いただきます

レモン味の林檎

いい加減にして

「ねぇ聞いてくれる?私吸血鬼になっちゃったみたいなの。」

隣の席の叶芽さんが僕に向かってそう微笑んだ。正直何を言っているのか僕には分からない。吸血鬼なんて現実に存在するわけが無いのに。

「むぅ…その顔は信じてないな?ほら私の口見てよ。」

言われるがままに口を除くと鋭くて小さなキバが4本生えていた。

「昨日急に出来たの?」

「そうよ。夜寝れなくてたまたま鏡を覗いたらこうなってたの。」

「…よくわかんないや。」

「そこでね…一緒に心霊スポットに行かない?ほら…ガツンと衝撃がくれば治るかもだし!!1人じゃ怖いから…お願い。」

「うーん…しょうがないな。放課後行こうか。」

「ありがと!!じゃあそれまでに最高のお礼を考えとくね。」

そう言った叶芽さんは教室から出て行ってしまった。それにしても叶芽さんからお願いされるとは本当に思わなかった。おかげで今も心臓がドキドキする。

「初恋相手に話しかけられるだけでもこんなに胸がうるさくなるんだな…。」

それから僕はひたすら時計を見ていた。先生に怒られない程度に見てはずっと叶芽さんのことを考えていた。やがてチャイムが鳴り、ホームルームが終わると直ぐに僕と叶芽さんは下駄箱に向かって走った。

「早く早く!!お腹空いちゃったよ。」

「分かってるよ。ほら行こうか。」

急いで靴を履き替えまた走り出す。幸いにも心霊スポットのある場所は知っているところだったから足でまといにはならなかった。それから3分くらい走り続けた僕たちはついに心霊スポットに到着した。見た目はボロボロで小さい木造建築だから多分病院ではないだろう。

「ここは…元々家だったのか?」

「そうみたいだよね〜。ほら先行って!!」

トントンと両手で背中を押される。なんだか焦らされてる感覚だ。早速足を踏み入れるとギシギシと音がした。しかしそのまま適当に歩いているとそこは行き止まりの廊下だった。いや…柱の一部が倒れてるせいで通れないだけなのだが。とにかく叶芽さんに引き返してと言い、後ろを向くとそこには誰も居なかった。しばらく一直線の廊下が続くし、襖が開かないのは試した時にダメだったから隠れたわけじゃないはずだ。それに歩いたら音で分かるはず。

「叶芽さん!!叶芽さん!!大丈夫!?」

大きな声で必死に呼びかける。叶芽さんを見失ったことなんてなかったのにとても情けなかった。早歩きで何度も呼びかけても返事がない。その時だった。

「そんなに大声出してどうしたの?」

後ろから叶芽さんの声がした。

「これじゃあ君の方が怖がりじゃん。普段怖がってるのは私の方なのに。」

「よ…よかった。それじゃあもう帰る?」

「なんで?まだ何にも見てないじゃない。」

「そ…そっか。」

次第に心臓がまた騒ぎ出した。言われてみれば確かに幽霊みたいな謎の存在を見かけていない。でもそんなことより今は叶芽さんの表情が冷たいことが気になって仕方がなかった。目に光はないのに僕に微笑むその表情が今まで見たことないから。

「ねぇ…あなたでしょ?わたしのあとをついてきたのは。」

「…え?」

「あなたなんでしょ!!」

急に大きな声で怒鳴られる。急な出来事すぎて何も答えられない。とにかく口が動かないのだ。

「とうこうするときもかえりみちのときだって!!ずっと!!ずっーとアンタがみてた!!」

怖い。まるで僕の知らない叶芽さんのようだ。

「ずっとかくしておきたかったのに!!きゅうけつきなんてことしられたらきらわれちゃうう!!!」

そう言って僕を勢いよく押し倒す。勢いよく頭をぶつけられた僕はついやられた怒りに任せて叶芽さんを殴ってしまった。しまったと後悔する頃にはもう遅かった。ギロリと除くその目はまさに化け物だった。そして叶芽さんは僕を睨みながら口を開いた。




チクタクと時計の音が鳴る。しばらくして気づいたんだけど私はどうやら正気を失っていたらしい。残念ながらその間にあいつは倒れてしまった。いや…残念ではないか。本当はもっと時間をかけて完全に油断させてから私の餌にするつもりだった。なのに心霊スポットで予定をはやめてしまった。あの日…確かに私が開けようとした襖が開いたから、こっそり入った。そして目の前には好みと言ってもいい汚れた鏡があった。近くで見るために忍び足で近づいたら急にストーカーされていたことを思い出したのだ。私がコウモリを踏んで吸血鬼になってしまった帰り道のことも。でも今となればどうでもいい話だしむしろ鏡には感謝してる。あいつは私のことが好きだったみたいだし、好きな人のために役に立つのなら悲しいことにきっとあいつも喜べるだろう。



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