第17話

 氷の上で手を突き、下を覗き込みながらてぃあらが言う。


「結構高いところから落ちたねえ。陽也、生きてるかな?」

「大丈夫、私の異能で坂を作ったから。陽也が転がっているところ見てたでしょ?」

「うん、見てた。理世がそう言うなら大丈夫だね。それにしても、痛みを軽くする異能ってちょっとあれだよね。扱いが雑になるっていうか」

「まあ、仕方ないんじゃない?」


 現在、私とてぃあらは私の異能で氷の柱を生成し、その上に乗って敵を追いかけていた。

 片膝を立てて床に手を突き、氷を生成し続ける。

 氷の柱は近くの建物の高さを優に超えており、斜め上に向かって生成し続けていた。

 本来なら重力の関係で氷の柱は崩壊するだろう。だが、私の氷は違う。簡単には崩れないほどの強度を持つ。そのため、力業で敵の追跡を可能としていた。

 私は氷の床の生成を行いつつ、目線の先にいる二人を見続ける。

 男女二人組。男が女を抱えて走っている。男は最初、凄まじい早さで走っていたが、スタミナが尽きたのか、だいぶ遅くなっている。あの早さなら……ギリギリ追いつけるだろうか。


「てかさ、陽也が足止めなんて出来るの? 相手って水を操る奴でしょ?」

「……さあ、分からない。今は信じましょう。それに陽也なら何とかなりそうじゃない?」

「確かに。あいつって意外とぶっ飛んでるしね」


 同感だ。陽也はどこかおかしい雰囲気がある。何がおかしいのか、言葉では上手く言い表せないけれど、確実に普通の人とは違う何かを持っていた。


「ところで、てぃあらは今逃げてる二人を知ってる?」

「女は知らないけど男の方は知ってるよ。肉体を強化する異能の子。あれ、女は陽也が友達って言ってたかも」


 なるほど、あれが竜一郎が言っていた男か。様子を見るに、まだ異能を使いこなしてなさそうだ。

 じゃあてぃらの言うと通り、女の方は陽也が言っていた治癒の異能を持つ超異人だろう。狙うなら女の方か。

 すると、床の氷がひび割れていることに気づく。

 そろそろ限界か。……ここからなら問題ない。


「てぃあら、足場が崩れそうだから、私に合わせて」

「おっけー。いつでもいいよ」


 てぃあらの返事に頷き、私は床から手を離す。

 その瞬間、それまで小さかった氷の亀裂が一気に大きくなる。

 私はそのまま前に飛び、てぃあらもそれに続く。

 端から見れば、空中に身を投げる自殺行為。だけど、私達にとっては違う。

 私はすかさず足下に氷の板を生成し、着地する。てぃあらも同じ足場に着地する。

 すると、一気に足場に亀裂が入る。

 私とてぃあらは再び前に飛び、足場を作りを繰り返す。

 そのまま下るようにして足場を作っていく。

 やがて、敵二人のすぐ上までやってきた。


「じゃあ私、先に行ってるね」

「行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 そう言っててぃあらは下に落ちていった。

 まだ地面とは距離があるのに、平然と落ちていった。まあてぃあらはこの程度の高さじゃ怪我とかしないだろうけど。私にこの高さはちょっとキツいかな。

 大人しく異能を使って下に下りていく。

 そのままてぃあらの隣まで下りた。

 相手二人はこちらを警戒し、鋭い視線を向ける。


「お前ら、俺達を潰しに来たのか」


 男が口を開く。


「そうだよ~。ねえねえ、前戦った時さ、私のこと吹き飛ばしたよね。私、覚えてるよ」

「……そうだな。あの時俺がやったな」

「へえ、ちゃんと覚えててくれてたんだ」


 まあ確かに、てぃあらの見た目は多分世界のどこにいても目立つ気がする。そうそう忘れないだろう。

 すると赤髪の女が口を開く。


「お前ら、なぜ今日襲撃した」


 私が答える。


「小鳥遊典義と透明がいないから」

「っ!? ……知っていたのか」

「ええ。まあ、知っていたと言うより、ついさっき知った、って言った方が正しいわね」

「ついさっき!? その日のうちにここに来たのか!?」

「そういうこと」

「……狂ってやがる」


 赤髪の女はかなり動揺している。ここは少し揺さぶってみるか。


「あなたが治癒の異能を持っているのも知っているわ」

「よく知ってるな。その通りだよ」


 どうやらてぃあらの言っていた通りのようだ。この女はここで確実に仕留めておきたい。


「大人しくしたらなるべく苦痛無く殺してあげるけど、どうする? そもそも治癒の異能だと戦えないんじゃない?」

「……私を舐めるな」


 女がそう言うと、突然てぃあらの全身から血が吹き出ててぃあらが膝を突く。

 っっ!?!? 何が起こった!? あの女の異能!?


「全身に傷を作った。次は加減しない。内臓まで届く程の傷を作る」


 ……焦りすぎた。これなら大丈夫そうだ。


「てぃあら。あの女をお願い。私は男の相手をする」

「……うん」


 私は氷の球を男に向かって放つ。すると、男は見事に食らって後ろに吹き飛ぶ。


「颯真っ!!」


 女がそう叫ぶ。

 ……思ったより弱い。これならてぃあらや私だけでも二人を相手できそうだ。

 まあいい。男と女の距離が空いた。これなら混戦にならずに戦える。

 私は男の方へ駆け寄り、二対二の形を作るため、すかさず女と私の間に氷の壁を作る。

 これでてぃあらと女、私と男という理想の形を作れた。後は簡単。敵を殺すだけだ。


「ぐっ、くそっ」


 男はふらふらしながら立ち上がる。

 随分とダメージを受けている。受け身も取れてないようだ。


「もう一度言うけど、無抵抗ならなるべく優しく殺してあげるよ?」

「ふざけるな。そう易々と命を捨てることはしない!」


 あの目。まだ生きているな。まあいい。実力の差は歴然だ。


「そう……じゃあ苦しみながら死ね」


 そう言って氷を槍状に形成する。

 この形が一番殺傷力があるし、沢山苦しめる。

 私は氷の槍を敵に飛ばす。

 敵はギリギリのところで右に避け、それを避ける。

 ……異能を使ったか。しかし、大分疲れているように見える。


「良く避けたね。じゃあ後何本避けられる?」


 次々と氷の槍を形成し、飛ばす。


「ぐっ!!」


 敵はひたすらに走り続けて致命傷は上手く躱わしているようだが、傷は増えている。

 私は攻撃を止める。


「……どういうつもりだ」

「これなら死ぬのは時間の問題じゃない? それなのにまだ抵抗するの?」

「俺は戦いをやめない。お前を倒し、仲間を助ける!!」


 その言葉に私は顔を大きく歪め、拳を強く握りしめる。

 気色悪い。虫唾が走る。今更何を言っているんだ。


「私を…………見捨てたくせに…………」


 思わず口から言葉がこぼれてしまう。男は眉をしかめる。


「どういうことだ?」

「いえ、気にしなくていい。どうせここで殺すし」


 再び私は攻撃を始める。

 敵の男は観察するようにこちらに視線を送りながら異能を巧みに使い、攻撃を避け続ける。

 ……まだ致命傷を与えられていない。どういうこと? 全身のバランスが良くなっているように見える。ここで異能の扱いが上手くなった?

 もういいや、終わらせよう。

 そう思い、今ある計三本の氷の槍を同時に飛ばす。正面、左右。逃げ場はない。

 しかし、それは違った。

 敵は私の攻撃を見て、斜め上にジャンプした。この戦闘で初めてのジャンプ。

 そのジャンプの着地地点。そこには私がいた。


「ここで仕留めるっ!!」


 男の叫び。空中で右肘を引き、全力であろう力を使って拳を私に振るった。

 ーー氷の壁でそれを防ぐ。あたかも当然のように。


「なっ!?」

「じゃあね」


 男の拳と接触した氷が急激に成長し、男の全身を覆い尽くした。

 ああ、ついつい敵を凍らせてしまった。これだと相手が苦しんでるのかとか、いつ死んだのかとかよく分かんないんだよね。

 なるべく”白の誠実ホワイト・ホーネスト”のメンバーは苦しんで欲しかったけど……まあいいか。

 私はてぃあら達との間にあった氷の壁を消す。

 てぃあらは赤髪の女に馬乗りになっており、既にボロボロになっていた。


「ねえ、つまんないんだけど。もっとさ、抵抗しなよっ!!」


 てぃあらが女の顔を殴りつける。

 女の口から歯が飛び、口元が血だらけになる。


「……やめ……て……」

「え? ちゃんと言わないと分かんないよ。ほらっ、ちゃんとっ、言わないとっ」


 そう言いながらてぃあらが何度も殴りつけた。

 気づけば女は見るに堪えない顔になっていた。息が絶え絶えになっており、このまま放置していれば死んでしまいそうだ。


「てぃあら、時間かかりそう?」


 てぃあらがこちらに視線を送る。


「う~ん、大丈夫。もう殺しちゃうから」


 そう言っててぃあらははさみを女の首元に向ける。

 これで終わりだ。

 そう思ったとき、突然寒気に襲われて後ろを振り返る。

 目の前には氷漬けの男が転がっていた。なんてことの無い、ただの死体。

 突如、その氷にひびが入る。

 それを見て私は焦りを覚える。


「てぃあらっ!!」


 私が叫ぶと同時に氷が砕ける。

 氷の中にいた男は私を無視し、すぐさまてぁらに突っ込んでいった。

 そのまま男とてぃあらが激突する。


「ぐばぁっっ!?!?」


 てぃあらが吹き飛ぶ。

 男はすぐさま女を抱えて走り去っていく。


「マズいっ!!」


 男は凄まじい速度で路地裏に入っていく。私はそれを追うが、男達の姿は既に見えなくなっていた。

 どうする!? 走って路地裏を適当に探す!? 氷の足場を作って上から探す!? 狭い路地裏をそうやって探せるのか!? あの女が仲間を治癒すれば簡単に距離を取られてしまうのでは!?


「ううっ…………」


 ふと声がして、地面に倒れているてぃあら見る。

 そして私は右手で握りこぶしを作り、壁に叩きつけた。


「くそっっっっ!!!!」


 久しぶりの怒声を上げ、私はてぃあらの元へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る