第10話 その夜

 1



 結局、ダークアイアンブルを全部アイテムボックスに詰めるのに二時間くらいかかった。

 凄まじい量のダークアイアンブルが沸いていたせいで、詰めても詰めても終わらないのだ。

 最終的に、いくつかは黒金の人たちがダンジョンの外に運び込むことで解決した。

 アイテムボックスに詰めるのが一番大変なクエストって、俺は初めての経験だぞ。


 まぁ最終的にはうまく行ったので、後はこれをギルドに売り渡せばいい。

 ただ、一度に売っても向こうが処理しきれない。

 ある程度時間をわけで、何度か売っていく必要がある。

 アイテムボックスに入れておけば傷まないので、そういう売り方もできるわけだ。


「いやぁ、ほんとアイテムボックス様様だよ、リク」

「俺の能力に相性がいいのもあるが、これがあるだけでできる仕事も、稼げる仕事も全然違うからな……」


 アイテムボックス付与の魔導書によって、これはこのスキルを後天的に手に入れた。

 下手をすると、この魔導書は国を傾けるほどの値段になる。

 それだけの価値はあったと、確信できる程には有用だけどな。


 で、ダークアイアンブルの依頼は終わった。

 今日一日で今年の稼いだ分と同じくらい稼げてしまったが、一日は終わらない。

 俺とミウミは、自宅へと帰ってきた。

 俺たちは、二人で同じ部屋を借りて住んでいる。


 夕食だの風呂だのを済ませて、俺は自室で作業に入る。

 何をするかといえば、貯めた魔力を塊にする作業だ。

 基本的に、俺は暇があれば一日中体内で魔力を固めている。

 人一人に入る魔力の許容量は大きい。

 魔力がミソッカスな俺が、多少蓄えた程度では埋まりきらない程度には。


 アイテムボックスが無い頃は、俺の体の中が魔力の保管庫だったんだよな。

 アイテムボックスと比べるとあまり詰め込めないから、大変だった。

 まぁその頃は毎日依頼を受けて、なんとかその日の生活費をその日のうちに稼ぐサイクルだったから、魔力を溜め込むなんてそうそうできなかったけど。


 今の生活が安定したのは、俺がアイテムボックスを手に入れてミウミがSランク冒険者になった頃だ。

 その頃にはミウミの知名度もあって、俺にちょっかいをかけてくる冒険者も減った。

 一人でギルドに通えるようになったのだ。

 ここまで、長い時間をかけてきた。

 本当に色々なことがあったが、今では自分たちで部屋を借りて、落ち着いた時間を過ごせるまでになった。

 こんな時間がずっと続けばいいと思いながら、俺は魔力を弾にしてアイテムボックスへと詰め込んでいった。



 2



「リク、起きてる?」


 ミウミは、リクが一向に作業部屋から出てこないので、心配になって部屋を覗いた。

 こう言う時、彼は大抵作業に集中しているか、疲れで寝落ちしていることがほとんどだ。

 作業部屋は、窓をカーテンで覆い光が入らないようになっている。

 魔導灯を照らさなければ、中のリクがどうしているかも見通せないほどくらい。


 魔弾を生成する作業は、かなりの集中力を有する。

 こうした方が集中できると言うことで、明かりが入って来ない作業部屋を設けているわけだが。

 側から見ている分にはこういう部屋はなんとなく不安になってくる。

 まるで、リクの心の底を見ているようなのだ。


「……寝てる、かしら」


 反応はない。

 だが、呼吸音は聞こえる。

 集中している時は、呼吸が入り口まで聞こえて来ないので、こう言う時は寝ている可能性が高い。

 音を立てないよう中にはいる。

 炎操作のスキルで小さな火種を作ると、部屋の中をそれで照らす。

 リクは、机に突っ伏して眠っていた。


「……分かってても、心臓に悪いわ、ほんと」


 ほっと一息。

 この部屋には眠くなった時用のベッドが用意されている。

 何もしない時は、作業が終わったらそのままここで寝ることも多いので、実質ここがリクの寝室でもあった。

 それにしても……とリクの寝顔を見ながらミウミは考える。


「よく寝てるわね……安心した顔」


 よかった、と思う。

 この間の勇者の件で、リクが過去を思い出していないか心配だったのだ。

 そういうところをほとんど見せないリクだけど、だからこそ何も感じていないのか、抱えているのかは分かりにくい。

 今でこそ何も感じていないことの方が多いのだろうけど、昔はそれなりに抱えているものがあったことをミウミは知っている。


「ねぇ、リク。アタシはね……小さいころ、あんたとなら何でもできると思ってた」


 ミウミは、机に体重を預けながらリクの頭を撫でる。

 このままリクをベッドに運んでもいいが、彼は少しすれば目を覚ましてベッドに向かうだろう。

 一度寝落ちしてしまった後に、また作業を再開することはない。

 だから今は、この寝顔を堪能することにした。


「あの頃から、アタシもリクも変わった。多分、これからも変わってく。今回のことだって、そう」


 それは、誰に向けた言葉でもない。

 リクはもとより寝ているし、自分に言い聞かせるにしても、答えは分かり切っているからだ。


「だからリク。あんたの中のアタシは、今もまだあんたにとって何でもできる、アタシのままかしら」


 答えるものはいない。

 言葉は、闇世の中へと消えていった。

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