第11話

 朝七時。いつもの時間に目を覚ます。

 ……月曜か。学校に行かないと。土日に色々あってまだ疲れがある。怠いな。

 そんなことを考えたところで学校をサボるわけにもいかない。

 僕はベッドから起き上がる。

 ダイニングで母親の作った朝食を食べ、身支度をして家を出る。

 いつもの通学路を歩き、学校にたどり着く。

 教室に入ると、そこには誰もいない。

 僕が一番最初に来たようだ。

 荷物を降ろし、自分の席に座る。

 前に怪我したところが痛む。特に右腕の傷は注意しないと。

 この時間はぼーっとしたり、勉強をしたりする。今日は勉強でもしようか。

 そう思って教科書やノートを鞄から取り出して机に広げる。

 あ、怪我のせいで右手が使えないんだ。

 とりあえず左手で文字を書いてみるが、全然上手くかけない。

 駄目だな、これ。書いた文字が全然読めない。……仕方ない、書くのはやめて教科書を読むか。

 そう思い、ノートを閉じて教科書を読み始める。

 しばらくして、他の生徒が次々と登校し、次第に教室は賑やかになっていく。

 登校時間ギリギリになったタイミングで、颯真とさくらが姿を現す。

 二人は僕を見て互いに驚いた表情を見せるが、すぐに視線を外して自身の席に座った。

 あ、颯真、生きてたんだ。そういえばてぃあら達が傷を癒やす超異人がいるみたいなこと言っていたな。それってやっぱり凜のことなのかな。

 ホームルームが始まり、そして一限目の授業が始まる。一限目は国語の授業だ。

 僕は勉強が好きだ。将来に直接役に立たないであろう無駄な知識を何も考えず、頭に詰め込むという行動が中々に面白い。

 しかし、国語はどうにも好きになれない。ただの説明文とかならいいのだけど、著者の考えを理解することが出来ない。そのせいか、小説や詩になると極端に出来なくなる。それ以外の教科は出来るんだけどな。

 ていうかどうしよう。怪我のせいで黒板に書いてある文字をノートに写せない。

 仕方なく僕は左手を挙げ、教師がそれに気づく。


「どうした陽也? 質問か?」

「あ、実は僕、右腕を怪我しちゃって。文字を書き写せないのですが、写真を撮ってもいいですか?」

「写真? 駄目だ。後で友達にでも見せてもらえ」

「え? ……分かりました」


 教師はそのまま授業を再開する。

 僕、友達いないんだけど。まあ、あまり話していない人でも声をかければノートを見せてくれるかな?





 一番長く感じる国語の授業が終わり、そこからは流れるように午前の授業が終わる。気づけば昼休みになっていた。

 僕はいつものように弁当を取り出し、昼食を取ろうとした時、隣から声をかけられる。


「陽也君、ちょっといい?」

「……さくらさん? まあいいけど」


 普段あまり話さないのに、突然どうしたんだろう?


「ありがとう。ついてきてくれる?」

「うん」


 そう言って僕は立ち上がり、さくらの後ろを歩く。

 上履きを履き替えて外に出る。

 ……ここは、いわゆる体育館裏か。何でこんな所に来たんだろう?

 すると、さくらが立ち止まり、こちらに振り返る。


「ごめんね、急に呼び出して。ちょっと話がしたくて」

「そうなんだ。それで、話って?」

「……あのね、私、実はあなたが黒の棺ブラック・カスケットに所属してるってこと知ってるの」

「あ、うん。それで?」


 僕の言葉にさくらは眉を顰める。


「思ったより驚かないんだ」

「まあ知ってたからね。さくらさんが白の誠実ホワイト・ホーネストのメンバーってこともね」

「……え? どういうこと?」

「あ~、颯真とさくらさんがてぃあら……カラフルな髪の女性と戦ったときがあったでしょ? あれ、僕見てたんだ」

「そ、そうだったんだ……」


 さくらは呆然とするが、すぐにいつもの表情に戻る。


「陽也君は、何で黒の棺ブラック・カスケットに入ったの?」

「う~ん、大したきっかけはないんだけど。強いて言うなら、誘われたっていうのと、組織の目的にちょっと共感したからかな」

「本当? 何か弱みとか握られてたりしない?」


 弱み? なんで突然そういう話になるの? 


「別にそういうのはないけど……」

「じゃあ陽也君は悪人ってこと?」

「世間一般から見ればそうなるね。人殺しに加担しようとしたし」


 すると、さくらは小さく、震えた声で「そっか」と呟く。


「陽也君は悪者なんだ……だから颯真を殺そうとしたの?」


 ……ん? 何で急に颯真の話が出て来たの?


「まあ、組織としては敵対してるわけだし、悪者どうこうっていうより、仕方ないことなんじゃない?」

「……仕方ない? そんな理由で同級生を殺せるの?」

「うん。別に颯真と仲がいいわけじゃないし、そうなると組織の活動を優先するかな」


 すると、さくらは下を向いて黙り込む。

 これ、話が終わったのかな? お腹すいたし、ご飯を食べたいんだけど。

 そう思っていると、さくらから小さい声が聞こえてくる。


「何で……何で颯真は、こんな奴のために行動しようとしたの? 何で?」

「さあ、分かんないけど」

「あなたに言ってないっ!!」

 

 さくらの怒声が響く。


「あなたみたいな人より、他人を思いやれる颯真が生きるべきなのにっ!!」

「えっ、でも颯真、死んでないんじゃ……」

「でも死にかけた!! あなたのせいで!! 何でそんな酷いことが出来るの!?」

「酷いって……一応言っておくけど、先に攻撃してきたのは颯真だからね?」

「そんなの信じるわけないでしょ!!」


 そう言うさくらの目からは涙が流れていた。


「何で同級生を殺そうとして、平気で学校に来れるの!?」

「ちょ、ちょっと。言ってることがよく分かんないんだけど。それを言ったら僕に怪我を負わせた颯真も僕とお互い様だよ?」

「颯真は仕方なくあなたと戦った!! 根本的な考え方が違う!!」


 完全に取り乱してる。話が出来なさそう。

 すると、さくらは刺すような鋭い目線を向ける。


「多分、颯真は優しいからあなたを殺せない。そのせいで颯真はまた命を危険にさらす。だから、私が殺す」


 そう言うと突如、さくらの前に巨大な水の球が出現する。水はまるで意思を持って敵を見定めるかのようにふよふよと宙に浮かぶ。

 ……これ、ヤバくない? ここ学校だよ?


「……死んで」

「ーー待て!!」


 突然の声にさくらが反応する。


「颯真?」

「さくら、何をしてるんだ」


 僕達が来た方向から颯真が歩いてくる。


「あのね、颯真。陽也君は凄い悪者なんだ。だから、今ここで殺すべきだと思う」

「……学校で事件を起こすのはやめよう」

 

 是非ともそうして欲しい。ちゃんと高校は卒業しておきたいし。


「でも、颯真は陽也君が敵として現れたとき、殺せないでしょ!?」


 颯真は少し間を置き、口を開く。


「いや、やるときはやる。覚悟はしているつもりだ」

「……本当に?」

「ああ、本当だ」


 そう言って颯真が僕を見る。


「陽也は、自分の意思で黒の棺ブラック・カスケットに入ったのか?」

「うん、そうだね」

「そうか……学校で騒ぎは起こしたくない。ここで争うのはやめないか?」

「もちろん。僕も戦いたくないしね」


 というか、戦っても絶対勝てない。武器もろくに持ってきてないし、異能も戦い向きじゃない。一方的に殺されるのは目に見えている。


「……さくら、戻ろう」

「……ええ」


 そう言って二人は僕の横を通り過ぎる。途中、さくらがこちらを睨み付けていた。

 その時、颯真は何かを思い出したかのように振り返ってこちらを見る。


「ノート、後で貸してやるよ」

「……ありがとう」


 颯真達はそのまま教室に戻っていった。

 ……僕も教室に戻って弁当を食べようかな。

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