第15話

 敵組織の正門前に立ち、雨に打たれながら正門をじっと見る。

 今日はよりによって大雨か。運が悪い。雨は一部の敵を強化してしまう。まあ、典義のりよしがいないのが唯一の救いか。あんな化け物がいたら戦いどころじゃないからな。

 僕は隣にいる金髪の男に声をかける。


「悠、じゃあやろっか」

「お、やっとか!!  随分と待ったぜ!!」

「待ったって、そんなに時間経ってないよ」


 そう言って僕は正門にあるベルを鳴らし、マイクの前に立つ。


「こんばんは。黒の棺ブラック・カスケットです。あなた達を潰しに来ました。良かったら正門を開けてくれませんか?」


 ……やっぱりというべきか、返事はない。カメラでこっちの様子は見えてるだろうし、やっぱり警戒してるんだろうな。

 とりあえずもう少しだけ待ってみる。

 もしかしたら敵が門を開けてくれるかも知れないし。

 しかし、いつまで経っても門が開く様子はない。

 それにイライラしたのか。悠が口を開く。


「なあ、もうこの門を飛び越えねえか? 早く戦いたくて我慢できねえよ」

「それもそうだね。突入しちゃおうか」


 僕がそう言うと悠は僕の胴に手を回し、膝を曲げる。そのまま上にジャンプし、易々と正門を越えて敷地内に入った。

 屋敷には電気が灯っており、人がいるのは明白だが、人影はまだ見えない。


「もう、こっちが堂々と正面から来たんだから、お出迎えくらいあってもいいと思うんだけど」

「それにしても、随分とでけえ屋敷だな。俺らのアジトとは天と地ほどの差があるんじゃねえか?」

「あはは、できればそれは言わないで欲しいな。お金は色々とやりくりしてるんだけどね……」

「別に悪く言っちゃいねえよ。俺にはあのアジトくらいの広さがちょうどいい」

「それは良かったよ。もっといいところをアジトにしたいって言われたら大変なことになりそうだし」


 そんな雑談を交わしながら庭園を歩く。


「それにしても、中々敵が出てこないね。作戦会議でもしてるのかな?」

「なあ竜一郎。もう屋敷に突っ込んじまおうぜ」

「悠は相変わらずだね。まあ、相手が出てこないならやっちゃっていっか」

「よっしゃあ!! じゃ、俺は先に行くぜ」


 そう言って悠が屋敷に突入しようとしたとき、正面から一つの人影が現れる。

 人影は雨を気にしない様子で、まっすぐにこちらへと進んでいく。

 生え揃った白髪に、バラの刺繍がある左目の眼帯。

 それを見て悠が見たことがないほど大きく口角を上げた。


「おいおい、お前が来んのかよ……最高だなあ」

「君とは少し前に会ったね。前も思ったけど、相変わらず気味が悪い」

「それは俺にとっちゃ褒め言葉だぜ?」


 悠と白髪の男は軽く会話を交わす。

 それを見て僕も口を開く。


「久しぶりだね、あきら。僕が見ない間に随分と年老いたんじゃない?」

「そうだね、竜一郎。体はまだまだ動くけど、心が老人になってきた気がするよ」


 その言葉を聞いて悠がこちらを見る。


「何だ? お前ら知り合いなのか?」

「まあね。単純に敵として以前に戦っただけだよ」

「そうか。思い出に浸るのはいいけどよ、こいつは俺が殺すから、竜一郎は寝ててもいいぜ?」

「いやいや、こんな大雨の中寝られるほど僕は図太くないよ」

「はっ、それもそうか。じゃあ、やっちまうぜ!」


 すると章は手のひらをこちらに向けて悠を制止する。


「ちょっと待ってよ。久しぶりに会ったんだし、会話でも楽しまない?」

「あ? 会話なんていらねえだろ」

「ーー君達は、何故今ここに来たんだい?」


 悠の言葉を無視して章が言う。

 ……仲間を逃がすための時間稼ぎかな。まあ仲間もいるし、そもそも僕達二人で全員倒そうとは思っていない。話に乗ってあげてもいいかな。


「裏から色々と情報を仕入れてね。今襲撃した方がいいかなって思っただけだよ」

「情報、ね。それは僕達のメンバーの二人がいないからってことかな?」

「まあ、そういうこと。化け物がいたら色々と大変だからね」

「そっか。君達は典義さんに勝てないからねちねちと僕達に攻撃して、典義さんがいないと分かればここぞとばかりに襲ってくる卑怯者の集まりなんだね」


 章の言葉に悠が「ああ?」と青筋を立てて睨み付ける。

 明らかな挑発なのに、何で悠はこうも簡単に引っかかってしまうのだろう。まあ性格もあるから仕方のないところもあるけど。


「卑怯者でも何でもいいけど、君達が僕らを倒し切れていない理由も似たようなものだよね。そんな人に言われても、どうも響かないんだよね」

「自分達ののことも理解出来ないなんて、随分と哀れだ。だから君達はずっと何も出来ていないんだ」

「まあ、好きに捉えるといいよ。僕達の行動は何も変わらないけど」


 すると悠は我慢の限界に来たのか、僕を睨み付ける。


「なあ、もうやっていいか?」

「うん。好きにしていいよ」

「っしゃあ!!」


 そう言って悠は片足を立ててしゃがみ込む。

 それを見てすかさず章は左右の腰にある拳銃を両手に持って構える。


「君は前の戦いで学ばなかったのかな? 君では僕に勝てないってことを」

「あ? 前は気が散って本気を出せなかったんだよ。今回は気にするもんはねえ。本気で殺してやるよ」

「君の異能は以前の戦いで把握している。僕に勝てる可能性はないよ」

「異能を知ってんのはこっちも一緒だろうが! 相変わらずイライラすんな、テメエは!」

「イライラ、か。多少は気が合うようだね。ちょうど僕も君達の襲撃に苛立っていたところだ」


 そう言って章は悠に向けて拳銃を発砲する。

 強烈な拳銃の発砲音が周囲を包む。

 戦いの始まりだ。

 悠は持ち前の凄まじいスピードで弾丸を躱す。

 しかし、発砲された弾丸は不自然に動く向きを変え、悠を追うように進み続ける。

 悠は自身を追う弾丸を見て目を見開く。


「何だこりゃ!? 一度制止しないと動かせないんじゃねえのかよ!?」

「そんなこと一言も言ってないよ」

「前戦った時はやってなかっただろ!!」

「隠し球は誰でも持っているものさ」


 章の奴、悠と戦った時に全力を出してなかったな。悠が明らかに動揺している。さすがベテラン、上手い男だ。

 悠は常人を超えたスピードで弾丸を避け続ける。

 弾丸のほとんどは地面や周囲の木にぶつかるが、やがてその一つが悠の左腕を貫く。

 咄嗟に悠は右手で傷を抑える。


「いってぇなおい!! てめえは絶対に殺す!!」


 悠も大分乗ってきたようだ。ここは彼に任せてもいいかな。僕は他の敵を追うことにしよう。

 そう思って家の中に向かおうとしたとき、こちらに向けられている拳銃に気づき、体を横に反らすことで発砲された弾丸を躱す。


「危なっ!? なるほど、そういうことね……章は僕達二人を足止めするつもりなんだ」

「まあ、そんなところ」


 僕はすぐさま木の裏に隠れる。

 章は大量の弾丸を操作するためか、目的も定めずに発砲し続ける。その弾丸の一部は空中で制止し、一部は悠を追う。

 困った。僕と章の相性は結構悪いな。簡単に異能を使うことはできなさそうだ。悠の異能なら何とかなると思っていたけど、経験の差が大きそうだ。

 ……他の敵は仲間に任せるしかないかな。

 懐から拳銃を一丁取り出す。

 とりあえずこれで頑張るか。

 悠と章が戦っている間に木の陰から顔を出し、章に向けて拳銃を発砲する。

 すると、それに気づいた章は空中で制止していた弾丸を操作して直接ぶつけることで相殺する。

 嘘でしょ? 弾丸同士をぶつけるなんて普通出来ないよ もしかして今が全盛期だったりするのか?


「竜一郎、君も逃がさないよ」


 章の声が聞こえてくる。


「なるほど。君の役割は僕と悠、二人の足止めだね」

「さすが竜一郎、正解だ。まあ分かったところで僕が足止めをすることに変わりはないんだけどね」


 そう言う章はどこか余裕げだ。

 隠し球があるのか、ただのポーカーフェイスか。どちらにしろ、これは結構時間がかかりそうだ。

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