がったのが、勇者ケイオだ。
誰もが、勇者として育った彼を、勇者だと褒め称えた。
勇者であるよう振る舞うと、人として認められる。
それを反射のように覚えさせられた結果、彼はただ彼にとっての勇者らしい行動を取る機械になった。
仮に、そんな男の前に烈火のごとく可憐で、誰よりも自由を謳歌する少女が現れたとしよう。
それまで、彼は女性というものを意識したことがなかった。
女性にうつつを抜かすのは勇者として正しい行為ではないし、そもそも彼の周囲に女性はいない。
勇者パーティに加わった神官は、そもそも女性である前に神官だ。
神官は神の使徒であり、女性として意識することは勇者として取るべき行動ではない。
だが、眼の前の少女は違う。
平民の、Sランク冒険者だ。
勇者は普通の平民でも実力を認めれば、パーティに加える。
彼女をスカウトすることは、間違いなく彼にとって勇者らしい行動である。
何より彼女は、どこまでも強い意志を瞳に秘めていた。
「強靭な精神と、正しき道を進む覚悟を持つ者」こそが勇者として相応しいのだという。
どういうわけか勇者ケイオは、彼女のことを一目でそう感じた。
否、そう決めつけた。
「Sランク冒険者、ミウミ。勇者パーティに加われ」
だから、そう彼女に伝えた。
答えは――
「勇者パーティにアタシだけ加われって? お断りよ!」
拒絶だった。
理解できなかった。
何より理解できなかったのは、これまで散々勇者らしい行動を取るよう強制してきた側近が、ケイオの行動を咎めたことだった。
なぜだ? ケイオの行動は正しい。
勇者パーティに、勇者に相応しい市井の仲間を加える。
それこそが勇者パーティの伝統だと教えたのは側近の男だったはずだ。
勇者ケイオの人生で。
拒絶されること。
正しいはずのことが正しいとされないこと。
それは、初めての出来事だったのだ。
だが、それ以前に。
勇者ケイオが意識すらしていないことがあった。
「いい? アタシはパーティを組んでるの、こいつと……リクと! 二人で! アタシ達は二人で一人、どっちかだけが勇者パーティに加わることなんてあり得ない」
そう言われて、初めてケイオは気がついた。
ミウミの隣には、誰かがいる。
印象に残らない、地味な男だ。
なぜそこにいるのかすら、ケイオには理解できなかった。
何せ男には魔力がない。
異常なことだ、そういう人間が存在すること事態はありえないことではないのだが、ケイオはそもそもそんな事情を教えられてこなかった。
勇者には必要ない知識だから、と。
そして自分が知らないということは、勇者にとって彼は必要のない存在なのだ。
だから聞いた。
「どうしてそいつに配慮する必要があるんだ?」
純粋な疑問だったのだ。
他意なんてない。
そもそもケイオは男を人間として認識していないのだから当然のこと。
そして勇者は、その発言で周囲が凍りついたことも理解できない。
ああでもしかし。
前に、勇者として冒険者ギルドにやってきた時、小耳に挟んだことがある。
こういったSランク冒険者の後ろにいる、役に立たない存在をこう呼ぶのだったか。
周りが疑問に答えないのなら、その答えを自分で判断し口にする。
勇者として当然と教え込まれたことだった。
「その男は荷物持ちだろう、勇者パーティには必要無いじゃないか」
――結果、どういうわけかミウミは憤慨してその場を立ち去った。
本当に、最後まで男のことは理解できないまま。
だが、二人が立ち去る時。
ミウミは視線だけでリクに促し、リクはミウミのそれを言葉無く理解した。
そのことが、どうしてか勇者の心の底で引っかかる。
感じたことのない感情。
知らない感情だ。
だが、その感情を反芻するたびに、どうしてか勇者の中でありえない何かが沈殿していく。
勇者として育てられた男は、その感情を知らなかった。
勇者として育てられた男は、その感情を処理できなかった。
――それは嫉妬というのだ、人のエゴで造られたニセモノの勇者よ。
何かがその感情を、ニセモノの勇者の中で告げた時。
勇者の中で執着は爆発した。
あの男は、邪魔だ。
必要無い、俺の
排除しなければ、排除しなければ、あの男は、必要無い。
そんな感情が、常に勇者を支配し始める。
悲しいかな、それを勇者は理解できなかった。
そもそも、正しくない感情を持たないよう育てられた存在。
そもそも、“それ”は勇者に存在を気取られないようにしている。
だから、勇者はそれに誘導されただけ。
しかし、それでも、だとしても。
勇者が“彼女”に抱いた、歪な劣情は。
確かにニセモノの勇者の、過ちであった。
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