第12話 比翼連理

 1



 ミウミにとって、幼い頃のリクは自由の象徴だった。

 二人でいれば何でもできる。

 心の底からそう信じられる相手。

 だからこそリクがいなくなった時、ミウミは自分の足場がなくなったように感じられたのだ。


 元々、周囲の空気がおかしくなっていることは感じていた。

 でも、ミウミはそれが最悪な事態を招くとは思っていなかったのだ。

 心のどこかで、昔と変わらない平和な日常がこれからも続いていくと信じていた。


 けれどもリクは捨てられて、ミウミの生活は元に戻ることは永遠になくなった。

 そうなった時、ひとしきり泣いた後にミウミは考える。

 返さなくては、と。

 ミウミにとって、リクという自由の象徴は“自信の源“だった。

 リクがいるから頑張れる、リクと一緒だから努力ができる。

 そう、信じていた。


 だから捨てられたリクを追いかけてミウミは村を出た。

 そして、彼を見かけて、

 信じられないものを見た。


 リクは、うずくまって泣いていた。


 子供なのだから、不自然なことは何もないのだが。

 それでも、ミウミはそれを最初信じられなかった。

 リクは、ずっと強い人だと思っていたから。

 だから考えたのだ。


 返さなくては。


「違う!」


 そうじゃない。

 彼らの言葉は正しくない。


「リクは無能なんかじゃない! 役立たずなんかじゃない!」


 気がつけば、ミウミは口にしていた。

 それまで、言葉にしていなかったことを。

 心の底で思っていながら、秘めたままにしていた思いを。


「それはあんた達がリクを知らないだけ! リクは凄いやつだし、アタシはリクのことを信じてる!」


 リクは、そんなミウミの言葉を驚いた様子で聞いていた。

 そこにミウミがいることにも、驚いている。

 ありえないことが起きたのだと、瞳が語っていた。


「リク! ねぇ、あんたは凄い奴なの、あんな奴ら見返してやれるくらい凄くて、かっこいいの! だから、諦めないでよ! アタシは諦めないあんたを信じてる」


 それを、リクは信じられないようだった。

 無理もない、頑張れない状況で頑張ったって、努力できる人間はいない。


「あんたが頑張れないなら、アタシが隣で一緒に頑張る。あんたが頑張れるように応援する。アタシはあんたと一緒なら、なんだってできる」


 もう彼は、この場からいなくなってしまいたいくらい弱っている。

 言葉を尽くしても、それでも彼が立ち上がれないなら。

 ミウミは、最初からそうすると決めていた。


「……それでも、頑張れないならいいよ? あんたが頑張れないのは仕方がないこと。だから、あんたが頑張れずに逃げることを選ぶなら」


 そうだ、だから彼女があの村を飛び出した時。


「アタシはあんたと、どこまでだって、逃げてやる。たとえそれが、死後の世界だったとしても」


 ミウミは、そうすると決めていたのだ。



 2



 それから、ミウミとリクは世界を放浪し始めた。

 村を捨てた二人を待っていたのは、厳しい現実。

 子供二人で生きていくには、あまりにも世界は辛かった。

 特にリクはスキルも持たず魔力だって少ない。

 悪意は、何度だって向けられた。


 だが、不思議なことにリクはあの日以来なくことはなかった。

 どころか、そんな悪意に強い意志で立ち向かった。

 やがて魔力を弾にする技術を手に入れ、ミウミを助ける支援者バッファーとしての力を手に入れる。


 冒険者としてミウミは少しずつ強くなり、リクもまた強くなっていく。

 二人は少しずつ前に進んでいって、少しずつ大人になっていった。

 最終的に今の街で安定した立場を手に入れて。

 黒金という、協力者も見つけることができた。


 今のミウミとリクは、かつて信じた自由を手に入れている。

 リクを侮蔑する人はもうほとんどいない。

 ミウミは、Sランク冒険者としての名声を手に入れた。

 もう、あの村に戻ることもないだろう。


 しかしそれでも、ミウミは時折不安になることがあるのだ。

 今の自分たちはかつての信じた無限の可能性を、手に入れることができているだろうか、と。


 強くなったことで柵も増えた。

 勇者パーティのスカウトなんて、その筆頭みたいなものだろう。

 そして勇者パーティは、さらに行動を起こす可能性がある。

 ミウミが強くなって、自由を守れるようにならなければ起きなかった問題。

 それが、こうして起きている。


 何が正しくて、何が間違っているのだろう。

 流石に、あの村の人々が正しいなんてことはないだろうが、今の自分たちが正しいという保証もない。

 それは、進んでいかなければ答えが出ないものなのだから。


 だが、一つだけ変わらないことがある。

 これまでも、これからも、ずっと。


「……リク」


 思索から、意識を眠りにつくリクへと戻す。

 眠りについたまま、穏やかな寝息を立てる彼へ。



「愛してるわよ、リク。ずっとずっと、これからも」



 最愛の彼へ、声をかけるのだ。


 夜は更けていく。

 空には月が浮かんでいて、かつてのようにミウミとリクを照らす。

 たとえ世界がリクを拒絶しようと、ミウミはリクを守る。

 二人は、どこまでも進んでいく。

 たとえ、その先が地獄であろうとも。

 絶対に、二人が離れることはない。

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