第2話
父と母は小学生時代までは家で仲良く過ごすこともあった。けれど、私が高校に上がる頃には何かがもう壊れていた。根本に母の父方の祖父母に対する抑圧があったのは疑いようもない。きっかけは何だったのだろう。私の視点からだけだが、それは食事にあった。
父は母の料理を食べなくなった。まずいとか薄いとか言って、出されても食べない。そのうち、自分の分は別で作るようにもなった。はじめは、私が太ったから「2週間ダイエットをさせる」と父が決めてからだった。私は小学校卒業まで細い方だった。けれど、思春期になり月経がはじまるようになると、ふっくらとしてきた。40キロを超えたとき、父は母私をデブといった。私はその言葉を鵜呑みにし、傷ついた。当時の身長は155センチ弱、今思うと決して重い方ではない。けれどそれまでスレンダーだった娘がふくよかになったことを両親は気にした。
そんな中、自分も体重が気になっていた父は「2週間ダイエット」を見つけてきた。簡単に言うとグレープフルーツと卵と赤身肉だけ食べるというもの。父はそれを強要した。はじめは物珍しさもあり、父の顔も立てて頑張ったが、痩せはしなかった。
その後も、父はグレープフルーツにこだわり続け、朝はグレープフルーツが定番になった。そして夕飯に対してもこまごまとうるさくなった。
それがきっかけだったのかはわからない。けれど、そこから少しずつ父は母の料理を拒否するようになった。出されても食べない。
食べれないわけでもなく、痩せるためを貫いているのでもない。なぜなら、父はよく私たちを外食には連れ出した。そしてそれはたいてい母を除いて。
嫌なら別れればいいのに、と思いつつも私は逃げるように高校に入り浸り、高校生活にだけ目を向けた。そして、大学に進学して絶対に家を出るのだと決めていた。
学歴偏重の父は私が進学するのには協力的だった。高校入試の時に、隣県の私立トップ校の受験を勧められ受かったのに親族の反対もあって、なし崩しに流され、滑り止めもなしに公立一本で受験させた負い目だろうか。いや、大学だって国立一本での受験であったのだから、国立なら進学を許そうということだったのだろう。なにはともあれ、無事国立大に入学し、私は晴れ晴れとした心で大学生活を始めた。
そんな夏が過ぎたころからだった。夜に祖母から電話がかかってくるようになったのは。
大好きな祖母からの電話だ。私はなるべく出るようにしていた。それが、友人の家に遊びに行っている時でも、明日がテストというときでも。それは短くても30分、長ければ1回2時間にもなった。延々と祖母は私に頼み込むのだ。
「もえちゃん、おねがいよ、お母さんとお父さんに仲良くするように言ってくれんね。」
祖母は電話口で言う。一緒に暮らしている妹にはかわいそうだから頼めないのだと。あなたが鎹になれと。母と父を取りなせと。
そして、母の所業や父の所業をこんこんと話してくるのだ。
大好きな祖母のお願いとはいえ、私は安易にわかったと安請け合いできなかった。父と母の実情を知っているし、別れる方がいいと思っていたくらいだ。それに物理的に帰ることはできない。私は私の生活だって大事だった。
だから、毎晩、祖母が満足するまで付き合った。祖母の愚痴を、願いを、「うんうんわかっているよ」と聞くだけしか私にはできなかったから。
母方の祖母からだけだった電話は、母方の祖父、そして父方の祖父母からもかかってくるようになった。正直、もう電源を切っておきたかったが、そうもいかない。でなければ何度も何度もかかってくる。父の姉からも電話はかかってくるようになった。
私は、母方の祖母と同じように、ただただ、電話に出て、聞くしかなかった。怒気を含んでいても、泣かれても。私は離れているから何を言ってもいいと思われたのかな。電話口で苦しさに涙を流しながら、うなずき続けるしかなかった。
友人たちは、電話がかかってくると、外に出て長いこと戻らない私をいつも温かく迎えてくれたのだけが救いだった。
父も、母も、妹も、私に親族ががんがんと電話をかけてきていたことを知らない。それが半年にも及ぶなんて知らないだろう。父も、母も、妹も、私は安穏として過ごしていたのだとさえ思っている。けれど、私は落ち着いて帰省できないくらい追い詰められていた。でも、帰省しろという圧力もあって正月は頑張って帰省した。勝手な期待の目が苦しかった。
母は祖父母の家に身を寄せ、その後、行方不明になった。その話も母方の祖父から聞いた気がするが、そのあたりから私は記憶がない。春が来て、離婚することを聞いた。
父から聞いた話は、ひどいものだった。
でも、私には祖父母から電話が来ていた。父の姉からも。
そして、母からも手紙が届いており、1年半ほど後になるが母とも会ったので、事実だけを語ろう。
母は、同僚と浮気した。浮気を疑っていた父は、浮気現場に母方の祖父を連れて踏み込んだ。父は、公務員にあるまじきことだと言い、母を追い詰め、母は仕事を辞めた。母は、居場所がなくなり、出ていった。
父はことさら母の浮気だけを取り上げて語ったが、母方の祖父に目撃させるよう仕向けたことなど、悪意が知れない。
でも、父は泣いた。父が泣くところは初めて見た。それがたとえ「思い通りに動かしたい愛」であっても、気持ちをあふれさせた父に寄り添った。
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