父と母は知らない、父と母の離婚物語。

@branch-point

第1話

政令指定都市もない、県庁所在地でもない田舎に、私は産まれた。「市」とはなっているが、緑も水も豊かで、夏は暑く冬は寒い四季折々の自然が美しい街だ。父方の祖父母は夫婦で小さく農業を営み、母方の祖父母は転勤族で転々とした後、定年前に子ども時代を過ごしたこの町に戻ってきた。

 

父と母は、公務員として出会い、20代半ばで結婚し、私が生まれた。父には姉がいて子どももいたが、そこは田舎、長男の初孫として私は内孫としてかわいがられた。しかし、母は「嫁の変わりはいる」と言われ、家政婦扱いされ、妊娠中も「妊婦は病気じゃない」と働かされた。給与も取り上げられ、自由にできるお金もなく、「妊娠中に果物が食べたくても買うことができず、実家の母に買ってもらった」という。こういう話が私からスラスラ出てくるのは、母がいつも私に対して愚痴っていたからだが、母に言わせると「私は一度も愚痴なんか言わないようにしていた」という。そりゃ、小さい頃には言わなかったのかもしれないが、大きくなって散々愚痴れば同じじゃないのだろうか。それよりももっと早くに我慢せずにブチ切れておけばよかったのになんて思うのは、親思いと真逆の発想だろう。


しかし、小さい頃から母親と父の実家がうまくいっていないことなんてわかりきっていた。母の態度は丸わかりだった。嫌々父の実家に行けば、炬燵にふて寝して出てこない。そもそも父の実家に行くのはたいていは父子だけでだったし、盆と正月の2回行っていたのは覚えている限り小学生になる前まで、小学校を卒業する前には正月でさえ母は父の実家に寄り付こうとはしなかった。


父の実家は車で20分ほどのところだったが、母の実家は車で3分、歩いても15分ほどの場所にあった。両親ともに公務員として働いており、はじめは父の実家に赤子である私を預けるつもりが父方の祖母の都合で、パートとして働いていた母方の祖母が仕事を辞め、世話をしてくれることになった。母方の祖母はとても子ども好きで、正真正銘の初孫である私をとてもかわいがった。


自分にも子どもができたとき、母たちはなぜ私を保育園に預けなかったのかとも思ったものだが、保育園は共働き世帯には痛い出費ではある。転勤族であった祖母は実家はずっと遠方であったので、時々仕事をしながらも一人で育てていたというのに。母は親に甘えるのが当然と思うような人であった。


毎日起きている時間の大半を祖母に相手してもらい、かわいがられては、祖母が好きになるのは当然だ。母は、実母である祖母が自分の言うとおりにしてくれず、孫である私にお菓子を買い与えたり、離乳食の具を小さくしたりするのが長年許せずにいたが、それをとがめる事ができようか。


それでも私にしてみれば、この祖母に育てられたのは大変な幸運だった。あれしろ、これしろ、ということはなく、工作が好きだと知ると裏紙をたっぷりとストックし、一間はおもちゃ部屋にして好き放題に遊ばせてくれ、お客さんが来る時以外は片付けをしろと言われたこともない。山菜積みの山歩きも大好きで、人あたりの良い祖母は山の持ち主と懇意にして、つくしによもぎ、わらびにゼンマイなど山菜や野草摘みにつれ出した。

手芸好きの祖母はスカートでもバックでも作ってくれていたし、料理も上手だったので、台所からはいつもいい匂いがした。春は摘んできたよもぎでよもぎ餅、夏には自家製のミルクシェーキやフルーツ寒天、寒くなれば団子に煮卵と、常に喜ばせるおやつを用意してくれていた。

私は母方の祖母が大好きで、特に妹が生まれてからは居場所がなくなった私は、祖母の家から帰りたくないといい、よく祖母の家に泊まっていた。要するに快適だったのだが、母は祖母になつく私をより嫌うようになった。


母方の祖父も、初孫だと可愛がってくれ、庭には私専用の砂場を作り、小学生になれば夏のプールに炎天下の中付き添ってくれ、どこに行くにしても車を出してくれた。夏休みも冬休みも春休みも、私は母方の祖父母の家で過ごした。夏休みの課題も草木染や貯金箱の工作など、大人の手が必要なものは祖母が手伝ってくれたし、冬休みの書初めやカルタをつくるなどの課題は祖父が手伝ってくれた。


父方の祖父母も、私には優しかった。小さいながらも農家で、庭は広かったので、草花を摘み、バケツに入れ、泥団子を作り、好きなように遊ばせてくれた。お盆の団子は父方の祖母ともよく作った。形にうるさかった祖母も、私が団子を蛇の形にしたり、熊の形にしたり、粘土遊びの延長でこなしても、まぁまぁと笑うだけであった。


母がどうであれ、私は祖父母たちのことが純粋に大好きだった。母にいろいろと思うことがあったのは知っているし、直接聞いているのだが、父から祖父母に対する悪口を聞いたことはない。そこが私が父よりになってしまう部分であったのだけど、それを母は知る由もない。ただ、今にして思えば父は祖父母に対して愚痴る必要がなかったのだ。なにせ自分より格下の駒のように見ていた部分があるのだから。



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