第13話
平日の午後。学校の授業が終わり、僕はとある商店街に来ていた。
……平日だというのに、随分と人が多いな。商店街っていつもこんな感じなのかな? そんな頻繁に来ないから分かんないや。
僕は人混みを躱しつつ進んでいく。
しばらく歩いて、目的の看板を見つける。
本屋さんだ。ここ最近、授業レベルの問題は大抵理解出来ているせいか、学校の勉強が少しばかり退屈になってきた。それに来年は高校三年。いずれ受験生になるし、そのための参考書とかを買っておきたい。
自動ドアから店内に入り、様々なテキストを眺める。
こうしてみると随分と多いな。どれを買えばいいのか全然分からない。いっそ難しい本に挑戦してもいいかも。
そんなことを考えていると、視界に見知った人の姿が見えた。
あれ、あの人ってもしかして
そう思っていると、泰三さんが本屋を出て行く。
あ、どうしよう。……とりあえず、手に持ってる本を買ってみようかな。
そのまま本を持ってレジで会計を済ませる。
結構高い。勉強用だから母さんがお金出してくれないかな。ていうかそうしてくれないと困る。前回のカフェのせいでお金はスカスカだし。まあ、普段そんなにお金を使わないからなんとかなる、かな? なって欲しいな。
本の入った袋を片手に、店内を出る。
あれ、泰三さん、まだいる。本当に何をしているんだろう。
僕が遠くから泰三を見ていると、後ろから声をかけられる。
「お、
「君は……石井
よく颯真を話していた印象がある同級生だ。
「そうそう。ていうか、さっき何を見てたんだ?」
「えっとね、ちょっと気になる人がいてね。知ってる人がいたから」
そう言うと、翔はさっきまで僕が見ていた方向を見る。
「ふ~ん……おい、お前。もしかして知ってる人があの美人なお姉さんとか言わないよな?」
え? 美人なお姉さん?
僕も翔と同じ方向を見る。
う~ん、泰三さんはまだあそこで何かをやってるけど、美人なお姉さんなんて見当たらない。
……もしかして、泰三さんの横を歩くおばあさんのことを言ってる?
「さすがに、あれをお姉さんとは言えないと思うんだけど……」
「は? どう見てもお姉さんだろ、あれは」
「あの白髪頭の腰が曲がったおばあさんが?」
「違えよ! 俺がそんな趣味に見えるのかよ!」
人を見た目で判断しちゃいけないってよく言うし、可能性はあるかな。
「さっきそのおばあさんの隣を通った人だって!」
う~ん、そんな人いないけどなあ。どういうことなんだ?
「本当にいるの?」
「見えない? もしかして俺、幽霊を見てる? なんか怖くなってきた。」
翔は「早めにここを離れるか……」と口ずさむ。
「あ、俺さ、これから友達とカラオケ行くんだよ。陽也の知ってる奴もいるし、良かったら陽也も来るか?」
「いや、やめとくよ」
「あ、そう? じゃ、俺行くわ」
そう言って翔は人混みに入っていった。
どうしようか。このまま家に帰っても良いけど、泰三さんのことも気になる。
少しだけ後を追ってみようかな。
僕は人混みに紛れて泰三を追う。
プライベートだったらどうしよう。あまり人のプライベートには侵入しない方がいいって誰かが言ってた気がする。
まあ、その時はその時に考えよう。
すると、泰三は大通りから外れるようにして道を右に曲がる。
僕もそれに続いて道を右に曲がると、待ち構えていたかのように曲がり角で泰三が立っていた。
「陽也か。ここで何をしてる?」
「あ、すみません。たまたま道で泰三さんを見かけて、それで気になってしまいました」
「そうか……この後予定はあるか?」
「特にないです」
「ちょうどいい。俺に付いてこい。勉強の時間だ」
そう言って泰三が歩き出す。
僕は状況が分からないまま泰三の後を追う。
「泰三さんはどこに向かってたんですか?」
「とある駐車場裏だ。依頼で向かっている」
「あ、依頼だったんですね」
数日前のことを思い出す。
僕と悠が依頼を受けた。あの時は戦闘になって怪我も負ってしまった。凜の異能で治してもらって今は大丈夫だけど。
「悠と依頼を受けたとき、ターゲットを逃がしてしまったんですけど大丈夫なんですか?」
「依頼の可否は気にしなくていい。そこら辺は竜一郎が上手くやるからな」
「あ、そうだったんですね」
良かった。罰金とかだったら正直ヤバかった。
泰三はどこからかサングラスとマスクを取り出す
「これを着けておけ。相手に顔を知られたら面倒事に巻き込まれる可能性がある」
「はい、分かりました」
泰三からサングラスとマスクを受け取り、それを装着する。
これ、完全に怪しい人では? まあそばに泰三さんがいるからまだマシかも。
「それで、泰三さんが受けた依頼ってなんですか?」
「とある取引の監視、仲介だ」
「とある取引?」
「いわゆる裏の取引というやつだ。行けば分かる」
何か危ないものでも取引するのかな。
少しして、僕達は目的地である駐車場裏にたどり着く。
そこには一人の男がいた。男は黒いパーカーでフードをかぶっており、ここからだとほとんど顔が見えない。
「お前らは……監視役か」
「そうだ」
泰三がそう応える。
「監視は一人だと聞いていたが?」
「都合が変わった」
「そうか。まあ好きにしろ」
この人が取引をする人? ということは相手がいるのでは? まだ来ていないのかな?
そう思っていると、白い服を着た男がやってくる。男はサングラスをかけて髪も金色に染めている。チンピラって感じの見た目だ。
その男はこちらを見て顔を僅かに歪め、すぐさま目をそらして黒パーカーの男の前に立つ。
「金は?」
「ブツが先だ」
「ちっ」
男はポケットや靴など、様々な所から大量の袋を取り出す。
あれはなんだろう? 黒い袋で中は見えない。
黒パーカーの男は白い服の男から袋の一つを奪うように取り、ナイフで袋を開けて顔を近づける。
「問題ないな。量は?」
「五百だ」
黒パーカーの男はナイフをしまい、ポケットから札束を取り出して相手に渡す。
「これで足りるはずだ」
白い服の男は札の枚数を数え、こくりと頷く。。
「ああ、足りるな。あんがとよ」
そう言って白い服の男はナイフを取り出した。
あれ? ここでなんでナイフを?
僕がそう思うのもつかの間、男はナイフを右手で握りしめて黒パーカーの男に振った。
ーーパヒュンと、小さく、だけど鋭い音が響く。その直後、カシャンと音が鳴る。白い服の男がナイフを落としたようだ。
「ぐっ!?」
右太ももを押さえながら男はその場にうずくまる。見ると、そこから血が流れていた。
先程の鋭い音の発生源に視線を送ると、泰三の右手には拳銃が握られていた。銃口には筒状のアタッチメントが付いていた。
泰三は静かにうずくまった男に銃口を向け続ける。
え、泰三さんが撃った? そもそも拳銃を持ってたの? 気づかなかったんだけど。
黒パーカーの男は呆れたように白い服の男に言う。
「馬鹿かお前。監視がいるのに何やってんだ?」
「くそっ……そんなガキ二人が監視なんて、ふざけてると思ったぜ」
……ん? ガキ二人が監視? 僕はまだしも、泰三さんをガキと呼ぶのはさすがに厳しい気がするんだけど。
すると、黒パーカーの男はため息を一つつく。
「こいつ、本当に馬鹿なんだな。監視、そいつを頼む」
黒パーカーの男の言葉に泰三は頷き、白い服の男に拳銃を向け、頭に二発。
白い服の男は力なく地面に倒れる。
あ、泰三さん、殺しちゃうんだ。どうするの、これ?
黒パーカーの男は地面に落ちた札束を拾い、その一部を抜き取って泰三に渡す。
「こいつが報酬だ。死体はそっちで処理してくれるか?」
「ああ、問題ない」
「さんきゅ。また頼むわ」
そう言うと黒パーカーの男は立ち去っていった。
「えっと……終わり、ですかね?」
「ああ、依頼は終わりだ」
「随分と早く終わるんですね」
「長時間の依頼もあるし短時間の依頼もある。今回はすぐ終わったな」
泰三はそう言ってしゃがみ込み、死体の様子を見る。
死体の傷口からはゆっくりと血が流れていた。
「その死体はどうするんですか?」
「俺が運ぶから気にしなくていい」
「そうですか。お願いします」
泰三さんってまだよく分からないな。最初に泰三さんに組織のこととかを教えてもらったときは結構熱意がある印象だったけど、今はなんか冷めてる感じがする。不思議な人だ。
泰三は死体を背負って立ち上がる。
「俺はこいつを処理する。陽也は帰っていいぞ」
そう言って泰三は死体を抱えたまま僕に背を向けて歩き出す。
……え? え? そのまま行くの?
僕は慌てて泰三に声をかける。
「ちょ、泰三さん? そのまま行くと一般人に死体を見られますよ?」
「ああ、そのことか。この死体は異能を使って隠している。陽也には隠す意味も無いし、そのままにしているけどな」
泰三さんの異能? そう言えば以前、お互いに自己紹介をしたときに言っていた気がする。
「確か……認識阻害、でしたっけ?」
「よく覚えているな。そういうことだ。すまないが俺はこの後も依頼が入ってる。あまりここで話す時間が無い」
「あ、すみません。今日はありがとうございました」
そう言ってぺこりとお辞儀をする。
泰三はそれを見た後、ここから立ち去っていった。
僕はさっき白い服の男が倒れていた地面を見る。そこには血痕が残っていた。
目を細め、僕は駐車場裏から離れていった。
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