生徒会選挙と生徒の自主性

明子には目標があった。

「生徒会に立候補してみたい」

親としてはもちろん応援した。クラスの人数は両手で数えるほど。生徒会をやりたいという夢が叶う大きなチャンスでもあった。今か今かと公示を待っていたある日、明子が暗い顔で帰宅した。


「今日、先生がいきなり教室に来て、今から一人ずつ廊下に出て、自分以外で生徒会長にふさわしいと思う人の名前を言ってと言われた」

という。明子はいきなりで戸惑いながらも、自分ではない他の子の名前を口にしたそうだ。その後、先生が生徒会長はこの人だと言って、あっけなく終わった。


突っ込みどころが満載だ。なぜ、唐突に、従来の選挙方法と変わったかの説明もなく、立候補を募ることもなく、自分以外の人の名前を「言う」という証拠も残さない方法で、選挙のあり方を問うことなく、先生が生徒会長を決めたのだろうか。


「それでいいの?」

納得できたのかを問うと、明子は泣き出した。それは自分で伝えるしかないと励まして、思いのたけを担任に伝えたらしい。それでもただ返事が戻ってきただけ。そこで、当時の校長先生に直訴しに行ったようだ。校長先生は、子どもとよく顔を合わせている良心的な方で、明子の突飛な行動にもおおらかに対応してくれたようだ。


後日、事の経緯を聞いたのだが、なんともお粗末な話で、前年度の選挙で得票数が集まらず泣いてしまった生徒が1人いたのだそうだ。少人数のクラスでぎくしゃくするのは忍びないとの勝手な判断で、独断で選挙をなしにしたのだという。


生徒が泣くほど必死で生徒会選挙に臨んだことを称賛することはあっても「一生徒が泣いた」というを理由で一切関係のない学年でいきなり選挙制度を中止にする理由はいまだに理解できない。先輩が泣いたことを知っていたかもしれない学年であっても立候補したい子が何人もいたし、少なくとも必死でやって泣いたことで険悪になるようなクラスには親には見えなかった。生徒会長になった子は、広報にも協力的で、在籍歴も長く、そして有名校受験を視野に入れていた。学校としてはぜひ後押ししたい存在であったというのは勘ぐりすぎだろうか。


選挙という生徒の「経験」を学校はどのように考えているのか、という問いに、学校はただ「至らずすみません」と述べた。あとにも先にも誠意ある「すみません」を聞いたのはこの時だけだった。泣くかもしれないから、選挙を勝手に中止するなんて、子どもをバカにしているとさえ思った。子どもを傷つけないためにという思いからだったと理解しているが、結果的には多くの子どもを傷つけていた。


結局、他の子どもからも親からも苦情が出たことで、副会長選挙という形で、選挙自体は行われた。生徒会長は決められたまま変わらなかった。生徒会長になるチャンスは奪われたわけだが、子どもの訴えを聞いてもらえたのはありがたかったと思う。


ただ、明子が主体的に動き、副会長選挙を行い、勝ち得たものについては、いわゆる内申書には書けないと受験が迫った翌年に言われた。生徒の学内活動については、学校の体面が保たれる内容でなければいけないらしい。自ら、今までになかった副会長職を学校へ交渉したことは、親から見れば素晴らしい積極性や自主性であり、学内でそれを行ったことはまともな学校であれば評価に値すると言ってくれるだろう。


内申書にかけない理由は「日本の高校ではこういった内申書は求められていないから」と言われて、内申書には、校内で行われた英語スピーチコンテストやクロスカントリーの成績さえ一切記載されず、ただ学外活動で取得した英語の検定の成績だけが30行ほどの中に3行だけ刻まれ、あとは白々しいほどの空白だった。日本人学校にはない部活や委員会活動の記載ができるのに、校内活動について一切触れることのできない内申書とは何なのだろう。


あとになって、明子はこの内申書の内容や扱いによって非常に不利な扱いを受けたことを知るのだ。

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