第3話 異常な執着

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 勇者パーティ。

 国の貴族の意向で結成された今回のパーティは、元々はそこまで必要性のあるものではなかった。

 というのも、勇者パーティが結成された国……どころか、その国がある大陸は現在非常に安定している。

 裏では何やらきな臭い動きがあるものの、現状は平和な時代だと言える。


 むしろ、勇者パーティはそんなきな臭い動きの一つだ。

 背景として、今回の勇者パーティは国の最有力派閥が企画したものではない。

 その対抗派閥のゴリ押しによって企画されたものだ。


 勇者パーティの目的は、国を巡ってその存在を国中へ知らしめること。

 ぶっちゃけてしまえば、対抗派閥の権勢を強めるためのものだった。

 だから、その立場は勇者という肩書き以上に脆い。


「……ほんと、どうしちまったんですかね、ケイオ様は」

「わからない……あんな無茶な勧誘をする方ではなかったのだが」


 パーティの斥候を務める軽薄そうな男が、苦々しい顔で側近である魔術師に問う。

 対する側近も、こんなことは初めてだと首を傾げるばかりだ。


 現在、勇者パーティは荒れていた。

 先ほどのSランク冒険者ミウミに対する無茶な勧誘。

 それは、彼らにとっても間違いなく痛手となっていたのだ。

 原因は、勇者ケイオの無茶な勧誘。

 本来なら、あのような勧誘をする予定はなかったのだ。

 事前にある程度伺いを立てて、根回しをしてから交渉をするのが普通だ。

 貴族というのは、そういうものなのだから。


 それが、突然ケイオはミウミを仲間にすると言い出し、止める間もなく彼女に話しかけてしまった。

 これで彼女を挑発する……もっといえば、仲間であるリクを軽んじなければ、向こうだって断るにしても正面から断ることはなかっただろうが。


「清廉潔白、あんたがケイオ様を表するときに使った言葉ですよ?」

「間違いなく、ケイオ様は潔白なお方だ。あのような方ではなかったはずなのだ……」


 勇者ケイオ。

 その出自は、とある貴族の次男坊だ。

 騎士を輩出するその家系は、常に厳しい教育のもと“正しい“人間を育てている。

 貴族としては融通が効かず、何かと冷遇されがちな家系だが、こういった「正しい」とされることをする上では強い。

 ケイオも、その例にもれない真面目な堅物だった……はずだ。

 少なくとも側近は、あんな行動を取るとは思いもしなかった。


「そもそも、あんな荷物持ち、気にかける必要すらなかったでしょうに。それをむざむざ必要ないなんていうから、向こうの怒りを買って」

「そういうな。いかに荷物持ちとはいっても、彼女にとっては情夫のようなもの、否定すればああなるのは当然だ」


 とはいえ、ケイオの行動を咎める斥候と側近も、リクに対しては似たような認識なのだが。

 そもそもそれ自体は無理からぬものだ。

 何せリクは側から見てもカスほどの魔力しか持っていない。

 結果として、そういう考えが表情に出ずとも透けて見えることが、ミウミにとっては許せないことなのだが。

 まず、前提として交渉の芽はなかったということに関しては、彼らはそもそも気づいていない。


「とにかく、これで他の冒険者をスカウトすることも難しくなった。どう責任を取るつもりですかね、勇者様は?」

「貴様、我々に責任を押し付けるつもりか!? そもそもケイオ様に勇者の話を持ちかけたのはそちらだろう!」

「ですがね、そもそも形式的なものでしかなかった勇者パーティが、暗雲立ち込めたのは勇者様のせいでしょうよ」


 この斥候、立場としては勇者パーティを企画した貴族派閥の人間だ。

 対する側近は、いうまでもなくケイオの側仕え。

 彼を世話するお目付役であった。

 これは、どちらに責任があるという話でもないが、だからこそ責任の押し付け合いが発生するのは自然なことだ。

 勇者パーティは、一枚岩ではない。


 なお、この場に勇者パーティに参加している最後の一人。

 シスター姿の少女はいない。

 彼女はまた、少し特殊な立場なのだ。

 少なくとも、貴族派閥の斥候と勇者派閥の側近の話し合いに割って入る存在ではない。

 ともあれ、責任のなすりつけ合いは紛糾した。

 結論が出るものではないのだ、どちらが折れるでもなく、今の現状をなんとかマイナスからゼロに戻す努力をしなくてはならない段階。

 自然と、二人はその話し合いが不毛だという結論に落ち着く。


「とにかく、幸いなのはこの街にとどまる理由がないってことです。ダンジョンの調査はすでに終わっている」

「ああ、噂が広まる前に、この街を離れるべきだ」


 勇者には、一応の仕事というものがある。

 かつて魔王は、世界中にダンジョンを作った。

 そこからは魔物と宝箱が常に溢れている。

 場合によっては、ダンジョンから魔物が溢れてくることもある。

 それを防ぐため、ダンジョンの最奥にある、ダンジョンを司るコアは定期的な点検が必要だった。

 その点検をするというのも、勇者の大事な仕事だ。


 ダンジョンは、魔物の素材と宝箱が人々に恵みを与えている。

 故にダンジョンのコアを破壊するという選択肢は人類にはない。

 そのため、ダンジョンを運営する義務が、国には存在する。

 勇者は、その義務を果たすための存在でもあった。


 すでに、そんなコアの調査は終わっている。

 問題なし、勇者ケイオはそう結論づけた。

 だからこれ以上、この街にいる理由はない。

 問題を起こした以上、少しでも早くこの街を出て問題をうやむやにするべきだ。


 そう、二人は話をまとめたのだが、



「それは、ダメだ」



 待ったをかけるものがいた。

 勇者ケイオその人だ。


「け、ケイオ様! 聞いてらっしゃったんですか!?」


 側近が叫ぶ。

 斥候は、まずいことになったな、と顔を顰めた。


「冒険者ミウミは、必ずパーティに加える。それまで、勇者パーティはこの地に滞在する。これはだ」


 勇者命令。

 勇者がパーティに対して使える、絶対命令権。

 人の命と尊厳に関わらないことであれば、この命令は何に対してよりも優先される。


 側近と、斥候は、アングリと口を開けた。

 勇者ケイオが乱心した。

 そう、理解してしまったのだ。


 結果として、事態は思わぬ方向へと進んでいく。

 勇者ケイオ。

 彼はかつて、勇者に相応しい清廉潔白さを持っていると評されていた。

 あんな蛮行に出ると思っていなかったから、側近もそれを止められなかったのだ。

 それが、しかし。


 彼が初めて抱いた“執着“という感情。

 そして、そんな執着を暴走させたとある“汚染“が、事態を悪化させていくのだった。

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